運命の流れにゃさからえねぇ!

Black History

第1話 転生

ふと目が覚めると、俺は見慣れないところに居た。というよりむしろ、この景色を見慣れている奴がいたらこう聞いてやりたいね。あんたはNASAを馬鹿にしながら生きてきたんですかと。何と言ったって今俺のいる場所は宇宙である。ああ、そうだ。あの、星々は瞬き、UMAの期待を一身に背負った、それはそれは寛大な、俺には到底理解できそうもない宇宙である。まあ、といっても理解できるとしても俺はそんな億劫なことをするつもりはないが。それもそうだろう。天文学というのは、あれはとある宇宙博物館に行った時だったか、何でもいろいろな星に逐一名前を付けているようで、それを知った俺は天文学者ってのはとても気のいるもんなんだなと、つくづく思ったわけだ。もちろん俺にそんな重労働、というよりかは莫大な量の暗記ゲームなどは似合わない。何せ今までぬくぬくと、安心できる日本の経済環境で生きてきたわけだからな。夜空に無数にある星々に逐一名前を付けなくてはいけないほど切迫してはいない。そんな温室育ちの俺に似合うのは口先だけで論を弄するような哲学者だろう。というのも、確か前に哲学者が学校に来て話をしてくれたんだが、まったく何を言っているのかわからなかったということがあった。つまり、こういうことだろう。哲学者とは分からせないのが仕事だとね。

まあ、こんな宇宙のど真ん中で何にもならない話をしていても仕方がないので、もう少し先進的で即応的な話をしようじゃないか。そうそう、先進的で即応的と言えば、最近の哲学は”現代哲学”なるものがあるらしい。なんでも日々刻々と変わる現代の流れに追いつくためにそんなものが生み出されたとか。そんな話を聞いたときは、俺は首をかしげてしまったね。哲学というのは分からなかったことが分かるようになるのが楽しい学問じゃないか。哲学は考えるのに役に立つとか、現代を生き抜くために必要だとかいうことを宣っている人々もいるわけだが、俺は決してそうは思わないね。例えば物理学を例に取って考えてみよう。俺達は本当に物理学が何かの役に立つと思っているのだろうか。昔なら例にもれなかったかもしれないが、今はどうだ。地球というフィールドの何もかもが探索し終わっている今は、せいぜい俺達には何ら関係のない宇宙のずっと先のことが分かるだけじゃないか。それともなんだね。諸君は例えば目の前から車が迫ってきたときに悠長に空気抵抗が何々で、車のスピードが何々だから、何々のスピードでよけようと計算しつくすのかね。中には大天才がいてそんなことをいちいちしている方もおられるかもしれないが、しかし、一般的に考えてまず車を避けたほうが早いではないか。つまりだ。何が言いたいかと言うと、物理学というのはてんで役に立たない。じゃあなんで物理学者は物理をやっているのか。これは至極簡単なことである。それは楽しいからだ。本当の物理学者ってのは役に立つ云々を考えてなどいない。純粋に楽しんでいるのさ。これは哲学にも言えるだろう。哲学を普及させたいわけでもなく、かといって宗教に見られる原理主義のような立場をとるわけでもない、純粋な楽しさを求めるのが哲学者ってもんだろう。そう考えると学者ってのは”学ぶ者”と書くわけだから、純粋に学んでいる、学びたいと思っている奴らは、まさしく学者なんだな。

こうやって寄り道をするから話が本題に入らないわけで、まあしかし俺としちゃあそれも俺のご愛嬌ってことで許してくれないかと思っているわけだが、しかし現実はそううまくはいかないわけで、落胆を禁じ得ないな。俺としてはもっと駄弁っていてもいいわけだが、そうは問屋が卸さないようで、そろそろ本題に入るとしよう。

先ほど俺はこの場所を宇宙と形容したが、少し違う。どこが違うか。俺がいること?それもそうだが、俺が一番に目を見張ったのは、黄金色をした、そりゃあたいそうきれいな、弦を張ったような線が、俺の目の前にいる老人の後ろで収束し、色濃くなって渦巻いている、一連の景色だ。俺は怠惰な奴であるから目上の人には誰彼構わずこびへつらい敬うようにしているんだが、まあつまり俺は世渡り上手というわけだが、そんな、いわば相手を見ない俺でさえわかる。ここにいる老人はどこかが違うなと。それが古代ギリシアチックな服装から醸し出されるものなのか、それとも武骨な杖から漂うものなのか、皆目見当はつかない。まさか爺さんからそんな空気が醸し出されているなんてことはないだろう。爺さんは、むしろ神格とは程遠い柔和な雰囲気があるからな。まあ一言、爺さんの容姿について付け加えるのであれば、そいつぁまるで英知にたどり着いてしまった学者のようで、将棋では一手目で勝敗を決してしまうような、そんな深謀遠慮な雰囲気が漂っているということだ。

