第12話 魔法少女、出撃!?
みな、落ち着いたもので、手元のスマホに手を伸ばす。持ってきていない人は隣の人のを覗いて見ている。
怪人中継をつないだのだ。
YouTubeが常時接続されていることがあり、テレビがなくとも見られるのである。
華とコンルは慧弥のスマホを覗き込んだ。
今回、渦から出てきたキーパーは、頭が牛、体が人間のミノタウルス。
去年の夏頃に出てきた記憶があるが、コンルの言っていた復活だと思っていい。
キーパーは雄叫びをあげた。
この部屋にまで声が届くほどの咆哮だ。窓がビリビリと揺れる。
同時に文様が空に広がり、小さなミノタウルスがドスンドスンと落ちだした。
「どこだ、ここ……」
めぼしい目印を探す2人に、コンルが言う。
「陽の位置から、西側だと思われますが」
「あー、あそこだ、華。西の牧草地!」
牧草地であれば、民家はまずない場所だが、踏みつけられていい場所でもない。
中継をつなぐコメンテーターの声が各スマホから仏間に響く。
『魔法少女が現れません! どうしたことでしょうか!』
華と慧弥は固まる。
そうだ。ここに、勇者がいる──!
「あ、母さんからメールがきたんで帰りますー(棒)」
毛まみれのコンルに、目で、『40秒で支度しろ』と伝える。
華が素早くランドンを詰め込むのをみて、コンルもチャチャとチャトランを呼び、キャリーへ。
慧弥は、雄猫にべったりのユミちゃんを引き離しにかかるが、見事に引っ掻かれる。だが、痛みに泣いている暇はない。
「すみません、バタバタしちゃって」
華がシューズを履いていると、奥さんがあまりのお菓子をお土産として渡してくれた。
コンルがお菓子を大事そうに受け取る。
キャリーといっしょに抱えて、頭を下げた。
「騒がしくしてすみません。ありがとうございます。また来させていただきます」
「ええ、待ってるわね」
3人はニシ商店を出るが、隠れられる場所を探す。
「華、あそこ! プレハブの裏!」
家庭菜園を横切り、古いプレハブへと回り込む。
プレハブのなかは倉庫のようだ。
家庭用の農機具が詰め込まれている。
その間にも、ミノタウルスの侵攻は止まらない。
畑を踏み荒らし、さらには暴風のために植えてある木々を頭の角で薙ぎ倒しにかかっている。
召喚モンスターたちの蹂躙が激しい。
「コンル、ほら、行け! チャトランたちはあたしが預かるから」
キャリーを奪い、西に指を差す華に、コンルは笑顔で首をかしげる。
「僕、今日は、もう変身できませんよ?」
「「は?」」
華の顔が、醜く歪んだ。もう、メンチを切っていると言うレベルじゃない。歪んでいる。
慧弥の目はきっと大きく見開いているのだろう。暖簾の前髪で見えないが、口はぽっかりと開いたままだ。
「僕、1日1回しか変身できないんです。だからいつも勤務中は変身はといてないんですが、今日は緊急事態だったので」
華と慧弥の焦りは表現し難い。
彼らの動きと似ている動作とするなら、『腹痛でようやく見つけた個室トイレ。安堵したのもつかの間、満室だった時の絶望感』だろうか。
「やばいやばいやばいやばい」
お腹を抱え、呪文のように唱える華に、慧弥はスマホで検索をしだす始末。
どちらも現実逃避の状況に、コンルは華の肩をがちりと握る。
「さ、ハナが戦うんですよ! ここで少しでも倒していけば、勇者への道が近づきます!」
「ねーよ」
「やりましょう! ここで戦えるのは、華だけです」
「ただのゾンビ彼氏が欲しい女子高生だっつーの!」
騒ぎわめく華をおいて、コンルは今朝見せた小さな渦を出した。
そこからリュックに詰まってた制服、防具、そして刀を取り出していく。
「僕の渦の中には、お手入れ専門の妖精さんが住んでいるので、華の防具はもちろん、刀もちゃんと手入れがされていると思います」
受け取った刀の鞘を引き抜いた。
毎日手入れを欠かさず行なってきた刀だが、美しい。
見惚れるほど、輝いている──
「やばい……ちょっとヤル気出てきた……」
地面にそっと刀を置くと、畳まれた制服を持ち上げる。
広げた制服だが、汚れも落ち、シワもない。
もちろん、ノリが効き、村のクリーニングよりも仕上がりがいい。
「なにこれ……めっちゃキレイじゃん!」
華は器用に制服に着替えていく。
背を向ける慧弥に対し、ガン見のコンル。
慧弥はコンルに背を向けさせられ、何か察したようだ。
「慧、状況は?」
「ガン攻め中。住宅街まで来るの早そうだぞ……」
防具を身につける華だが、足から順番に装備していく。
顔を半頬で覆うと、鼻の下が朱色の面で覆われる。
垂を首に巻いていると、コンルはうずうずと、横目で華を見た。
着替えが終わっていることを確認したのか、ぐるりと華に向き、頬を赤らめる。
「やっぱり、ハナは美しい……」
「顔隠したときに言うなよ」
「芯の強さが体現されてます」
「はいはい」
華は刀をベルトに刺しこむと、慧弥がコードレスイヤホンを差しだした。
「華、俺はここでドローン使ってお前の援護する。スマホ、通話状態にしろ。それでやりとりする」
見ると、慧弥のスマホはすでにドローンの画面が映っているではないか!
