夢の中、心臓は動く。

雨宮 苺香

第1話 終わり

 物心がついてから僕は、今日起こることの3つを知っていた。

 眠ると必ず3つの夢を見て、目が覚めると見た夢の内容が必ず現実になるのだ。


 人々はそれを正夢と呼ぶが、それが欠かさず毎日起こる僕は、起きてからの日々に期待する事が出来なくなっていた。

 そしていつからか僕は、今日はどんな夢を見るのだろう、と夜寝る前に期待するようになっていたのだ。




 ────────




 そんな僕は今日、夢を見なかった。初めての体験に疑問を持ちながらリビングに向かうと「今日は何の夢を見たのかね?」といつものようにおばあちゃんは僕に聞いてきた。

 おばあちゃんは、僕が夢を3つ見ることを教えてから、欠かさず夢の内容を聞いてくるのだ。



「それが、今日は夢を見なかったんだ」


「そうなのかい……」



 僕の返事におばあちゃんは少し寂しそうな顔をし、その顔を隠すように炊飯器の前に向かった。

 余程、僕の見る夢を楽しみにしていたのだろうか。それとも、毎日当たり前にしていた会話が出来なくて悲しかったのだろうか。

 もう一度おばあちゃんの表情を伺おうとしたが、炊飯器から振り向いた姿はいつもと変わらない朗らかな顔だった。



「ほれ、座って朝ご飯食べな。お弁当ここ置いとくね」



 さっきのが嘘かのように、いつもと同じ言葉と共に茶碗を食卓に並べる。そしておばあちゃんはおじいちゃんの部屋に向かったのだった。

 おかしくはないおばあちゃんの行動に僕は疑問を持った。






 この家におじいちゃんはいない。僕が産まれてくる前に亡くなったらしい。そしてお父さんもお母さんもいない。僕が幼い時に交通事故で亡くなった。

 つまりこの家には、僕とおばあちゃんしかいないのだ。

 なのになんでおじいちゃんの部屋に向かったのか。僕はこの少しの胸の突っかかりとおばあちゃんの作った朝ごはんを、まだ起きたばかりの体に無理やり飲み込んだ。






 ――ごちそうさまでした、と僕が呟くと「もう行くのかい」とおばあちゃんが部屋から覗いて見せる。

 微かに香るお線香の匂いでお仏壇にご挨拶をしていたことを知った。



「うん」


「気をつけるんだよ」



 はーい、と言いながら僕は靴を履いた。



「それじゃあ行ってきます」



 開いたドアが閉まるまで、おばあちゃんは僕を見ていた。






 いつも通りの通学路を通って学校に向かう僕は、特に何も考えず歩いていた。

 でもそのせいか、当たり前の風景を僕が壊してしまった。確かに確認した青信号。僕は横から来た静かな電気自動車にかれた。


 身体を起こそうとしても痛みが走って上手く動かない。必死に声を出そうとしても、声とは到底呼べない音が掠れ出るだけだった。

 たったの6文字。“おばあちゃん”は声にならなかった。

 親代わりとして僕を育ててくれたおばあちゃんに感謝を伝えておけばよかった。そう思っても後悔は遅い。

 目の前を流れる赤い液体。最後に見たのはそれだった。






 そしてこの悲劇が、この物語の引き金となり、僕が夢を3つ見ていた理由を知ることになる──。


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