12話 小さな英雄

冥界の事件から1ヶ月、俺は今でも霊夜と椿に稽古をつけてもらっている


「はっ!やっ…!」


「ふっ…!はぁっ!」


まだまだ霊夜と本気でやり合って勝つことはできないが、日々強くなっていくのは感じ取っている


「よし、じゃあ休憩だ。これ、水」


「ありがとう、霊夜」


水を受け取ると、霊夜は


「あっ…やばい今日椿様に食材を買ってこいって頼まれてたんだった」


1ヶ月前は元気が著しく無かった霊夜だが今はこんな事を忘れるくらいには元気を取り戻している


「じゃあ俺が買ってくるよ」


買いに行くのには理由がある


「お前また今日もうちでご飯食う気だろ」


そう、我が家にまだセシルは帰ってきていない。ご飯を作るのが面倒なのでタイミングを見つけてはなにかと理由をつけて此処で食事をしていくのが日課になっている


「まぁまぁそう言わずに、俺も手伝うからさ!」


「はぁ…分かった。じゃあ、このメモ帳渡すから頼むよ。椿様には俺から伝えとく。…まったく、椿様もお前には甘すぎる…」


「へへっ、じゃあ行ってくるよ」


そう言って冥界結界から出て市場へ向かう


「おじさん!この魚ちょうだい!」


「アビス!今日も椿さんのとこでおつかいしてタダ飯食うのかぁ!はっはっは!」


「そんな悪いふうに言わないでよ。俺はみんなが得をする策をとってるんだから」


友達と話すような感覚で冗談混じりの会話をしつつ、他の買い物を済ます




「ふぅ…これで買うものは全部と」


すると奥の方から声が聞こえる

この夕方頃だと何かの安売りかな


見に行くとそこには菓子を売っている屋台があった


「安い!安いよ!これは新登場のお菓子、カステラ!」


かすてら?なんだそれ

気になって人混みに紛れ商品を見に行く


「なんだいそれ!私にも一つおくれ!」


「俺にもひとつくれ!」


どんどん売れていくのを見て自分もつい


「あ、俺にもひとつ!」


叫んでしまった。これは痛い出費だが…まぁ、普段椿たちには世話になってるし3人で食べるとしよう…


「あ、アビスじゃないかよ!ほい、これカステラな」


「なぁおじさん、カステラってなんなんだ?」


「いやぁ、この前亡くなった爺さんの遺品を整理してたらこのカステラのレシピがあってよ!使ってみたらめちゃくちゃ美味しくて是非売らなければと思ってよ」


「へぇ、爺さんの遺品のレシピか。ロマンがあるな」


「だろぉ!?ほら、お前にはオマケしといてやるから椿さんたちとみんなで食え!」


「お、ありがとう!じゃあ!」


おじちゃんのサービスに感謝し、冥界へと帰っていく。そこで


「ねぇねぇ」


「え?」


後ろを振り向く。そこには、誰もいない


「ここっ!!」


「え?うわぁ!」


下に居た…そこには帽子を被った綺麗な銀髪の少女が立っていた


「もぉ、女性が声をかけているのに無視なんてダメなんだからね!アビス」


「いや、ごめん。ってなんで俺の名前知ってるんだ?」


こんな小さな少女と知り合いになった覚えはない。あわよくば犯罪になってしまう


「貴方の名前はこの辺りでは有名だから。巫女の暴走を止めた剣士、アビス」


「あ、あぁ…そういうことか」


「お姉さまから貴方のことを聞いて会ってみたくなったの!ねぇ、アビスのこと聞かせて!」


「悪いけど今度でもいいか?今友人を待たせてるから」


「ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから!ねぇお願い!」


服にしがみつかれる。周りの視線が痛い


「分かった、分かったから!少しだけならいいから!」


「やった!じゃあ、そこの公園行こ!」


公園に連れて行かれる

子供の力というのは恐ろしい


公園のベンチに座る


「ねぇねぇ、巫女ってどうやって倒したの?」


「急だな。うーん、簡単に言うと俺自身が怪我を負うほどの力で倒した、みたいな」


「自己犠牲の魔力放出、それが貴方の強みなのね」


「え?ま、まぁそうなのかな。と言うかよくそんな難しそうなこと知ってるね」


「お姉様たちに比べたら全然。その剣から魔力を?」


「ん?あぁ、この剣じゃなきゃダメってわけじゃないが剣に魔力を込めて、他人の魔力を吸い取る、みたいな」


自分でもあの時なんであんなことができたのかわからないが、うろ覚えの記憶で伝える


「…アビスは敵いっこない相手を倒す力を持ってる。逆転の力。けどそれは自信もを傷つける。危ない力だよ」


自分より子供なのにとても難しい言葉を使うのだなと感心してしまう。

…逆転の力、か


「そうだ、これ。さっき買ったお菓子なんだけど新登場なんだ。たくさんもらったらから少し食べる?」


何か分からないがヒントを与えてくれたこの少女にお礼がしたくなって例のカステラというお菓子を渡す。


「なにこれおいしいの?」


「俺も食べたことないんだけど、一緒に食べてみよ!」


2人で恐る恐るカステラを口にする。


「「おいしい!!」」


口を揃えるほどの美味しさだった

2人で手が止められずにカステラは半分食い尽くされてしまった


そしてしばらく話した後


「今日はありがとうアビス。話せてとても楽しかった」


「俺の方こそありがとう。何か、いいヒントを得られたような気がした」


「うん、その力を悪いことに使ってなくて安心した」


小声で少女は何か呟いていた


「え、なんだって?」


「ううん!これからも頑張ってね。私の名前はミスリル」


「ミスリル…あぁ!頑張るよ!ありがとうミスリル!」


ミスリルとお別れをする。


さて、こんな時間になって取り返しはつかないが早く帰らなくては…


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