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Nora
01話.[もう少ししたら]
「阿部……、これでもう十回目だぞ」
「すみません」
「まあいい、だけど次はもうないようにしろよ?」
「はい」
教室をあとにする。
別に犯罪行為をしているとかそういうことではない。
ただただ二十三時を過ぎても外にいたというだけのことだった。
ちなみに家族と不仲だとかそういうこともない。
同じ場所に留まっていると気づいたら数時間が経過しているというだけのことで。
「あれ、まだ残っていたんだ」
「ん? ああ、まあな」
クラスメイトの女子だった。
それ以上でもそれ以下でもないから知ろうとはしていない。
ただ、話しかけられたら無視をするようなことはしていなかった。
無駄に敵を作ると面倒くさいことになる。
中学時代はそれで嫌なことがあったから気をつけている。
「あ、私は忘れ物を思い出して戻ってきた形になるんだけど、教室に他の誰かがいたりする?」
「さっきまで先生がいたな」
「それならいいや、あ、邪魔してごめんね」
「いや、それじゃあな」
補導されると面倒くさいから自宅の敷地内でぼうっとしていることにした。
家の中にいるよりも外にいる方が好きなんだから仕方がない。
春夏秋冬、季節はいつだって関係なかった。
俺がそうしたいからそうしているというだけだった。
「お、
「父さんこそもういたんだな」
こんなこと滅多にないから珍しかった。
まあ、俺が遅くまで違うところで過ごしているからというのもある。
これまでもこうして早く帰ってきていたりもしていたんだろう。
「おう、今日は早めに終わったんだ。そうだ、ちょっと飯を食いに行こうぜ」
「え、なんか怖いんだけど……」
「いいからいいから、早く行こうぜ」
金はあっても外食とかでは絶対に金を使わない人だった。
コンビニとかで済まそうとしないでわざわざスーパーに行く人だった。
そんな人が急にこんな風に誘ってきたら警戒するに決まっている。
「さあ、好きなやつを頼めよ」
「……なにかあったのか?」
「まあいいか、実は今度再婚することになったんだ」
「おお、やっとそういう相手が見つかったんだな」
「まあな、で、やっぱり明人からすれば唐突すぎてすぐには受け入れられないと思うからさ」
父は違う方を向いて「だから今日ここに来てもらったんだ」と言ってきた。
俺としては父が少しでも楽に生きられればそれでよかった。
家族が増えても、また、そのままであっても俺は俺らしく生きていくことができるから。
先程も考えたことだが、父と不仲だから出ていたというわけではないんだ。
新たに家族が増えることになっても上手くやっていける自信しかなかった。
「はじめまして」
……これはまた結構若めの女性に見えた。
下手をすれば騙されているんじゃないかとすら考えてしまうぐらいには若かった。
おまけにその人の横には制服を着た女子学生がひとりいる。
「あ、北瀬明人です、よろしくお願いします」
俺が原因で再婚の話がなくなった、なんてことになったら嫌だからな。
こちらとしては拒絶するつもりなんてないんだから普通にしていればいいんだが。
だけどこうして同い年ぐらいの娘がいるとなると変わってくる。
大抵こういうのは向こうの方が嫌だとかなんとか言ってくるものだろう。
そりゃそうだ、向こうからすれば知らない異性がこれからは家の中にいるということなんだからすぐには受け入れられないはずで。
だから今回のこれは彼女のためなのかもしれないと考えた。
「ねえ、ちょっと付いてきて」
「俺か? 分かった」
店の中なのにずっと突っ立っているわけにもいかないからこれの方がいいか。
父はあの女性と話していてくれればそれでいい。
「明人さんは高校二年生なんだよね? あ、私は中学二年生なんだけど」
「そういうことになるな」
教師からすれば問題ばかり起こしているださい二年生だった。
いやだって仕方がない、外にいるのが好きなんだから仕方がない。
父だって犯罪行為をしなければ自由にすればいいと言ってくれているぐらいだ。
「転校したくなかったよな」
「うーん、そうでもないかも」
「そうなのか?」
「うん、新しい環境を求めていたからありがたいぐらいかな」
それはまたなんとも珍しいというか……。
勝手な偏見で女子=友達が多いと考えている自分としては、これから先も一緒にいたかった人間もいたんじゃないかと考えてしまう。
でも、確かに本人からは残念だという感じが伝わってきていなかった。
「それにお兄ちゃんとかお姉ちゃんが欲しかったんだ」
「悪いな、お姉ちゃんじゃなくて」
「いいよ、明人さんがこれからはお兄ちゃんになってくれるんだから」
っと、いつまでも外にいたら彼女の母が不安になりそうだから戻ることにした。
すぐにではなくて冬休みになったタイミングでこっちへ来るみたいだからもう少しぐらいは時間があるということだ。
その間にやり残したこととかが少しでもできればいいが、もう二週間もないから難しい可能性がある。
「あの」
「うん? どうしたの?」
「俺は大丈夫ですから、あとはあなたと娘さん次第です」
「そ、そっか」
「はい」