で、爺さん。いつまで黙っているつもりだい。

「おお、やっと話しかけてくれたか。いや、何分こんなのは初めてなもんでな。どうすればよいかとおろおろしておったわい」

それにしてはずいぶんと落ち着きなさっていることで。ふつうおろおろってのはもっと多動になるもんですよ。俺が見る限りだと動かざること山の如しと言った感じでしたけど。

「ふぉっふぉ。わしは山なんかと比べると狭量なものに過ぎんよ」

まあ確かにあんたは見た限り人間なんでね。山になるなんてそれこそ戦争を起こして死体の山を作るしかないでしょう。というより、そもそも俺はあんたを山とは比べちゃいませんよ。あんたは生物らしいし、山っていうのは無生物でしょう。比べることそのものがナンセンスってやつですよ。

「ふぉっふぉ、そうじゃな。確かに山に意識はない。じゃがな、山というのは、自然というのは常にお主らを見守っておったのじゃよ。お主らがどう考えてどう行動するか。そしてそれを受け入れた。それは聊か母性のようなものかもしれない。どうやらお主らは自然を対象物として冷たく扱っているようじゃが、自然はお主らを我が子のように思っておるのじゃよ」

信じたくはないな。そんな迷信みたいなものは。

「ふぉっふぉ、そうかもな。信じられないかもしれない。じゃがな、自然にも運命というものがあるんじゃよ」

それじゃあ俺らはそんな相手にむごたらしいことをしているわけですか。俺は悪人なんてものはてんで好きになれなかったが、まさか俺もそれと同じようなことをしていたとはね。

「罪悪感を抱くか」

まあ、大体そんな感じでしょう。

閑話休題。

ところで、初めてとは一体どういうことですか。

「初めて?」

ほら、あんたが一番最初に言っていたじゃないですか。『何分こんなのは初めてだから』と。

「おお、そうじゃな。よし、では説明しようではないか。お主にいったい何が起こったのか」

そう言って老人はコホンとのどを整える。そしてこう告げた。

「お主は死んだのじゃよ。死んでここに来た」




ああ、俺はもちろんなんと荒唐無稽な話だと思ったさ。それだったらまだ、身代金目的の誘拐犯の方が弁が立つ。どちらも俺を知らないどこかに連れ出すという点では同じだしな。とは言いつつも、そんな自覚はうっすらとあるようで、つまり、確かに俺は死んだなという実感がうっすら俺の中に内在するようで、またこの場所には警察官はおろか、NASAでさえたどり着けそうもないわけで、老人のその言葉を甘んじて受け入れる以外の方途はなかったというわけだ。まあ、とは言っても衝撃の一言を宣った老人は俺のおどろきを無視し、くどくどと話を続けたもんだから俺としてはたいそう腹が立ったね。今なら腹筋がいつまでも続けられそうだ。しかし老人を目の前にいきなり腹筋を初めてワンダーコアと叫ぼうものなら俺はあっという間に気違いというレッテルをはられることになるだろう。そんなことはごめんだ。だから俺は老人のその話を真摯に聞くしかなかったのだ。しかしそれは俺にとって何たる手持無沙汰か。俺の生殺与奪の権はすべて老人の裁量によってきめられているのだ。もっとも、もう死んでいる俺を殺せるのか、そんな俺から奪いたいめぼしいものがあるのかという疑問もあるが。まあ、ただこれじゃあちいとばかし面白くない。だから俺は老人を試したのだ。いや、試すというほど高尚なものではないな。俺は幼児がなんのしがらみも関係なくあれやこれやを聞くような、はためいわくな児戯をたしなんだのだ。

で、あんたはどこまで俺のことを知っていやがるんですかい。

老人は俺の反抗的な態度を宥めるような微笑みを見せた後、こう答えた。

「わしはお主の何でも知っておる。どんなおなごが好きじゃとか、勉学のほどだとか、何なら誕生した日の些事まで知っておる。何せ世界の観察者じゃからな」

世界の観察者?

