第4話

コークは恐怖のあまり情けない悲鳴を上げて、しまいには涙さえ流し始めてしまった。実を言うとコークはトップスの命じたことを深く考えないで従っていたのだ。十歳とはいえ王子の命令に従えば出世に繋がると思っていたのだが、今はそれを後悔した。


「も、申し訳ありません! 事情を知らなかったんです! 知っていれば、王子殿下をお諫めしました!」


当事者のリリィに聞かされたことを考えると、『元』王太子に非があることくらいはコークにも理解できる。そして、自分たちのしたことが恥をかいただけでしかないということと共に。だからこそ、目の前の恐怖の権化に対してこれ以上刺激しないように努めようとしたのだが。


「知っていれば、だと? 相手は十歳のガキだろ! 知らなくても諫めるべきではないか! 違うか!?」


「ひいいいいいいいいいいい!?」


怒りのやむ気配がないジェシカ。流石に気の毒に思ったリリィはここで助け舟を出す。


「ジェシカ、剣を下ろしなさい。………事情は分かりましたわ。とりあえず王城にいって話を詳しく聞きに行きましょう」


「お嬢様!? よろしいのですか!? お嬢様を軽んじる愚かな王族どもの話など、」


驚愕するジェシカだったが、そんな彼女をリリィは笑顔で振り返る。


「滅多なことは言わなくていいから、一緒についてきなさい」


「お嬢様……はい! 喜んで!」


全く動揺しないで王城で詳しく話を聞くと言う公爵令嬢リリィ。驚きの様子から一転して喜んでついて行くという女騎士ジェシカ。


「そういうわけでコーク隊長殿。私達はこれから王城に向かいますので、部下の方々を介抱してあげてください。死んでいませんから」


「あ、はい……」


リリィの笑顔にコークは見惚れながら、彼女の言うことに同意した。二人はそのままコークをその場に置いて、王城に向かってしまった。


「あ、あれが王国最強の女騎士、ジェシカ・シアター……そんな彼女を手懐けるなんて、恐ろしく、そして美しい公爵令嬢がいたもんだ……」


二人の後姿を見ながらコークはしみじみとつぶやく。思い浮かべるのは女騎士の件さばきと公爵令嬢の笑顔だった。


「あれほどの御令嬢を逃すなんて、マグーマ王太子……じゃなくてマグーマ殿下はどうかしてるよ全く……。はあ、こんな目に合うならあんな幼い王子の命令なんか聞かなきゃ良かった」


出世に目がくらんで十歳になったばかりの幼い第三王子の命令(我儘)に従って動いたコークは、気絶した部下たちの介抱を行いながら愚痴をこぼす。






ツインローズ王城。リリィとジェシカは王族で一番まともな人物に、王太子誘拐容疑と言う理由で騎士たちに連れて行かれそうになったいきさつを話した。


「この度は、大変申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁ!」


「「え!?」」


王城で異様な出来事が起こった。王族が一貴族令嬢に必死に頭を下げ続けているのだ。


「あ、頭を上げてくださいませんか? 第二王子トライセラ殿下」


「そういうわけにはいきません、リリィ嬢!」


必死に頭を下げているのはこの国の第二王子トライセラ・ツインローズであり、頭を下げられているのは公爵令嬢リリィ・プラチナムだ。王族が貴族に頭を下げるのは滅多にないが、それが今現実になっている。


「国王夫妻が隣国に出向いた直後にこんな……うわああああああ……」


おまけに、トライセラは頭を抱えて呻きすら上げる始末だ。何故こんなことになったかと言うと、リリィがジェシカと共に王城に出向いた理由を国王の代わりにトライセラが聞かされたからだ。


「昨日、我が愚兄マグーマが身勝手な理由で婚約破棄を決行して多大なご迷惑をかけたにもかかわらず! 今日、我が弟トップスまでもが何も分からないのに勝手な思い込みで部下に命じてリリィ嬢を連れ込もうとするなど! 王族としてあるまじき行為です! ああ……何でこんなことに……」


兄と弟のしでかしたことに嘆きを隠せないトライセラだったが、そんな彼の姿がジェシカの癇に障った。

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