こういう風に言っておけば少しはよくなるかもしれない。
いきなり冷たい態度を取られるよりかはマシだと言えるだろう。
まあでも、こちらが敵視される分には構わなかった。
何故ならほとんど家にはいないし、父にはそういう風にしないだろうからだ。
今日のところは解散となった。
そういう人が現れたからといって露骨に浮かれたりしないところが父らしかった。
「そんじゃ行ってくるわ」
「おう、俺ももう行くわ」
鍵を閉めて学校に向かう。
冬ということもあって気温は相変わらず低いままだった。
多分、苦手な人間は嫌になるほどの感じだと思う。
俺としては何故か気温への耐性が高すぎて特になにも感じたりはしないが。
「おはよー」
「え? あ、俺か?」
「うん、阿部君に挨拶しているんだよ」
昨日はあんなことを言ったが、この女子は何度も話しかけてきていたから実は知っている。
元丸
こう、話しかけないと死んでしまう病、みたいな感じで。
「阿部君はいつもと違う感じがする、なにかあったの?」
「特にはないな」
「そう? ちょっと嬉しそうな感じに見えたんだけどな」
嬉しそう、か。
あのふたりがあの家に住むようになったらどういう風になるのか気になっているのはある。
また、上手く支えてやれるかどうか不安、というところもあった。
あんなお世辞みたいな言葉で喜んでいるんだとしたらなんか面白いな。
それでも家族になることは確定しているわけだから上手くできるように動かなければならない。
「元丸の友達で再婚してきょうだいができた人間はいるか?」
「え、いないかな」
「そうか、まあ基本的にそんなものだよな」
それに仮にいたところですぐに受け入れられる人間が多いというわけではないか。
連れ子が同性でもあれなのに、異性であれば余計に面倒くさいことになるから。
小学生であればいいかもしれないものの、高校生とかそれぐらいの年齢であればあるほどそう上手くはいかないわけで。
「もしかしてお父さんかお母さんが再婚するの?」
「ああ、それで相手の人には娘がいてな」
「えー! ちゅ、中学生だったとか?」
「ああ、中学二年生って言ってた」
初めて会ったにしてはそう悪くない雰囲気だったと思う。
店に戻った際もふたりが楽しそうに会話をしているところを見られたわけだし、あのふたりが新たに加わってもそれぐらいの変化しかないだろうと考えていた。
もちろん、この先どうなるのかは分からない。
それでも悪く考えているばかりよりはいいはずだ。
「い、いきなりそんな若い子が家にやって来て阿部君は大丈夫なの?」
「え? おう、大丈夫だけど」
「いやだってほらっ、……もしかしたら若い女の子に欲情――」
「はぁ、しないよそんなの」
俺のイメージが悪いことが分かってよかった。
これからもすぐに家に帰るのはやめようと決める。
まずはあの家に慣れてもらわないと話にならない。
そのときに変なのがいたら慣れるのにも時間がかかるだろうからそれでいい。
大体、俺は俺らしく存在しているだけでいいんだ。
今回頑張らなければいけないのは父だから。
「もし俺が女子というだけで欲情する生き物だったらいま頃元丸は終わっているぞ」
「そ、そうだよね、誰でもいいわけじゃないよね」
「そんなの当たり前だ」
彼女の友達が登校してきたから黙っておくことにした。
静かなところも賑やかなところも変わらずに好きな人間としては好きにやってくれればいいと考えている。
ただ、授業中は授業を止めない程度に押さえてほしいがな。
それさえ守ってくれれば文句を言うつもりはない。
「羨ましいぜ」
俺の机に両手をつくなり大男は言ってきた。
これは流石に俺か? と聞かなくても俺に言っていることが分かる。
「なにが?」
「だってお前、元丸さんに話しかけてもらえるだろ?」
何故か元丸のことを気に入っているのに行こうとしないのが彼の不思議なところだと言える。
俺と違ってよく告白される人間なんだから気にしなくていいと言っても、いやでもだってと毎回言って逃げている形になる。
これまで好意をぶつけられる側でいたからぶつける側になるのは恥ずかしいとかそういう風に考えているんだと片付けていた。
「あそこにいるから行ってこい」
「楽しそうに話しているのに邪魔できるわけがないだろ」
仕方がない、それなら少し動いてやるとするか。
歩くことも好きだからこういうのも悪くはない。
ただ、教室は移動できる距離が少ないから物足りなくなったりもする。
なので、今日の放課後は留まることはしないで歩いてみようと決めた。
「元丸」
「あれ、珍しいね」
「高志が呼んでいるから来てくれないか?」
「分かった」
高志には世話になっているからこれぐらいはしてやらないといけない。
あいつは惚れ症というわけでもないし、結構一途な奴だからこれでいい。
もっとも、俺にできることはこれぐらいのことだけだった。
そこから先はとにかく本人達に頑張ってもらうしかない。
「段畔君、どうしたの?」
「あっ、邪魔して悪い……」
「気にしなくていいよ、それよりちょっと廊下に行こうよ」
「わ、分かったっ」
ふたりが去った後に元丸の友達が俺のところに来た。
「段畔って咲希が相手だとちょっと不自然になるよねー」
「そうだな」
気になっている人間が相手であれば誰だってああいう感じになる。
