おまけ

〈イツキ視点〉









最初会った時から

何でって感じだった…





一月の半ば過ぎに

兄ちゃんが急に実家に帰って来ると

母さんから聞いて不思議に思っていたけど

正月も三ヶ日を明けたら直ぐに

アッチに帰っていたし

地元の友達と会うのかな程度に思っていたら






「初めまして」






兄ちゃんはまさかの彼女連れで帰って来て

相手を見た瞬間「へっ?」と固まり

何かの間違いなんじゃとすら思った…






イツキ「今までの彼女と全然違うじゃん!」





そう言いたいのを必死に止めて

背の小さい前髪パッツン女を見ていると…






カオル「伊月…お前よりもお姉さんだよ」






イツキ「すっ…すみません…」






兄ちゃんの低い声に

ヤバイと思って直ぐに謝ったけど

「おいで」と優しい声で

パッツン女の手を引いて

家の中に入って行く

兄ちゃんに「なんで…」と呟いた…





母さんも最初挨拶した時は

ジッとパッツン女の顔を見てるだけだったし

兄ちゃんの頼みを渋々

引き受けたんだと思っていたのに…






イツキ「なんでコッチが買ってやるわけ?」







母さんは兄ちゃんの部屋を見に行くと言って

紙袋を持つ様に俺に差し出してきたから

中を覗いて見ると

有名な通信講座の教材が入っていて

年号の新しい最新の物だった…






無資格で働かせてくれってだけでも

どうかなのに寮まで…






イツキ「アッチが自分で買うべきじゃない?」






母「あなたよりも年上なんだから

   言葉遣いには気をつけなさい」







面白くない流れに

益々パッツン女のイメージは

下がっていった…






春から俺が使う予定の

兄ちゃんの部屋を見に行くと

兄ちゃんはいなくて…






( ・・・なに…同棲してんの? )






シューズボックスの中も

クローゼットの中にも

女物の荷物が置かれてあり

軽いお泊まり用なんかじゃなく

この部屋に住んでいるのが分かった






母「・・・・・・」






母さんも気付いた様で

少し眉をピクリとさせて

部屋の中を見て回っていたから

俺の口の端も少し上がって

「ざまみろ」と小さく呟いた






脱衣室の上にある籠の中を覗くと

パッツン女の下着が入っていて

慌てて棚の上に戻すと

その振動で隣りにあった

小さな箱が落ちて来て

蓋がとれて中身が散乱した…





イツキ「何…風呂場でもなわけ!?」





床に落ちた避妊具を箱に戻して

汚い物でも触ったかの様に

手をパッと離し「勘弁してよね」と言って

リビングに行くと

母さんがキッチンに立っていたから

「何見てんの?」と覗き込むと

母さんの手には卓上カレンダーがあった






イツキ「・・・・・・」






カレンダーには色々と書き込まれていて

あのパッツン女が家庭的な女だと言う事は

何となく伝わってきたけど…





( ・・・もうちょっとお姉さん感ほしいし… )





兄ちゃんの彼女って事は

俺にとってはお姉さんなわけで…




もっと綺麗で

大人な雰囲気のお姉さんが良かった…






部屋を見て回っていると

寝室のベッドが目に入り

さっきの脱衣室で見た物を思い出し

目の前のベッドが普段どういう風に

使われているのか安易に想像はつき

「ムリムリ」と顔を横に振って

母さんにベッドは絶対に買い替えてと

言いに行くと脱衣室から

パッツン女が顔を出しギョッとして

兄ちゃんがいないか周りを確認した





( ・・・パッツン女だけ? )





兄ちゃんはあの煩い友達と

卒業旅行に行っていると聞き

ホッとして胸を撫で下ろし

パッツン女が作ったジンジャエールを

一口飲んでからパッツン女に目を向けた





イツキ「・・・(美味しい)」





パッツン女は母さんから

お茶の煎れ方を指導されていて

母さんがある程度認めているの分かった…





( ・・・・姉さんになるってわけ? )





母さんは無駄な作業や時間を嫌い

パッツン女に対して何とも思っていなかったり

一時的な付き合いの彼女だと思っていたら

お茶の煎れ方なんて教えない筈だからだ…





さっきは眉を立てて怒ってたくせにと

唇を尖らせているとソファーから降ろされ

パッツン女と一緒に床に座らせられた…





( ・・・俺も床だし… )