「そうじゃ。わしはお主や、他の人の人生をずっと見ておった」

はいはい。そういう意味ね。そりゃあたいそうなこった。つまりあんたは安全圏から、人々の切実な願いをあざ笑うのがお仕事だったってわけだ。何、悪いこととは言わないさ。なぜならどうせ、そいつらのようにまだ神に頼もうと思っている奴は、時間の経過が解決してくれるようなつまらないことでくよくよしているのみなのだからな。そしていったん解決しちまえば神のおかげと宣う、信心深いクリスチャンなわけだしな。ただ俺が思うのは拝む余裕もなかった人たちを救ってやっても良かったんじゃないかということだ。まあいいさ。お前はそれをできる立場にいながらしなかった。その事実だけが重要だ。

「ふぉっふぉ、辛辣じゃな。まあそうじゃの。わしは今までお主たちの人生を見てきた。その中にはもちろん、わしだって苦しくなるような、悲痛な嘆きがあった。じゃがな、わしはなんもできなかったのじゃよ。わしは生まれたときからここにいて、その時からずっとただ観察することしかできなかったのじゃ」

そう言って老人はニヒルに笑う。

何もできなかった?いいや、何もしなかったんだろう。第一、じゃあなんでなんもできないお前が世界を観察する必要がある。嘘は良くないな。

「わしはこう考えておるんじゃ。届かなかった悲痛な思いを、絶望を、それらを見届けることがわしの役目なんじゃないかと。誰にも知られず絶望に沈んでいくなど、悲しいじゃろ?だからわしはそれを見る。それを聞く。それを知る。わしというのはそういう存在だったんじゃよ」

そう言うと老人は遠くを睥睨する。その目は老人をこの役目に押し込んだ運命を恨んでいるような、はたまた今まで悲痛な死を遂げた者たちを想起するような、そんな目だった。今、老人の背中にのしかかっているものを具現化できるのであれば、多分その悲しき宿命や軛が鈍重な呪いとなって覆いかぶさっているだろう。神はいる。しかし、何もできないのだ。神は全知全能だ。しかし、同時に神は自分が何もできないことを知っている。この目の前の老人を神と断言してしまうのは聊か牽強付会かもしれないが、しかし、今までの奇跡も何も起きない雑多な人生を歩んできた俺には、すんなりと納得できた。

少しおいたが過ぎたかもしれない。俺は神を、いや、弱弱しい老人を、こう労った。

まあ、なんだ、あんたも苦労してんだな。

「ふぉっふぉっふぉ、少ししんみりとしてしまったかの」

そう言って老人は区切りをつけるように柔和な笑みを浮かべた。そして、こう話を続けた。

「お主にはこの金色の線は何に見える」

金色の線って言うと、これか。ああ、それは俺も大いに疑問だったんだ。俺は宇宙について全く知らないが、しかしこれが異様だということは分かる。いったいこれはなんだ。

「これは、一つ一つが運命の線なんじゃよ」

運命?

「そうじゃ。お主の中には運命のエッセンスが滞留しておる。そしてそれは役目を終えると、つまり運命が終わるとこうやって集まって、また新たな運命を生み出すんじゃ」

ほう、面白い仕組みだな。

「そうじゃろう?じゃが、これはわしがいる前からもあったことだから、わしもよくは分かってないのじゃ」

ところで、俺の運命のエッセンスはどこなんだ。

「そう。それが問題なのじゃよ」

と、言うと?

「お主の運命は未だ止まっておらんのじゃよ」




老人は意地の悪い笑顔を張り付けて俺の動向を伺った。その目は知的好奇心を内にひそめていた。

俺の運命がいまだに止まっていない?

「そうじゃ」

じゃあ俺はどうすればいいんだ。このままあんたと死ぬまで話し続けるってのは嫌だぞ。

「安心せい。手立ては考えておる」

なおも老人は意地の悪い笑みを浮かべたままだ。美少女のそれならまだ幾分よかったかもしれないが、老い果てた者のそれはただ単に薄気味悪いだけだった。

それはどんな手立てだ。

「お主がここに来る数日前にな、なぜかわしに新たな力が芽生えたんじゃ」

新たな力?

「そうじゃ。それはな、運命のエッセンスを違う世界に送り出す力じゃ。それがお主が来る丁度数日前だというのだから、いかにもお誂え向きという感じがしないか?」

まあ確かに不自然だな。

「といっても、何分これが初めてじゃからの。わしにはどうすればいいのか皆目見当もつかないのじゃよ」

そりゃそうだ。

「だから、ここはお主の”運”ならぬ”運命”に任せようではないか」

そう言って老人は懐から三枚のカードを取り出す。

「このカードにはそれぞれ異世界に送り出すときのスペックが書かれている」

老人の意地の悪い笑みはさらに彫りが深くなる。

「さあ、引け、人の子よ。お主の途に運命のご加護があらんことを」

促されるまま一枚のカードを引くと俺の意識はなくなった。







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後書きです。

多分これを読んでくれる人はうんと少ないだろうなぁ。

何分こんな感じですので、次の話なんかは15000字程度もあるので、一週間に一話を目指したいと思います。

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