3話 主張


 ギルドマスター、バロンの演説が終わると、盛大な拍手を背に受けながら彼は奥へと去っていった。


「えー、次はですね、自分が説明させてもらうとしましょうかね」


 次に出てきたのは、副ギルドマスターのエンベルだ。片眼鏡を掛けていて、色々と口うるさい男だがそこまで悪い人間じゃない。確かこの時点で20歳くらいだったかな。凄く若いのでびっくりしてしまうと同時に、本当に過去に戻ったんだと痛感する。


「ようこそ、新人諸君。えー、自分はですね、副ギルドマスターのエンベルと申します。ところで、あなた方がここに入ることができたのは、支援者見習いとして、充分に勉強したからだと思うのです」


「あっ……」


 僕は思わず声を出してしまって、咄嗟に押さえ込んだ。ただ誰も僕のほうを見てないし、みんな緊張してるのか怪しまれずに済んだようだ。


 エンベルはここであることを言うんだ。支援者の能力について答えられる者がいないか、僕たちに質問してくるはず。


「えー、それでですね、支援者の能力とは何か、説明できる者がいたら、挙手してほしいのですよ」


 やはりそうだった。それで僕を含めてみんな黙り込んだ結果、エンベルはアルフィナに答えさせるようになってる。


 はっきり思い出してきた。そこであの子が答えられずにオロオロしていると、その代わりにダランが説明するも間違えて笑われる。最後はヴァイスがさすがの回答を見せるんだったか。


 それでも、ダランはあとでアルフィナから庇ってくれてありがとうございますとお礼を言われてたんだよな。やつはこういうときに気が利くんだ。


「答えられる者がいないのですか。情けないですねえ。それでは……そこのあなた、答えてください」


「え、えぇ……? 私ですか?」


「そうです」


「う、うう……えっと……その……」


 アルフィナがオロオロしている。よし、ダランの代わりに僕が答えてやる。あのときは、主張するのが怖くて恥ずかしくて僕は黙っていたが、それじゃダメだ。周りに遠慮して自分の意見を言えないようなら生きている意味がない。


「僕が答えます」


「お、それじゃあ、あなたが代わりに答えてください」


 注目される中、僕は息を吸った。30年間の経験のおかげでほとんど緊張しない。むしろ、手を挙げかけたダランのやつが顔をしかめていて笑えるくらいだ。



「支援者の能力とは、大まかに分けて補助、回復、治癒、浄化の四つです。補助術は気力や筋力を活性化させる。回復術は内側から来る精神、身体の異常を回復する。治癒術は体力や外傷の回復の促進、止血等。浄化術は外部からの異常、毒や呪い、悪霊を打ち消す。以上です」


 僕が発言したあと、エンベルが目を丸くしてうなずいた。


「これは驚きました。中々やりますね、あなた」


 僕はそのとき、どうもなんて言おうとしたが、やめた。


「当たり前のことを言ったまでです」


「ハハッ……。いやあ、参りました。これには、上級支援者も戦々恐々ですねえ」


 さすがのエンベルもたじたじの様子で、僕に警戒心も抱いたっぽいけど、これでいいんだ。


 良い人だと思われるのは、舐められるということと等しい。鋭さを覗かせておくのは重要なことだ。ものいわぬ小さな植物ですら、外敵に引き抜かれないように根を張り棘も有しているというのに。


 それを証明するように、僕に対して畏怖の眼差しが向けられてるのがわかる。こいつは油断できない、食えないやつだ、そう思われてるのかもしれない。特に都合のいい寄生先を探してるダランにとっては、僕が物凄く厄介なタイプに見えたはずだ。


 それから僕たち支援者見習いはお互いに簡単な自己紹介をしたあと、休憩時間になった。


 自己紹介でやっぱり目立っていたのはヴァイス、アルフィナ、ダランの三人で、ヴァイスは堂々とした語り口、アルフィナはその美貌、ダランは大きな声で注目を引いていた。


「あ、あの、クロムさんでしたよね……?」


「ん? あ……」


 誰かが声をかけてきたと思ったら、アルフィナだった。


「自己紹介のときにも言いましたけど、私はアルフィナといいます。私のこと、庇ってくれてありがとうございます!」


「…………」


 そうか、僕が庇った格好になったから、ダランの代わりにお礼を言われてるってわけか。


「クロムさん?」


「あ、うん。えっと……」


 堂々としなきゃダメなのに、僕ってやつは何をモタモタしてるんだ。ダランが隙を窺ってるのか、ちらちらとこっちを見てるのがわかる。


「アルフィナだったかな? 今度からはちゃんと答えられるように気をつけるんだよ」


「あ、はい!」


 アルフィナは一瞬びっくりしたような表情を見せたものの、笑顔で深々と頭を下げて立ち去った。


 ダランが最後にはあの子をものにしてしまったように、卑屈な態度を取るより堂々としていたほうがいいと思ったんだ。ダランが不満そうに僕のほうから顔を背けてるのが心地よかった。


「ちょっといいか」


「あ……」


 誰かと思ったら、長めの髪を後ろで一本に纏めた美少年――ヴァイス――が僕に声をかけてきた。


「お前、確かクロムっていう名前だったよな。支援術の説明、見事だった」


「あ、うん、ありがとう、ヴァイス」


 言ったあと、僕はしまったと思った。彼の名前については自己紹介のときに聞いたとはいっても、まるで前から知ってたみたいな自然な呼び方をしてしまった。


「さすが、覚えが速い」


「君もね」


 なんとかごまかせたみたいで、僕たちはお互いに軽く笑い合った。彼は近寄りがたい雰囲気を持ってるから、前の世界線だと実際に話すのは一週間後くらいだったんだけど、まさか初日から談笑することになるとは思わなかった。


「クロム、俺はお前をリスペクトしている。だが、一つ忠告しておきたい」


「忠告?」


「そうだ。出る杭は必ず打たれる。余計なお世話かもしれないが、ちと不注意に見える。蹴落とそうとしたり、利用しようとしたりするやつもいるだろう。この世は老若男女、9割が悪い人間だと思って注意したほうがいい」


「…………」


 ヴァイスはそうクールに言い残して立ち去っていった。相変わらずのヴァィス節だ。思わず苦笑いしてしまうくらいオーバーな言い方だけど、間違ってはいない気がする。


 彼はとても注意深い人で、前の世界線ではこんなことも言っていた。自分だけは100%騙されないと思っている人は案外騙されやすいと。そういう人は自分が絶対だと思ったものを信じちゃうからで、もしかしたら自分も騙されるかもしれないっていう、自分さえも疑う思考を持っておいたほうがいいんだと。


 そう考えると、僕の中でまだ燻ってる未熟なものを見抜いたのかもしれない。過去に戻ることができて、しかも今のところ順調で浮かれ気味だったから、ヴァイスの言うようにもう少し注意深く生きたほうがよさそうだ……。

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