パッツン女と少し話をすると

「帰るわよ」と立ち上がり

兄ちゃんに会わないまま帰る母さんに

不思議に思いながらも

パッツン女が何かチクッて

兄ちゃんから睨まれるのはゴメンだと思い

いそいそと立ち上がって玄関に行くと…






「おっ…お袋…さん?」






母さんをどう呼んでいいか分からないという

雰囲気のパッツン女が面白くなり

お袋と呼べばいいと揶揄うと

間に受けて真剣な顔でお袋さんと言う

パッツン女が余計に可笑しく見えた






イツキ「お袋さんって演歌じゃん!笑」






全然年上に見えないしと

バカにして笑っていると

母さんから耳を摘まれ

左耳にビリリとくる鈍い痛みを感じ

顔を歪めていると

「お母さんでいいから」と

母さんの声が聞こえ…





帰りの車の中で

少しだけ口の端を上げて

機嫌の良さそうな母さんを横目で見ながら

「はぁ…」とタメ息を吐いた…






( ・・・こんな筈さじゃなかったのに… )






翌週…

母さんが荷物を少し持って行くと言い出し

面倒くさいと思いながら

春服と夏服をまとめて荷造りをし

車に運んで行くと「伊月」と呼ばれ

部屋の中にいる母さんの元に行くと

「コレも運んでちょうだい」と

指をさす物を見て「え?」と固まった



 



イツキ「・・・コレ…振り袖じゃ…」






母さんが俺に運ぶ様に言っているたとう紙の包は

何度か俺も見た事がある物で…




母さんが成人式に着た振り袖で

いつか娘に着せたいと言って

たとう紙を定期的に取り替えて

母さんがずっと大事にしていた物だ…





( ・・コレ300万近かったやつだよね… )





車の中で何でアレ持っていくわけと

しつこく問いかけても

母さんはしれっとした顔で

「静かにしなさい」としか言わず

まさかアレをパッツン女にやるつもりかと思い

自分の足がガタガタと機嫌悪く揺れている…





高速の間もずっと不機嫌顔で

窓の外に顔を向けたまま

「兄ちゃんに甘いんだよ」と

ぶつぶつと文句を言い続けていると

母さんがうんざりだと言わんばかりの

タメ息を吐いてあの振り袖を

パッツン女の卒業式に貸してやるんだと

説明しだした…






イツキ「自分の振り袖着たらいいじゃん…」






母「今は振り袖を買う家庭も少なくて

   どこもレンタルですませるみたいよ」






つまり…

パッツン女はこの前の成人式で

振り袖を買ってもらってなく

レンタルしたんだろうけど…





( ・・・なんで知ってんの? )






先週はそんな会話してないし

兄ちゃんから聞いたのかなと

不思議に思ったけど…






イツキ「・・・だからって…」






母さんが大事にしていた

振り袖をまだ会って2回程度の

あのパッツン女に貸すのは

やっぱり面白くなくて

「パッツン女」と小さく呟くと

「今日はカオルもいるわよ」と

隣りから聞こえてきた言葉に

「もうッ」と更にイラついた…






兄ちゃんがいるなら

パッツン女に嫌味なんて言えないし

睨みでもしたら

直ぐに俺が泣かされるのは予想がつく






マンションに着いて荷物を運んでいると

パッツン女と兄ちゃんが

クローゼットのスペースを作ろうと

服の整理を始めたから

「先にしててよね」と小さくボヤくと

「ごめんね」と謝ってくる

パッツン女の奥で目を細めて

舌打ちでもしそうな勢いの

兄ちゃんが視界に入り

逃げる様に車に残っている荷物を取りに降りた






イツキ「何であんなに怒るんだよ…」





兄ちゃんはずっと

パッツン女の隣りにいて

俺が何か話す度にジッと監視でもしてるみたいに

いちいち睨んでくるから

「何だよ」と唇を尖らせて

車の中にある振り袖に目を向けながら

「どうせ似合わないよ」と

フンッと嫌味を言って手に取り

「孫にも衣装だし」と

部屋の中では決して言えない言葉を

吐きながら部屋の中へと入り




母さんとパッツン女の前に振り袖を置いて

何から何まで恵んでもらってと思いながら

「シンデラみたいな人だよね」と言うと

「伊月」と恐ろしい声が聞こえてきて

ゆっくりと顔を向けると

最高に怒っている兄ちゃんが笑って

来いと指で手招きをしている…






イツキ「・・・・はぁ…運んだの俺だよ…」






母「あなたは少し

  馨とクローゼットに閉じこもってなさい」






母さんに助けを求めようと

甘えた声をあげると

母さんは助けるどころか

あの機嫌の悪い兄ちゃんの所へ

行って来いと言っているのが分かり

「もうッ…」と言って

兄ちゃんの方へと歩いていくと

「ちょっとおいで」と

耳元で囁かれながら肩に腕を回され

パタンと扉が閉まった瞬間に

「誰に向かってあんな台詞吐いてんの」と

低い声が耳に届きビクッと肩を揺らした






カオル「床に正座しなよ」






イツキ「・・・・冷たいよ…」






ベッドに足を組んで座る兄ちゃんに

暖房もついていないこの床に座りたくないと

言いかけると前髪をかきあげながら

「なに?」と冷たい目線を向けられ

渋々冷たいフローリングに正座をした






カオル「・・・づいぶんと

   笑実ちゃんに生意気な態度だね」






イツキ「・・・・だって…あの振り袖…」






カオル「振り袖が…なに?

