第2話 ゾンビ怪人、現る!

 この日から、音呉村は観光名所となった。


 『渦からやって来る奇抜な怪人を、魔法少女が倒す』

 ──というショーが見られる場所になったのだ。


 このの観覧は、特設展望台からだ。

 そこには巨大中継スクリーンも常設され、常にドローンが上空で待機。

 専用の観覧席には、魔法少女の追っかけが毎日のように通って来ている。

 長くて大きな望遠レンズで、魔法少女をバッシャバッシャ撮しているが、距離があるせいか、【奇跡の1枚】が貴重すぎるそうだ。裏では高値で取引されているとか。


 だが村民の生活は、それほど大きく変化はない。

 村の出入りが認証制になり、くまなく監視カメラが設置されたぐらい。

 魔法少女のおかげで、以前と変わらない農業中心のスローライフができているのである。


 ちなみに、村の唯一の老舗旅館は激変したそうだ。

 部屋数が少ないのもあり、予約は2年待ちだとか。

 魔法少女と怪人の戦いを直で観戦するなら、旅館に泊まる以外に方法はないからだ。

 例え、一泊二日泊まる手続きに1ヶ月を要するとしても、だ。


 ──コンクリートの床に転がったラジオが、タイマーでしゃべりだした。


『おはようございます! 衝撃のあの日から1年が過ぎ、怪人ファントムは、50体を超えました。しかし、今現在、最長の12日間、出現していませ……あ、今、ホワイトホールから、魔法少女ファンダジアとともに』


 華は寝袋からはいでると、目をつむったまま、部屋の電気をつける。

 今年から着はじめた高校の制服は、お気に入りの真っ黒なセーラー服だ。

 てかりのないスカートに足を通したとき、遠くにサイレンが聞こえる。その意味は、怪人出現と、自衛隊の出動の音である。


 ごんごん。

 華は背中で揺れる黒髪を紐でまとめ、ハッチから伸びるハシゴまで歩いていくと、重そうな音をたてて、ハッチが開いた。


「華ちゃん、おはよ〜朝ごはんよ〜? あら、また練習〜? 防具は〜?」

「おはよ。防具とかは部屋でメンテしてある。さすがに毎日着て抜刀練習してたら、汗臭くなってさー」


 母の背を追うように梯子を上りながらしゃべる華だが、祖父の部屋の床は書籍や紙で埋め尽くされている。

 それを踏まないように歩いていると、


「そうだ、華ちゃん、下、片つけといてくれる〜? 爺ちゃん、帰ってくるって」


 華は母の声にあくびで返事をした。

 今、この地下シェルターを使ってるのは華だけだ。

 実際、家族で使ったのは3日間のみ。

 召喚された怪人に窓を割られたせいだが、2体目からは魔法少女のおかげで民家への被害は全く出ていない。


 華が食卓テーブルにつくと、トーストを頬張りテレビを見ている萌がいる。


「萌ー、爺ちゃん、帰ってくるってさー。早いと思わん?」

「なんか見つけたんだって……え、あ、ね、ねねねーちゃんっ!」


 必死に指をさす萌に、華はだるそうにテレビを見やった。


「……マジ」


 中継が映す怪人の姿に、華は釘づけになる。

 甲冑をまとう体はブス色に染まり、顔には黒い空洞が2つ。皮膚は腐り、剝きでた肉からウジ虫がこぼれている──


 これをゾンビと言わず、なんと言う!


 華は自室にダッシュで向かうと、手際よく装備を身につけだした。

 鋼で覆われた手甲しゅこうはもちろん、脛に脚絆きゃはんを、顔には半頬はんぼうを装備。半頬は鼻から下の面になるのだが、そこに下がるすがを首に巻きつけ、紐で結ぶ。

 最後に腰にベルトを巻き、刀を差しこんだ。


 姿見に写る自分に惚れそうだ。

 黒いセーラー服に、朱色の装備がよく映える!


「……婆ちゃん、いってくるね」


 小さく手を振って部屋をでた華は、滑るように階段をおりていく。


「ねーちゃん、気をつけてよ?」

「任せとけって。イキのいいゾンビ、連れてくっから」

「じゃあ、火打ち石ね〜」


 華は、火花と一緒に玄関を飛びだした。

 映像から、噴水公園の近くに現れたはずと、目星をつけた華の足は止まらない。

 迫る障害物は、元新体操部だったのもあり、華麗なジャンプ、バック転はもちろん、宙返りをしつつ、先へと進む。

 華は、今、喜びに満ちていた。


 念願の夢が、今日、叶う──!


 小2の頃だ。

 祖父からは、言葉で『ゾンビ』という存在を教えてもらっていたが、視認したのはこの日が初めてだったと思う。

 映画好きな父が見だしたのが『キョンシー』だった。

 これは、2013年公開の香港映画になる。

 呪怨シリーズの清水崇をプロデューサーに起用したリブート作品だ。

 過去のキョンシーを踏襲しながらも、呪怨風の双子の亡霊をはじめ、さらに最新中国アクションを絡めた、ヒューマンドラマ&ホラー映画となっている。


「パパ、この人、カッコいい!」


 華がテレビ画面に指をさした。


「霊幻道士? それなら、テンテンがでてくる」

「キョンシー!」

「キョ……え?」

「……めっちゃ、カッコいい……!」


 華は、そのに、一目惚れした。

 死なない存在、というものが、強烈にカッコよかった。

 祖母の死が、近くにあったのもある。



 なぜ大好きな人は、死んでしまうのか。


 から、


 大好きな人が、死なない人なら、いいのではないか。



 そう、思ったのだ──



「……絶対、ゾンビ彼氏、つくってやるっ!」


 進むにつれ、怪人が召喚したゾンビが徘徊しだした。

 文様が浮かぶ地面から、ぼっこりと立ち上がる。それはアスファルトも畑も関係ない。

 ぼこぼこと穴の空いた地面が至る所に広がっている。

 すでに30体はいるだろうか。


「……かぁ! くせぇ!」


 散策している召喚ゾンビだが、腐臭もひどい!

