第14話
食器を手に
「なあ、これでいいか? あいつの丼」
棚にしまったままになっていた普段は使わない深鉢。何だったかのキャンペーンで貰ったカウカウミートくんのロゴ入り食器。
「え、あ、いいのに、そっちで待ってても」
「まあ、ほら、なんて言うか、まあ、な」
気まずそうに言葉を濁した紅緒の気持ちを察して吉乃は食器を受け取った。
「ん、そう、ね、ありがとう」
そんな吉乃は台所のコンロの前で鍋をかき混ぜている。彼女の前で湯気を上げる鍋の中身は甘辛く煮た牛丼の具。お馴染みの各種調味料に牛肉、それと玉ねぎ。そう、玉ねぎ。
吉乃は窺うように居間の方に視線を送った。
ちょこんと座っている。さっきまで自分が入っていた段ボール箱を綺麗に畳んで、その上に、自称玉ねぎが。
いや、自他ともに認める玉ねぎ、か。
吉乃は微かに頭痛を覚えて眉間に皺を寄せた。
思い出したのはついさっき神主から電話がかかって来た時の事。
あの時、玄関前、尻餅をついた吉乃は混乱していたが、と言うか混乱していたからこそ普通に電話を取った。非日常を前に日常に縋ったのかも知れない。
しかし電話口から聞こえて来たのは彼女に負けず劣らず慌てた様子の神主の声だった。
『あ、もしもし、
「あ、はい……」
急に……、でも来月、まだ待たされるのか、遅いな。
目の前の状況や神主の声をよそに変に冷静なままの頭の一部が反応する。
『それよりですね、えーと、今なんですがちょっと情報が入って来まして』
それよりって、いいのかなそこ、なあなあなで。
神主が続ける。
『誘拐と言いますか、まだそうと決まった訳ではないのですが、付喪神が一人行方不明になったようでして』
行方不明、それは大変だ。
だけど当事者意識は無いので適当に頷く。
「はあ」
へー、付喪神が、そうですか。
そんな感じの吉乃のダウナーな返事に影響されたのか少し落ち着いた様子の神主。
『ああ、すみません、自分の管轄だったものですからちょっと焦ってしまって。こう言うことは初めてだったんで』
管轄? 付喪委員会の? どう言うシステムなんだろうか? て言うか神主さん委員会の人なの?
『それで、もしですね、見かけたなどありましたらお知らせ頂けたらと思いまして、松谷さんの方にも情報をお伝えしておこうと、付喪神同士は何か呼び合うものがあるようで、そちらには紅緒君もいますから』
「あ、はあ、そうですか」
まあ、それどころじゃないんですけどねこっちは。うん。
しかしもちろん吉乃の状況などお構いなしに神主は説明を始める。
『まずですね、見た目なんですが、子供です。紅緒君よりも小さい女の子ですね。なので、誘拐を心配しているのですが』
子供。小さい女の子。
そう言えば今段ボール箱から出て来たのも偶然そんな子だ。
吉乃の目の焦点が改めて女の子に合わさる。
『服装はポンチョのような服を重ねて着ているそうで』
ポンチョと言えばちょうど目の前の彼女が着ているみたいな感じの服、か。
『普段髪型はツインテールのタマネギヘアー、えー、二つ結びですね、二つ結びでこう途中途中がポコンポコンと丸く……』
「あ、分かりますよ」
吉乃は彼の説明を途中で遮った。
つまりそこで座っている彼女のような髪型ってことだ。ふーん……。
『それで髪型の事じゃないんですが、彼女は玉ねぎの付喪神です』
「玉ねぎの……」
ほー、それはまた、あれだな、何て言うか、この辺は食べ物の付喪神しかいないのかな。てか食べ物の付喪神って、本当に変と言うか、そもそも付喪神ってそう言うものだったっけ。しかも玉ねぎて……。
吉乃の視線が彼女から少し下がって再び段ボールの文字を捉える。
玉ねぎ。
「……」
目がシバシバする。
『もしも心当たりや、見かけたりしましたらご連絡を頂きたく』
情報を咀嚼して反芻して自分なりに考える。
『付喪委員会案件で警察沙汰になると色々大変なようでして』
きっと後に控えているであろう面倒ごとを予想して理性がブレーキをかける。
『まして誘拐になりますと通常より罪が重くなるとかならないとか』
「あの、居ます、たぶん今目の前に」
だけどとりあえず濡れ衣を着せられる前に吉乃は神主にそう告げた。
完成した牛丼を持って目の前に座っている女の子に話し掛ける。
「座布団使っていいよ、えーと、タマ子ちゃん」
彼女はあのあと自分から、タマ子と名乗った。
「いえ、大丈夫です。こちらの方が、あの、落ち着きますから」
小さな声で丁寧にタマ子が言う。彼女の喋り方は玉ねぎの薄皮のように何処かはかなげな印象だ。
「あ、そ、そっか」
「必ず持って来るんです、遠出する時は。傘にも寝床にも、なりますし、このように敷物にも、なりますので」
「ふ、ふーん……」
大きな段ボール箱を抱えて歩く彼女を想像してしまう。大変そうだ。
吉乃は彼女の分と自分の分の牛丼をそれぞれテーブルに置いて座る。
するとあとから来た紅緒がタマ子に話し掛けた。ちなみに紅緒も自分の分の牛丼を持っている。
「それで、何でここに来たんだよ」
ぶっきらぼうな質問だがそれは今まさしく話すべき議題だった。
玄関前で神主と電話をしたあと彼女、タマ子は吉乃に言ったのだ。
「助けて欲しいんです」
と。
依然混乱していた吉乃だったが、いつまでも玄関前で話をしている訳にもいかないので、とりあえず部屋にあがってとタマ子を招き入れた。そこで彼女の腹の音を聞いて、これ幸いにと食事を作ることを提案した。メニューはもちろん牛丼だが、これには一応吉乃なりの考えもあって、とにかく一度慣れたことをやって気持ちを落ち着かせたかったのだ。それからこの状況を整理したかった。
そんなこんなで時間が経ってこうしてやっと今、三人食卓に着いて話すべき時が来たのだった。
タマ子は紅緒の声に全然崩れていない姿勢を正して答えた。
「はい、あの、では、話させていただきます」
そんな風にしてタマ子は自分の旅路を語り始めたのだった。
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