   男のお前や俺が着る予定も無いんだから

   笑実ちゃんが着たって問題ないと思うけど?」






イツキ「・・・・・・」







兄ちゃんは…

大学生になって…

だいぶ穏やかになったと思う…




地元にいた時の兄ちゃんは

後輩の俺たちの間じゃ少し有名で

気性が激しく…





女の子には優しいけど

男の俺たちには容赦なく…






ベッドからコッチを見下ろしている

兄ちゃんの顔は…





( ・・・昔のまんまじゃん… )






何であのパッツン女に

そこまで甘いわけと

不思議でたまらないでいると

「返事は」とまた低い声で

脅すかの様な物言いをする兄ちゃんに

口を尖らせながら「はい」と返事をし

その後も足を崩す事を許してくれず

黙ったままお仕置きみたいに

冷たい床で正座をさせ続けられていると

「カオル先輩」とパッツン女の声と一緒に

扉が開き俺を見て驚いた様に駆け寄って来た






「床冷たいでしょ?」

 




カオル「・・・笑実ちゃん…ノック」






ノックをしていればきっと

俺を立たせてこんな仕置きをしている所なんか

見せなかったんだろうなと思っていると

パッツン女は兄ちゃんに

「風邪ひいちゃいますよ」と怒っていて

俺の手を引いてリビングへと行くと






「ココアとコーヒーはどっちが…

  あっ!ホットジンジャーにしようか?」






イツキ「・・・・ホットジンジャー」






後ろのソファーで

「自業自得だからいいのよ」と

母さんの声が聞こえてきて

唇を尖らせていると

冷蔵庫から生姜シロップを取り出して

「私もよくカオル先輩から怒られるから」と

小さく言って笑うと

ネズミー柄のマグカップを取り出して

カチャカチャとホットジンジャーを作っている





( 兄ちゃんが…説教? )






女の子には基本怒らないのにと思って

不思議に思っていると

「ハイどーぞ」と笑いながら

マグカップを差し出して来る姿を見て

兄ちゃんや母さんよりも優しい

この小さいパッツン女に

ちょっとだけお姉さん的なものを感じた






母「笑実ちゃん、私も珈琲もらっていい?」






「はい、お砂糖とミルクはどうしますか?」



 



イツキ「・・・・・・」






実家でも…

前ほどは怒らなくなったけど…

兄ちゃんは俺には厳しいし…

父さんや母さんも…

甘々な感じじゃない…





「味は大丈夫かな?」と

母さんと兄ちゃんの珈琲を煎れながら

ホットジンジャーの味を聞いてくる

パッツン女に「大丈夫…」と返事をすると

「良かった」と笑っていて

キッチンに来た兄ちゃんに

「ブラックでいいですか?」と

問いかけるパッツン女の頭を

軽く撫でながら「ミルクだけ入れて」と

笑っている兄ちゃんを見ながら

悪くないのかもなと思った






見た目は全然予想と違ったけど…

優しいお姉さんなのは

多分間違いないし…




何よりも機嫌の悪い兄ちゃんから

守ってくれそうな気がした…





( でも…お姉さんって感じじゃないしな… )






身長が低いし

メイクも薄いからか

年上と言う感じは全くなく…

お姉さんと呼ぶ雰囲気の人じゃないし…



兄ちゃん達みたいに

笑実ちゃんなんて呼ぶのは違うし…






( ・・・1番しっくりくるのは… )






イツキ「笑実、おかわりちょうだい」






俺的には親しみを込めて

名前で呼んだつもりだったけど

視界が一気に暗くなり

訳がわからないでいると

顔に冷たいという感覚が認識され

ゆっくりと頭の中で状況を整理していると

視界が明るくなり俺の手に濡れた布巾が

パサッと落ちてきて

顔にじんわりと痛みを感じだした






イツキ「・・・へっ…」






おそらく俺の顔に

濡れた布巾が投げつけられ…

投げたであろう人物は

今まで見た事もない顔をしてコッチを見ている…






カオル「お前は、お姉さんって呼べばいいんだよ」






イツキ「・・・おっ…お姉さん…」






大学生になった後も

夏休みや冬休みに帰省をすると

実家には…〝お姉さん〟がいて

兄ちゃんや母さんから理不尽に

叱られる俺に優しくしてくれた…









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