第15話 再び、逃亡!

 今日、二度目の逃走準備に入る。

 もう、高笑いの膝をどうにか引き摺るしかできない。

 コンルも立ち上がるので精一杯だ。


『早くしろって! もうすぐ着くぞ!』


 慧弥が応援してくれるが、


「うるせー!!!」


 華の怒声が響く。

 だが、耳でもわかる。

 車のエンジン音が近い──!


 華とコンルはお互いを支えるように歩きだすが、少し上を飛ぶ慧ドローンは上下左右に揺れている。

 焦りがわかる。


「わかってるて!!!」


 もう一度怒鳴り、華とコンルは転がるように藪のなかへ。

 秋なのもあり、虫がいないのが救いだ。


 エンジン音が轟く。

 ドローンからの映像を見ていただろう自衛隊だが、慧弥のドローン技術とハッキングの合わせ技で、華の姿は背中だけ。しかも、今まさに終わったような、をつくり、映像として流していた。

 到着した自衛隊だが、すでに怪人が消え去ったあとに、動揺の雰囲気がある。

 手元のタブレットと見比べる隊員もいるが、タブレットの映像はだ。


「さすがだわ、慧」

『すり替え、マジきつい。……あ、こっち』


 静かに笹の葉が茂る土を這い、いや、這うしか動けない。


「このまま、転がれないかな……」


 華はいうが、コンルは真面目だ。


「転がしましょうか?」

「いや、転がせるなら、担げよ」


 あれだけの傷を負っていたにもかかわらず、もうしっかりと歩けるようだ。

 頬の腫れも、額の傷も、すでにない。


「……あんた、どんな体してんの?」

「これが勇者の特典です。超回復みたいなものでしょうか」


 コンルは横抱きで華を抱えると、颯爽と歩きだす。


「おんぶのほうが、楽じゃね?」

「……その……」

「なに?」

「ハナの胸が背中に当たると思うと、実行できませんでした……」


 お互い言葉に詰まったまま、慧ドローンが先導していく。

 視点が上からもあって、歩きやすい場所をしっかり選んでくれている。

 華はコンルのうしろを見てみる。

 一瞬、動いた影があった。

 コンルのシャツを握りしめる。

 移動するなか、じっと目を凝らす。

 大きな木の幹の後ろに、スッと入った気がする。


 つい、昼間の話を思い出す。


 ひょっこり横から半身をだし、手招きをする影──


「ハナ?」

「……ひ!」


 ひきつった顔でコンルを見ると、優しく笑っている。


「ほら、着きましたよ」


 降ろし方がなんと勇者なことでしょう。

 そっと足からおろしてくれる。


「重かったしょ。でも、ありがと」

「いいえ。華は筋肉があるようですが、それほど重さは感じませんでした。体幹があるからでしょうか。また、抱えてさしあげますよ」

「へいへい。『1借り』で覚えとく」


 人の気配もなにもない小屋の入り口に、慧ドローンが上下に揺れる。


『じゃ、俺、一旦、家に戻る。映像の処理、間に合わねぇ』

「頼むわ」


 通話が切れた。

 華はイヤホンを外し、ポケットにしまうと、木の引き戸に手をかける。


「……あかねぇ」


 コンルも手伝って、ようやく建てつけの悪い引き戸が開いた。


「誰もいませんね」


 覗き込んだコンルに、華は苦笑いだ。


「誰かいたら、こえぇよ」


 なかは真っ暗だ。

 スマホのライトで中を照らしつつ、入っていく。


 埃とカビの臭いがひどいかも。

 華は用心しながら入っていくものの、


 一瞬身構えるが、床が土で、焚き火をする場所があり、さらに天井に穴があるのを見て、憶測だが、定期的に誰かが使っている場所であると判断した。


 それが何かはわからない。


 鹿撃ちで休むための小屋なのかもしれないし、もう少し南に行けば沢もあるはずだ。

 春だって山菜取りもある。

 何か、ここにあるべき理由があるのだと、華は思うことにした。


「少し休んだら、帰ろうか。……はぁ。もう口ん中、ジャリジャリ」


 華はむにむに口を動かし、はじっこに唾を吐いた。