一生懸命頑張っているんだから笑わないでやってほしかった。
あとはそうだな、あ、思わせぶりな行為をしたりするのもやめてやってほしい。
その気がないならずばっと振って離れてやってほしかった。
「その点、阿部は気になっていても冷静に対応できそうだよねー」
「どうだろうな、一度も好きになったことがないから分からないな」
「あれ、失恋したことがあるから外でいっぱい過ごしているとかそういうことじゃないの?」
「違うぞ、昔からそうしてきたから癖みたいになっているんだ」
俺は彼女に何度もそうしているところを見られている。
何故か結構遅い時間まで外にいるから不思議な存在だった。
いつも寒いとか早く冬が終わってほしいとか言っているくせにそれだからよく分からない。
「葉野は俺と違って女子なんだから早く帰らないと駄目だぞ」
「えー、そういうこと言えるんだ?」
「ん? そりゃまあ言えるだろ」
「へー、ふーん、阿部はよく分からない奴だな~」
なんでだよ、俺はあくまで普通のことを言っているだけだ。
よくないことばかりしている人間というわけではない。
本当に留まっていると気づいたらかなり時間が経過してしまっているというだけの話だった。
で、動き出したタイミングで~というやつだった。
ぼうっとしていてもそれぐらい時間をつぶせるし、考えごとをしていても同じぐらい時間をつぶせるんだから面白い能力だと考えている。
「ただいまー」
「聞いてよ咲希ー、いま阿部が女子扱いしてきたんだよー」
「え、
「いやでもこの阿部がだよ?」
「阿部君は優しいよ? あ、ただもうちょっと柔らかくいてくれればいいと思うときはあるけど」
一応俺なりに柔らかくを意識して存在しているんだがな。
高志と違って長く一緒にいるというわけではないから難しい。
だって馴れ馴れしすぎてもそれはそれで嫌がられるだろ?
だからこれからもいまのままが続くつもりでいてほしかった。
「明人は無愛想に見えるけど結構他人思いの奴だぞ」
「へー」
「だからそう言ってやらないでくれ」
なんかこれだと代弁してもらったみたいになるから気にしないでいいと言った。
別になんと言われようと気にならないから大丈夫だ。
もちろん、それが正しい指摘だったらちゃんと変えようと努力をするから安心してほしい。
他人に迷惑をかけていると分かっているのに変えない屑じゃないんだ。
ちなみにこうして誰かといられるときも好きだから最強だった。
ふたりは自分の席のところに戻って、ここには高志だけが残った。
「……いきなりあんなことをしてくれるなよ」
「よかっただろ?」
「まあ、話せて幸せだったけどさ」
話せて幸せ、か。
そういう存在がこの先俺にも現れたりするだろうか?
俺だって人並みにそういうことには興味があるから現れてくれればいいんだがな。
まあでも、いつになるのか分からないことだからそれにばかりに意識を向けているわけにもいかないというのが現実で。
いまはただただこれ以上先生に迷惑をかけないようにしないといけない。
ただ、家の敷地内でそうしようと決めているからもう大丈夫だろうと考えている自分もいる。
「お、なんか興味があるという顔をしているな」
「まあな」
「え゛っ、明人が否定せずに認めた、だとっ……?」
「別にいらないとか言ったことはないだろ……」
それこそ一番酷いのは友だった、そういう話で終わりそうだった。
まあいい、そういうイメージになってしまっているのは自分のせいなんだし。
「そうかそうか! いやー、明人がやっと若い男子みたいになってくれて嬉しいよ」
「それよりそろそろ戻れよ」
「あ、そうだな、それじゃあまた後でな」
どう言われても気にしないとか考えていた割には少し変えようとか考えた……。
いやだってほら、悪く言われたい人間なんていないだろ?
元丸からすればイメージ最悪の人間だったわけだし、もっと雰囲気を柔らかくしないとありもしないことを言われてしまう可能性もある。
だけどこればかりはすぐに変えられる自信がなかった。
よく表情筋が死んでいるとか言われていた身としては、やっぱりこれが素だと言えるから。
で、そんなことをごちゃごちゃ考えてしまっていたらあの能力が発動してしまい。
「もう放課後か……」
これもああだこうだ言い訳をしていないで直した方がいい気がする。
だってそうしないと大切な情報を聞き逃したりするかもしれない。
「俺は部活に行ってくるけど、今日は大人しく帰れよ?」
「おう、頑張れよ」
「おうよ」
残念だ、こう言われてしまったからには帰るしかない。
まあ、生きている限りは好きなだけ歩くことができるんだから気にしなくていいだろう。
それより迷惑をかけないと決めたんだから大人しく帰ることの方がいまの俺にとっては優先されることだ。
「ふぅ」
ふたりだけの生活ももう少ししたら終わる。
なにも感じない機械みたいな人間というわけではないからずっと平和なままであってほしい。
家の中の雰囲気が悪くなったら嫌だった。
それでもこんなことを考えているとそれがフラグになりそうだったからやめて帰路に就いた。
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