むしろ、操作できている。
なんでもできる、○フォンならね! とは言っていたが、まさかこんなことまでできるとは……
「僕も変身はできませんが、魔法で援護します」
渦のなかから、ステッキが現れた。
間近で見るが、雰囲気が少し違う。
ガラス細工のように繊細な造形なのはもちろん、可愛さはない。
むしろ、クールさしかない。
「……?? なんか、長くない?」
肩から足までの長さがある。
変身していたときは、半分ぐらいの長さだったはずだ。
「これが本来の杖になります。変身すると短くなって、飾りも増えるんです」
とはいえ、杖を抱えた姿は、どう見ても、イケメンの変質者だ。
イケメンでも変質者になれるんだと、少し安堵する華だが、魔法が使えることが不思議に思う。
「コンル、変身しなくても魔法、使えんの?」
「はい。杖があれば」
「勇者じゃないとできないんじゃねーの?」
「僕、言いましたよ? 勇者になるには、モンスターを100体倒すって」
華は「ああ」と納得した。
確かに、何もなしに100体のモンスターを狩るのは骨が折れる。
勇者になると、何かしらの恩恵はあるのだろうが、戦い方は変わらない、と見ていいのだろう。
「これなら、勝てる……か? え、じゃあ、コンル、戦えるじゃん!」
華の声に、コンルは静かに首を振った。
「トドメを刺すだけの魔法は、勇者に変身しないと撃てません」
悲しそうに眉をひそめたコンルに、華の沸点が一気に上昇。
「……なら、あたしが刀で勝てるわけねーじゃんっ!」
刀を投げ捨てそうになった華の手が、おさえられた。
見ると、ふわっふわの白い手が、華の手をおさえている。
それはコンルが作った小さな渦から伸びていた。
「え、なに、これ……」
すぐに、うさぎの顔が飛び出てくる。
顔の何倍もあるだろうふわっふわの白い毛を揺らし、鼻をピクピクさせている。
渦のふちに手を添え、こちらの様子を伺っているようだ。
アンゴラウサギなのだろうか。とにかく、ふわふわもこもこのうさぎだ。
「妖精さんです。どうしたんですか?」
コンルの問いかけを無視して、赤い目が華を映す。
華は自分を見ていることに気づき、挨拶をしようと顔を近づけていく。
「かわいいー。初めま」
ふかふかの前足で、いきなり頬を殴られた。
「いってぇ! 親父にも殴られたことねぇのに!」
「貴様ノ刀ハ、勇者ト同ジ! 斬レル! オレ、研イダ! ダカラ斬レル! 斬ッテコイ! フザケンナ! 斬レヨ! 斬レ!」
頬を押さえながら立ち上がった華だが、
「この畜生、口、悪くね?」
「お前がな! つーか、急げ。マジでやばいぞ!」
焦る慧弥をおいて、華は改めて刀を抜いて見る。
この刀は、代々三条家に受け継がれてきた日本刀だそうだ。
先祖が武士だった、というわけではない。
ただ、刀を守ってきた、と聞いている。
改めて見た刀は、刃こぼれもなく、青黒く輝く刀に変わっていた。
これは妖精うさぎが研いでくれたからだとは思うが、全く雰囲気が違う。
重さは変わらないのに、強さが増した気さえする。
先ほど湧き上がったヤル気は、きっとこの刀の雰囲気がそうさせたのだとわかる。
「マジかよ……」
刀を見ながら、華は思う。
走馬灯のように流れる家族の笑顔、村の人たち、そして、猫カフェの人たち……
「腹括れ、華」
華はぐっと息を呑む。
このまま黙っていれば、村は崩壊する。
この1年で、自衛隊は召喚モンスターを倒すことはできても、キーパーを傷つけられたことは、ない。
それに、家族を、怖がりの萌を、泣かすわけにはいかない──!
「……よし! あのミノ、ぶっ倒すぞ」
華は改めて、慧弥のスマホを覗き込んだ。
「……あそこだもんなぁ……こっからだと、走っても20分はかかるか……?」
「なら、僕の移動魔法を使いましょう。これは体の強化魔法にもなります。強化魔法がかかっている状態だと、通常の3倍程度の速さで動けます。ここからだと……そうですね、5分程度で到着できるはずですが」
「ですがってなによ」
「使用の制限時間は10分です」
「ウルトラマンより長いけど、って感じか……」
華は冷静になるように息を整える。
「慧、あんたは状況を逐一報告。うるさいって言ったらしゃべんな」
「わがままだな……」
地形を改めてイメージする。
あの牧草地から、キーパーを出したくない。
キーパーが前進すれば、召喚モンスターもより前へと前進するからだ。
確か前回は、目くらましの魔法で動きを止めて、とどめをさしていたが、ツノを追っていた記憶がある。
「ミノタウルスの急所ってツノ?」
「ツノもそうですが、アキレス腱もそうです。あとは首を落とせば、全員、消滅します」
弱点、急所がわかっていても、『小さな人間VS大きな怪人』との対決なのはかわらない。
パシフィック・リムのように、巨大ロボットを呼び出したくなる。
だが、頼れるのはコンルの魔法と、自分の刀のみだ。
「……やるしかねぇ」
華は太ももを拳で殴る。
「コンル、召喚されてるモンスターは無視。速攻で、キーパーを叩く」
「それじゃ、数は稼げませんよ?」
「強化魔法が消えたら、あたし、死ぬだろ! 一気に、終わらすっ!」
「わかりました。……じゃ、行きましょうか。大丈夫、ハナなら、やれます」
コンルが杖を振り上げ、聞き慣れない言葉を繋げていく。
華がコンルに身を寄せると、2人の足元に光の文様が浮かび上がった。
どこか怪人たちが子分を召喚するときの文字にも似ているそれが、ぶわりと広がり、そして、華とコンルの体を包み込む。
一気に上空まで上がると、目的の場所まで光の球となって飛び出した。
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