第106話 大災害15~復讐者が行う三度目の介入~

 「よう、また会ったな」


 召喚王が声をかけてくる。

 アイツの魔物と思われる魔物……三つ首の犬は、一人の悪魔の胴体を噛みちぎってしゃぶっていた。


 ただの捕食でないところに、魔物が持つ人間に似た残忍さを感じた。

 ああ、駄目だ。

 動いたら殺される。


 召喚王はもちろんのこと、あの犬みたいな魔物にも恐らく俺は勝てない。

 拳銃?

 召喚王には効くかもな。

 万が一、という前提で弾丸が召喚王の頭部を貫いて殺せたとする。

 その直後、飼い主のコントロールを失った飼い犬が暴走。

 俺を食い殺すだろう。


 こんなの、想像していなかった。

 ありえないことではない。

 召喚王は、転移の陣を改造出来る数少ない悪魔の一人だ。

 空中要塞で脱出用の陣があったように、当然この中にも陣はあるだろう。

 それを外の陣と繋げられたら?


 何故俺の持っていた魔剣……要食いの直剣を、ダゴラスさん達は折ったのか?

 見て理解する。

 こういうことを防ぐ為だったと。

 俺は浅はかだったと。


 「何でお前がここにいるんだよ」

 「ああ? もちろん貴様を助ける為さ、人間よ」

 「で、俺を攫うってか」

 「人聞きが悪いな。いわゆるギブアンドテイクさ。今助けてやるから、俺と一緒に来てほしいんだよ」

 「助ける? 俺は戦いに来たんだ」

 「このクズ野郎とか? 殺すのか?」


 言って召喚王が魔王、アモン・マモンを足でグリグリと踏みつける。

 アモンの顔は恐怖で染まっていた。

 状況から察するに、悪魔一名とこの部屋で外の戦いの様子を見守っていたものの、召喚王の襲撃を受けて、って感じだろうか。

 魔王と言えど、七十二柱に敵うような存在ではなかったようだ。

 王が必ずしも強い、という道理はない。


 「無理だな」

 「何故?」

 「今からこのクズ野郎に召喚をしてもらうからさ」

 「……神聖種か」

 「あの狐を召喚して一番恩恵があるのはコイツさ。こいつの神聖種は、強化した人数分だけ召喚主を極微量に強化する」


 それじゃあ召喚王にとっても危険では?

 わざわざ敵を強化する意味が分からない。


 「はは、そうだよなぁ。俺が何を考えてるか分からんよな」


 図星だ。


 「俺なあ、コレクターでもあるんだよ。生物収集癖ってのかね。原生種から変異種まで色々集めてるわけよ」

 「……お前の狙いは神聖種か」

 「ご明察! 察しがいいねぇ!」

 「野生の神聖種とか捕まえればいいだろうが」

 「神聖種に野生種は存在しない。創り出し方も秘匿されている。なら、奪うしかないだろう」


 召喚王が魔物と目を合わす。

 直後、しゃぶって肉塊と化した悪魔を飲み込んで、魔王に近付く。

 魔王は抵抗する素振りを見せない。

 恐怖で動けないのだ。

 魔物の三つ首が、それぞれ魔王の両手と片足を口で加える。

 空中にぶらんと吊るされるように持ち上がる。


 「食い千切られたくなかったら、召喚魔石を出しな」


 要求。

 脅し。

 やってることが完全に悪そのものだ。


 魔王は無言で魔石を渡す。

 手がブルブル震えていた。


 「ハハハハハッ!! 貴様も脅せばこんなものか!」


 言いたいことを言って、魔石をまじまじと見る。

 その目はウットリとしている。


 「わっ、渡したのだから命は……」

 「食え」


 命令を聞いた魔物が三つの口を閉じる。

 ギロチンのように。

 魔王の両手と片足が魔物の口内に消えた。


 「ぎゃあぁぁぁっ!!」


 ためらいのない残酷な命令。

 アイツの性格が見て取れる。


 「うぐぅああぁぁ……ひどい……」

 「うるさいな、黙ってろよ」


 召喚王が小さな刃物を取り出す。

 あれは、手術用のメス?


 「動くなよ〜」


 笑顔で魔王の頭を掴む。

 そして後頭部にメスを思いっきり突き刺した。


 「あっ……?」


 ザックリと切る。

 血が溢れる。

 頭蓋なんて無視するように、ザクザク四角く切っていく。


 魔王の目が見開き苦痛に染まる。

 目から涙が出ていた。

 口から涎を出しながら。

 暴れようにも暴れられない。

 片足しかないのだから。


 「いやだああぁ!! いやだあああ!!」


 頭から血が吹き出ながら叫ぶ。

 顔が流れた血で染まる。

 涙に血が混ざって赤くなっていた。


 「よっ」


 カッパリと音が聞こえた。

 四角く切断した頭蓋骨の一部を取り出す。

 ピンク色の脳が露出した。


 「何か最後に言うことはあるか?」


 にやけながら魔王に尋ねる。

 血で真っ赤になった手を魔王の頬にベットリと付けて、時折唇に触れる。

 口紅のように口に血を塗りつけながら。


 「いや、だぁぁ……」


 過呼吸気味な返事だった。

 絶望の表情。

 手足からも大量に血が流れている。


 「クククッ。最後まで笑わせんなよ、グリードの王だろ?」


 直後、召喚王は魔王の脳に手を突っ込んだ。

 グジュグジュと音を立てて、脳内に異物が侵入する。

 かき混ぜるように手を動かしているせいで、血がブクブク泡立っている。


 「うっ……」


 思わず吐きそうになるのを堪える。

 死体は幾つも見てきたが、これはエグイ。


 「ぁっ、ぁっ、ぁ……」


 もう魔王の目は光を失っていた。

 臓器が生きているせいで、体は動いている。

 だが、もう心は、精神は死んでいた。


 「ええと、どこだどこだ?」


 脳をかき混ぜていく。

 かき混ぜてるよりかは、何かを探している?


