わたしの、はじめての。
きょうじゅ
赤いきつね
俺の彼女はマルちゃんの「緑のたぬき」が好きなのだが、俺は「赤いきつね」の方が好きだ。俺は「赤いきつね」を毎日食っているということを除けばどこにでもいるようなただの平凡な高校生だが、俺の彼女、俚子はそうではない。ふちの強い黒縁眼鏡をかけているから一見しただけでは地味そうにも見えるが、実はかなり可愛い。眼鏡を外すと可愛いなどというありきたりな話ではなく、かけていてもかけていなくても可愛い。何しろ俺の彼女なのだから、俺から見て可愛くても当然ではあるが、初めて会ったときからすごく可愛かったのだから、それはつまり事実として可愛いのだ。
高校に入った始業式の日、朝早くに目を覚ました俺が一番乗りで教室について朝飯を食っていると、そこに現れたのが俚子だった。俚子はおもむろに、緑のたぬきを開封して、お湯を注ぎ、食べ始めた。俺の言葉から思わず口をついて出た言葉は、「タヌキ女」だった。やばい、と思った。口を滑らせた。嫌われたらどうしよう。だが、直後に名前を聞いたら普通に教えてくれた。
しかも、向こうは向こうで俺のことをキツネさんなどと呼んできたわけである。馴れ馴れしいのは親しいというのと近いわけである。これは、脈がないこともない。俺はそう思った。そして俺は決意した。何としても、この女を自分の彼女にして、この高校生活を我が人生の春にしてくれようと。
で、間は端折るが、その年のクリスマスに、俺はとうとう、俚子とふたりでラブホテルにいるという状況を迎えるに至った。北海道の冬だからもちろん厚着をしているのだが、ふんわりと暖かそうな白い服の俚子は俺の目から見るとまるで光って輝く女神のようであった。俺は耐えきれなくなり、思わず後ろから抱きしめてしまった。
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それから後のことは、正直テンパってたからよく覚えてない。ただ、俺はすごく、なんていうか、この世に生まれたことの意味を深くかみしめるほどの、絶頂感の余韻に浸っていた。俚子が恥ずかしそうにしてそそくさと服を着てしまったのは少し残念ではあったが、それはまあしょうがない。聞けば、まだ痛むから二回目は無し、だという。まあ、それも仕方がない。泊まっていくわけではなくて御休憩だから、時間もそんなにないし。
ただ、これはよく分からないのだが、実はラブホテルで赤いきつねと緑のたぬきを売っていたのだが、それを両方買ったわけなのであるが、俚子が食べたいと言って食べたのはなぜか彼女の好物の方の緑のたぬきではなく、俺の好物である方の赤いきつねであった。
赤いきつねを食べると言われたので、俺は先に出来上がった方、つまり三分間で出来上がる緑のたぬきを食べた。赤いきつねの方は五分間かかるのである。なぜなら麺が太いから。
蕎麦を食べながら、俺は思う。今年の一週間後にというのは多分無理だけど、この先俺の人生に何度もやってくるであろう大晦日に、俺は多分これから毎年緑のたぬきを食べるであろうし、そしてその俺の隣では、やっぱり緑のたぬきを食べる君がいてくれたらいいなあ、と。
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