飲み比べ
郷野すみれ
飲み比べ
近くにいるのに隣にいられない席順を恨み、グラスのお酒をちびちび舐めながら、私は斜め前の彼を見る。
サークル内の飲み会で、くじ引きで席を決めたからだ。まだ、顔がよく見えて様子がわかる、同じテーブルの斜め前あたりにいられるだけマシなのかも。周りはわいわいと盛り上がっているけれど、私はあまりテンションについていけない。
私たちはこのサークルで知り合った。
最初はお互いなんとも思っていなかったのだが、趣味が共通していることもあって、そのうち惹かれ合った。周囲の後押しもあり、割ととんとん拍子で多分一般的な流れを辿って付き合うことになったのだ。
サークル内の公認カップルだから、わざわざ手を出す人はいないのだが。
彼の隣に座っている違う学科の同級生の女の子、みなみちゃんは、彼と高校の同級生だったらしい。彼女にそんなつもりがないとは分かっていても、気兼ねなく楽しそうに話しているので、その光景を見るたびに胸にざらざらしたものが溜まっていく。そして、そのみなみちゃんは今、彼の隣の席にいる。
「今日はお酒飲まないの?」
みなみちゃんが彼に尋ねる。彼はそこまでお酒に強い方ではないので、一杯目だけお酒を飲むとあとはソフトドリンクに切り替える。
「お前、いつのこと……」
彼が反論しかけて、思い当たったかのように口をつぐんだ。
「この間向こうのサークルで飲んでたじゃん!」
お酒に強いみなみちゃんは何杯もすでに飲んでいて、明るく酔って彼の肩を叩く。そう、みなみちゃんと彼はこのボランティアサークルだけでなく、もう一つの天文サークルでも一緒だ。
「あれはなあ……」
彼が大きくため息をついて頭を抱える。彼と同様にお酒に強くない私は、ノンアルコールカクテルを飲みながら、私の知らないところでたくさん飲んで酔っていたのか……と少し面白くない気持ちになる。あと、できることなら酔った状態の彼も見てみたかった。
みなみちゃんに若干複雑な感情を抱いてはいるけれど、普通に仲良く話す仲なので、私は首を傾げながらみなみちゃんをじっと見つめて、「もう少し詳しく」と念を送る。伝わったらしく、嬉々として説明し始めてくれた。
「飲み比べやるぞー! ってなって、最初はこいつ興味なさそうにちびちびやってたんだけど、先輩が『普通にやったんじゃ盛り上がらないからな、景品はこれだ!』って言って本を出した瞬間に『あ、それ珍しいやつじゃん』って急に目が据わって本気出し始めたんだよね」
確かにその光景はありありと目に浮かぶ。
彼はそっぽを向く。
「仕方ないだろ、あの本良書なのに出版社が倒産したことによって絶版になったんだから」
私は内心で、それはいつも一杯でセーブして酔ったところを見せない、普段から冷静な彼を飲ませるための先輩の罠なのでは……という感想を抱く。
そりゃあ私だって絶版の本(しかも良書)を景品として出されたら心は揺れるだろうけれど、絶対に無理だと分かっている勝負だからその手には乗らない。
「めちゃめちゃハイペースでグラス空にしていってさー」
みなみちゃんはその時の様子を思い出したのかケラケラ笑い声をあげる。
「顔真っ赤にして、酔っ払って、そしたらね……」
そこまで話すと彼が焦ったように止めに入る。
「ばっ……お前、やめろ!」
言っても止まらないと踏んだのだろう、彼が物理的に手で口を塞ぐ。
その様子を見て私はもやもやとする。それほど私に言えないようなことを言ったりやったりしたの? それにみなみちゃんは関わっているの?
……それに、他の
私は平静を装いながら笑顔を振りまいて
「すみません、お手洗いに行ってきます」
と席を立った。
飲み屋さんのお手洗いは狭かったり暗かったりするけれど、ここはある程度洗面所もスペースがあって、男女別だったのでついでに化粧直しをする。
そこまで華やかさもない、平面的かつ典型的な日本人顔。
鏡の中の私はそっと目を伏せた。
せめてもの足掻きに剥がれかけてきた口紅を塗り直す。
「あっ、さくちゃん」
後ろにみなみちゃんが立っていて声をかけられて驚くと同時に、さっきは逃げるように席を立ったので気まずさを感じる。
だが、みなみちゃんは屈託もなく、明るく話しかけてくる。
「さっきの話なんだけどさ、あいつに口を塞がれちゃったから言えなかったんだけど」
そこで言葉を切り、顔を耳元に寄せてきた。彼とみなみちゃんに何かがあって、それに関する宣戦布告だろうか。私は覚悟を決めて手の中にあるリップスティックを折れるほど握りしめた。
「あいつ、めっちゃさくちゃんのこと褒めてたし惚気てたんだよね。直接言えって思っちゃった」
じゃ、と手をひらひらと振ってトイレから出ていくみなみちゃんを見送りながら私は唖然とする。
顔が熱いのは多分酔っただけではないに違いない。
飲み比べ 郷野すみれ @satono_sumire
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます