虚像の理想郷

なぎ

序章 冥界の桜

第1話 僕の生きるこの世界

———水の音が聞こえる


まるで沈んでいくように、気持ち良くも不安な音が自分を包み込む


このまま堕ちていくのも悪くない

この先にある世界を見てみたい

そんなかすかな希望は潰え、自分の身体は深い闇の中へ堕ちていった。

あぁ…闇はこんなにも暗く、美しかったなんて


—ビス ビス! アビス!!


ここはどこ。さっきのは夢?


「あんたこんな昼間からなにゴロゴロしてんのよ!早くこの手紙と一緒に仕事に行ったらどうなの!?」


我ながら熟睡しすぎたみたいだ。まだ夢と現実区別がついていない。この目の前で自分を怒鳴り散らかしてる人はセシル。このボロ家の主だ。自分は仕事もろくにしない(仕事がない)くせに自分にはこの仕打ちだ


「だってこんな気持ちいい日に昼寝するなっていう方が酷だろう。ほらセシルも寝転がってみなよ」


「私はあんたと違ってちゃあんと働いてるのよ」


「妖魔の退治だったっけ?ここ1週間以上仕事がないようですが」


皮肉を込めた一言を放つ。我ながらひどい


「そういうのはいつ来るかわからないの。だからこうやって常に気を張って掃除やら色々してるのよ。じゃないと寝ちゃうし」


寝たい気持ちはあるのかと、言いたくなったが収集がつかなさそうなのでやめておいた。それより自分も早く行かないとまたあの”羽の生えたメガネ男”に怒られる


「はいはい。じゃあ俺は行ってくるよ。この手紙を一緒に持ってけば良いんでしょ?」


「ん、頼むわ。アリーへの手紙で、直接伝えても良いんだけど少し大事な内容だからね」


「へぇ、どんな内容なんだ」


人の手紙の中身を聞くのは大変失礼だと知りつつも聞いてしまうほど、彼女とは付き合いも長いのだ。そう思いつつも、まぁ当然の答えが返ってきた。


「あんたねぇ人の手紙の中身を聞くんじゃないわよ!!……いやまぁあんたにも関係あるか。最近妖魔の出没が頻繁に起こるようになってる。出没した場所の巫女たちが退治してるみたいだけどここでもいつ現れるかわからない、みたいな内容よ。分かったら早く届けてきて」


中々に強めに言われた。これは早めに退散したほうがよさそうだ




家を出て小さい街へ出る。食べ物も売ってたり娯楽要素もあれば中々なものが揃っている。そこにあるのが自分が通っている郵便会社だ。


恐る恐る扉を開ける


「おいごらぁおっそいんだよ!!お前のせいでぇ!こちとら仕事が2倍にも3倍にも膨れ上がってるんじゃあああ!!」


「こら逃げるな。お前は先輩なんだからこれくらいの仕事量どうって事ないだろう?それともお前が過去にサボった分を忘れてないだろうなぁ」


騒々しい男女の声が聞こえてくる。女の方は先輩の翠菜。手紙を配達する係なのだが自分が遅れたせいでここで仕事をさせられてるのだろう。男の方は蘭丸。この郵便会社の社長だ。と言っても社員はこの3人だけだ。


「お、アビスやっと来たんだね待ってたよぉ随分と遅かったが大丈夫だ君の偉大な先輩が仕事をしていてくれたからねけど来たからにはバリバリ働いてもらうよ〜」


早口で情報量が追いつかないが、そこはかとなく怒りの感情があったので早く仕事を始めなければならないが…


「あんたねぇ!あんたの分まで誰が仕事してたと思ってるのよぉ!私よ私!!配達が仕事の!!もう勘弁!!交代!!私配達に行ってきますー!!蘭丸さーん夕方には帰りますんでー!じゃあー!!」


逃げるようにスタコラとその場から去っていく翠菜。あぁ、これは


「じゃあ、溜まってる分の仕事よろしくね」


その一言からいつも以上に過酷な労働が始まった。遅れてごめん翠菜さん。けど逃げたこと許さないからな。




夜になって会社を出る。要求以上の仕事をした事にかの社長さんも満足なようだ。翠菜は、また今度問い詰めよう。今日はもう疲れた。


暗い夜道を歩く。木々が揺れる。お化けでも出てきそうだ。ラハブレムは神社もあれば洋館も建っているまさに摩訶不思議な世界だが、洋館には近づいた事はない。なにせ遠いし魔女が住んでるそうな。自分が住んでいるのはどちらかというと神社よりだ。なので木も多ければ、和を感じさせるものが多い。

そこでこの夜道ときた。赤子だったらまず忘れられない恐ろしい夜になるだろう。


————動いた


何かが動いた。近くにいる。人?

いやこの動きは、違う。何かもっと


「っ………あ」


腕から…血が流れる。赤い、モノ。

逃げ、逃げなければ、ここから


慌てて走り出す。帰り道をいつもの数倍早く走り抜ける。追いつかれたら死ぬ。死ぬ。殺される。息が荒い。これでは早く疲れてしまう。落ち着け、落ち着け、


切り裂かれる音、それは自分の背中だった。


  「ァ……あぁ……ぐ、あぁっ……!!」


感じたことのない痛みが全身に流れ込む


「ここ最近妖魔の出没が頻繁に起こるようになってる」


こんな時に思い出す声が、あいつの声だなんて。あぁ、でも悪くない


痛みに耐えかね力が抜けていく。ここで、この世界での自分が終わりを告げる。


すると、自分の世界は暗黒から光に包まれた



光から放出された柱は自分を襲った妖魔を慈悲なく焼き払う


ひ…かり??


「だから…」


「あんたにはこんな目にあってほしくなかったから話したくなかった」


聞き覚えのある声。普段は騒々しい声が、今はとてつもない安堵を覚える。







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