4話 心の侵略


「コホンッ! 私の名前はゴードンといって、お前たち見習いどもの教官だ。そしてこれより重大発表があるっ! 心して聞くようにっ!」


「「「「「……」」」」」


 翌日の朝の支援者ギルドにて、僕たち支援者見習いの前で、大きなガラガラ声が響き渡った。鬼教官として知られる中級支援者のゴードンで、豊かな口髭が目立っている。


 目上の人間には媚びて下っ端には威張り散らす感じの悪い男だったと記憶している。声だけじゃなく唾まで飛んでるので列の先頭に並んでいる子が可哀想だな。


「これより、ダンジョンでの研修にお前たちを連れて行くことになった! 到着までの間、心の準備をしかとしておくように!」


「「「「「えぇーっ!?」」」」」


 周りからどよめきが起こるが、僕にとってはあらかじめ知っていたことなので驚きはなかった。まもなく指導員にギルドを出るよう促され、ダンジョンへ向かって歩き始める。


「もしダンジョンでの研修中に集団から離れる等、指示もなしに自分勝手な行動を取れば減点対象だからな、それを忘れるなっ!」


 後ろからゴードンの怒号が飛ぶ。唾も飛んでそうだし僕がいるのは列の真ん中なので本当に良かった。


 研修には、下級支援者による見習いの採点係も複数同行するようになってて、彼らの採点次第で見習いから卒業できる時期も決まるんだ。


 1年に二回昇格のチャンスがあって、半年ごとに昇格するかどうかを決められるようになっている。


 見込みさえあればそれだけ点数も高くなるので、見習いから最速で6カ月後には下級支援者になれるけど、その時点で点数があまりにも低かった場合、見習いすら失格としてギルドからお別れしないといけなくなる。


 ちなみに、前の世界線だと僕は地道に点数を積み重ねていって、一年後に下級支援者に昇格することができた。半年でスピード昇格できたのは秀才のヴァイスくらいだ。


 当時はそんなヴァイスっていう凄く参考になるお手本が身近にいたことで、自分自身成長できたっていうのが大きいんだと思う。


 でも、3年後にはギルドマスターのバロン先生が亡くなってしまうし、彼の治療を任せられるようになるためには一刻も早く昇格し、上級支援者のトップまで上り詰める必要がある。


 そのためにも、最初の研修とはいえ遠慮せずにガツガツ点数を稼ぎにいかないとね……。


 ん、なんかやたらと視線を感じると思ったら、アルフィナがこっちのほうを見てて、僕と目が合うとはっとした顔で近くの女子の後ろに隠れてしまった。


 しかも周りから冷やかされてるし、これは……かなりいい感じの空気だから照れ臭くなる。ダランにいい思いをさせたくないという気持ちからやったことが、まさかこんな展開に繋がるなんてね。


 あんな美少女にそういう目で見られるのは気分がいいけど、これで勘違いするようだとダメだ。こんなことくらいで浮ついてたら支援者として失格だし、それこそ周りから舐められてしまう。


 そういえば、ダランのやつはさぞかし悔しそうにしてるのかと思って探したら、キョロキョロと周りを見渡してた。あいつ、何をやってるんだ……?


 ――あ……見習いの一人に話しかけてる。前髪を全部下ろした気弱そうな少年だ。


 そうか、寄生先を探してるんだな……って、あいつはオルソンじゃないか。支援者見習いの中で、当時僕並みに気弱で大人しかったやつだ。


 ダランが悪そうな笑みを浮かべて何やら話している一方、オルソンは困ったような笑みを浮かべていた。


 どんな会話をしているのかは容易に想像できる。


 何故なら、当時は僕があのオルソンみたいにダランに話しかけられたからだ。


 あの子、可愛いよな、付き合いたいよな、そんな他愛のない話から始まり、少しずつ警戒心を解いていく。遂には無理矢理もう友達になったかのような空気を作り上げるんだ。


 そこから、どんどん図々しくなっていって相手の領域へと踏み込んでいく。心の侵略だ。何かあったら頼むよ、俺も相談に乗るからと笑顔で脅してくる。


 僕も当時、わからないことがあればなんでも教えてやったが、逆にこっちが頼ろうとするといつもはぐらかされた。


 それでも、ダランがいつか変わってくれるって信じたもんだ。良いことをすれば、必ず報われる、そんな根拠のない迷信を本気で信じていた。


 お人よしは最後の最後まで利用され、そして食われるのみだ。それを絶対に忘れちゃいけない。僕は自分自身にそう言い聞かせていた。

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