 だが、喉が乾いているのもあり、全く吐き出せない。


「あー、水はないですね……。今度、渦のなかに水を入れておきますね」


 ふんわりと小屋が明るくなる。

 振り返ると、ライトよりも、明るく光る小さな渦が浮いている。


「これ、こんなに光るんだ」

「ええ。すぐに出せばよかったのに、気が利かずすみません」

「いいって。こりゃ、楽だわ」

「よかったら、防具、外しては?」

「あー。ありがと!」


 華は言われるまま、防具を外していく。

 一つ一つ手に取り、中へ入れていくが、もう傷がひどい。

 むしろ、手甲にはヒビすら入っている。

 これを纏っていなければ、自身の腕が、こうなっていたかもしれない。


「防具、大事だな」

「そうですね」


 再び器用にジャージに着替えながら、華は尋ねた。


「この渦って、みんな出せるの?」

「これも、勇者特権ですよ」

「へぇー。結構、勇者、優遇されてんだね」


 最後に、ずっと抱えていた刀を入れようとしたとき、うさぎ鍛冶屋・アンゴーが出てきた。

 ちなみに、今、華が名前をつけた。

 口の悪さとダミ声が似合ったいい名前だと、華は思う。


「アンゴー、めっちゃ切れた。ありがと」


 声をかけるものの、アンゴーの機嫌が悪そうだ。

 鼻のヒクヒク度が激しい。


「貴様、雑! 刀、使イ方、雑! 防具、雑! コロス!」

「わかったよ、アンゴー。もっと丁寧に使うって」

「刀、貴様、助ケル! 大事ニシロ! コロス!」


 華は今一度、手元の刀を見る。

 いつもそばにあった刀だ。

 その刀が自分を助けてくれたのだと、アンゴーは言っているよう。

 だが、気になることが一つ。

 あの紫炎だ。

 蛇のように動く様は、異様であり、そして、心強かった。

 あれがなければ、勝てていない。


「アンゴー、紫の炎も、刀のおかげ?」

「オレノ、オカゲ! オレ、アンゴー! 名前、アンゴー!」


 アンゴーのおかげだそうだ。

 刀が守ってくれたというわりには、鍛冶屋の力の割合が大きい。

 ふわふわの手に刀を渡すと、アンゴーはそっと握り、渦の中へすばやく戻っていった。


「アンゴー、最後、なんか興奮してたけど?」

「鍛冶屋の妖精に名前をつけたからでしょうか。普通はつけないので」

「そうなの? いっしょに戦ってんのに?」


 あまりに驚いていってしまったが、コンルの顔が曇る。


「……そう、ですよね。たしかに。渦の中にいる妖精、としか認識してませんでした。あとで、アンゴーに謝りたいと思います」


 その言葉を聞いて、華は少し驚いたが、納得もできる。

 昔からそうだ、というものに、「おかしい」と言えるのは部外者だけだと思うからだ。

 ここの村のしきたりだって、子どものころは普通だと思っていた。

 だが、ネットを介して見たとき、あまりにおかしいことが多すぎる。


 お盆は猫を迎え、正月は猫を祀り、月毎に行われる祭事はもちろん、しまいには、猫神信仰も──


 当たり前のように行われていることというのは、違和感がないものだ。


「アンゴーに謝るより、名前呼ばれた方が喜ぶんじゃねーの?」

「そうでしょうか。いつも1日のおわりに、お礼を伝えているので、そのときに話してみましょう」


 ようやくと華の身支度が整った。

 慧弥に電話をしたが、繋がらない。

 電波がないわけではない。

 どうも優先すべき作業があるようだ。


「道、わかんないけど、出てみる?」


 華の判断に、コンルはただ頷く。

 まずは外に出て、ここがどこかを調べようと、華は引き戸に手をかけた。

 正直、土の香りが充満した小屋より、外の空気が吸いたかったのもある。


 だが、華の足が止まる。

 コンルも顔を曇らせる。

 立て付けの悪い引き戸越しから、声がする。


『そこに、誰かいるのか!』

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