 ただ、音呉の先祖ではないようで、辛うじてある頭髪は金髪、服もチュニックなのがわかる。

 また、ゾンビとしては定番型といえる。両腕を突きだし、徘徊するタイプのようだ。

 ただ両腕を振り下ろす仕草が見受けられる。

 これがひっかき攻撃だとすると、人間がゾンビになる可能性があるのはもちろん、呪いや、毒にかかるというのもあり得るだろう。


 華は、より動きが鈍いゾンビに向かって、ネット動画で練習した通りに抜刀、首に向かって水平に振り抜いた。

 いい音を立てて止まった刀の先に、ゾンビの頭が転がる。

 べちゃりと、熟れたトマトが潰れた音がアスファルトに広がったが、すぐに砂となって崩れていく。体もどうようで、砂になっている。


「……よし!」


 華は次の標的として、過去、女性だっただろうゾンビに決めた。

 新体操のリボンよろしく、刀を振り回していく。

 ゾンビの体は大変

 体を回転させれば、3連切りができる。

 だが、頭を落とさないと動きは止まらない。ニギニギと手を動かし移動する様は、ホラー映画のワンシーンだ。


「いい動きじゃーん」


 言いつつ、首を蹴り飛ばした。

 ぴたりと止まった体は、砂になって、すとんと地面に広がった。


「首が弱点、と」


 華が斬る理由として、自身が倒せるゾンビなのかどうかの確認、彼らの消滅条件を知る目的がある。

 彼氏が暴れてゾンビパンデミックなど、目も当てられない。弱点を知っておくことは重要なのだ。

 一方、焦りも募る。


 早く、魔法少女からゾンビ怪人を守らないと……!


 華は、袈裟斬り、真向斬り、一文字斬り、逆袈裟斬り……と、それぞれ動きを確認しながら切り刻んでいくが、はたからは、ゾンビのなかを走り抜けながら、斬り捨てているようにしか見えないだろう。


 目的の公園入口にさしかかる。

 さらに増えたゾンビを斬り、蹴り、散らしたとき、ようやく見えた。


 ゾンビ怪人だ。間違いない!


 テレビ越しからもわかった、凶悪な腐った顔、細い体躯、それに対比するように、ゴツい鎧が目印だ。

 大きさは4メートルほどだろうか。

 華を見て、怪人が叫ぶ。

 噴水の水すら震えさせたとき、首が、跳ねあがった。

 華は息を吸う。


「お義父とうさあーーーーーんっ!」


 叫んだ声は、彼に届いただろうか……

 次々に崩れだす召喚ゾンビたち。

 その影から、ゆっくりと現れたのは、──魔法少女!


「……なにしてくれてんだよっ!」


 魔法少女に向かって、華は刀を突きつけていた。

 見ていたよりも背が高い彼女は、首にかかる刀に臆することなく、華ににっこり微笑んだ。


「君、強いんですねっ!」


 刃をかわし、柄を持つ華の手を、幸せそうに握りしめてくる。

 だが、あまりの動きの滑らかさに避けられない。

 それよりも、低い声のほうが衝撃だったのかもしれない。


 心がどう驚けばいいのかわからない状況ではあったが、華は、彼女の手を離したかった。

 なぜなら、彼女のクールビューティーな頬は紅潮し、鼻息が荒い。

 間違いなく、興奮している……!


 理由がわからない華は、無理やり握る手をなんとか振り払い、刀を構え直す。


「何すんだよ! もう! ゾンビ彼氏つくれねーじゃん!」

「ゾンビ……彼氏……?」


 いきなりの単語に、魔法少女の顔が疑問符でいっぱいになる。

 華はじりじり近づき続ける魔法少女から、刀分の距離をとりつつ叫んだ。


「お義父さんにゾンビつくってもらわなきゃ、ゾンビ彼氏、できねーじゃん!」


 いくら刃物をちらつかせても、怒声をぶつけても、魔法少女は近づくことを諦めない。


「そんなゾンビなんかより、僕を彼氏にしてください! 僕、わかるんです。君なら……あの母上にだって……」


 鬼気迫るものがある。

 求めていたものを見つけた、そんな目だ。


「百合でボクっ娘なんて、今どき、はやんねーし!」

「言ってる意味がわかんないですけど、僕は、君と、つき合いたい、です!」


 もう逃げるしかない。

 華は素早く納刀する。

 踵に力を込める。


「あたしは、ゾンビの彼氏が欲しいから。じゃ!」


 フェイントをかけ、サイドへ飛んで魔法少女と距離をあけたはずなのに、5歩、詰め寄られた!


「待ってください!」

「だー! 待たない! 魔法使いの女の子とはつき合えないんだってっ!」


 華は彼女の胸を突く。

 走り出そうと思っていたのに、思考が止まった。

 感触がおかしかったからだ。

 魔法少女も、キョトンとしている。


「僕、勇者で、男ですけど?」

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