 「お、あったあった」


 脳から何かを引き上げてく。

 ズルリと取り出されたものは、肉塊のような、何かの器官だった。


 「もうこれはいらないな。食っていいぞ」


 その言葉と同時に、アモンの体を魔物が貪り食う。

 残った胴体と首を引きちぎり、丸のみ。

 容赦など、これっぽっちもなかった。


 「これ、何か分かるか?」


 取り出した器官を手でブランブランと下げながら、聞いてくる。

 血と脳の液体が混ざったものが、ポツポツと落ちていく。


 「ま、答えられんよな」


 持ったまま得意げに召喚王が歩いていく。


 「言葉を解する知的生物の脳内には、三百億個の神経細胞があるんだがな、それは脳みそにある細胞の十%程度しかない。残りの90%はグリア細胞って脳を補助する細胞で占められている」

 「……それが?」

 「だがな、能力を使う奴にはもう一種類の細胞が脳内に存在してるんだよ。それを分泌する脳内器官がこれだ」

 「それで能力が作られる?」

 「そういうことだ。大脳部分に包まれるように存在しているこれだが、調教と洗脳以外に魔物を操る術がここにある。それが汚染さ」


 魔物を操る方法。

 調教、洗脳。

 それ以外にも方法が……?


 「この細胞を魔物に移植することで、魔物は細胞主と同調し、従わせることが出来る。それを汚染契約と呼んでるのさ。禁じられた方法だ」

 「禁じられた?」

 「細胞を移植して魔物を操れれば、こんなに簡単なことはない。だが、厄介なことにこの器官から直接細胞を取らないといけない。結果、器官を摘出した本人は死ぬ、という意味で禁忌というわけだ。おまけに本人は汚染契約を果たせない。意味がないんだよ」


 だが、と召喚王は付け加える。


 「古代の魔王はな、自分と同様の細胞を保持している子どもに、自分の脳内器官を食わせた神聖種を与えた。だから、直系の子孫である魔王は神聖種を意のままに操れる」

 「そのやり方だと、お前は神聖種をいつまで経っても操れない」


 召喚王がニヤリと笑う。


 「その通り。だからこの方法を使うのさ」


 アーンと口を大きく開ける。

 滴る液体が魔王の口内に落ちていく。


 「ハハッ、いただきます」

 「なっ……」


 取り出した器官を、召喚王は唐突に丸呑みした。

 味わうように咀嚼して。

 ゴクリと喉が伝う。

 嘘だろ。

 コイツ、同族の内臓を食いやがった。


 「案外うまいな」


 また吐き気がこみ上げてくる。

 でも、耐えなくちゃいけない。

 ここで隙を作ってはいけない。


 「これでアモンの神聖種は俺の物。またコレクションが増えたな」


 満足げに言い放つ。

 食って、取り込んだのか。

 魔王の細胞を。


 「もうここからは召喚するだけだ」


 魔王が渡した召喚魔石を高く掲げる。

 ここで召喚する気だ。

 魔王の神聖種を。


 魔石から赤い光が放たれ、室内に充満する。

 至近距離だと、目も開けていられない。

 光はみるみる内に、獣の姿へと形を形成していく。

 九本の尾を持った、支援特化の神聖種だ。


 「ハハハハハハッ! いいねいいねぇ! やっと一頭神聖種を手に入れたぞ!」


 人の二倍程の大きさの、大きな狐が姿を現した。

 攻撃はしてこない。

 ただ、召喚王を見つめている。


 「よしよし」


 狐の頭をニコニコと撫でる。


 「それじゃあ初仕事だ。やってくれるな?」


 新たな主人の言葉を聞くと、神聖種はスクッと立ち上がる。


 「魔王側の悪魔達を援護しろ。時間稼ぎだ」


 瞬間、狐の周囲が炎に包まれる。

 それは透き通った炎だった。


 「外に魔石を持たせた黒鳥がいる。転移して外に出ろ」


 召喚王が木で出来た杖を握る。

 先端の白い石からまたも光が出てくる。

 そうすると、神聖種の真下に転移の陣が浮かんでくる。


 「行け!」


 陣から赤い光が飛び出して、神聖種を包んでいく。

 外に出る気だ。

 俺は止めなくていいのか。

 一歩俺は動き出そうとする。


 「ガルルルルルル……」


 それを見た魔物が唸り声を上げる。

 駄目だ。

 動いたその瞬間から俺を攻撃し始める気だ。


 光が収束し始める。

 結局、外へ神聖種が出て行ってしまった。


 「これでやるべきことは一つ終わった。そしてもう一つ」


 召喚王が俺を見つめてくる。

 殺す気か?

 いや、そうじゃないようなことをさっき言ってたな。


 「正直、俺の大本命は貴様だ」

 「お前のストーカーには飽き飽きだよ」

 「ああ、否定はしないよ。ずっと、お前が欲しかったんだ。もちろん、コレクターとして」


 ……収集癖。

 現世にもこういった類の人間はいる。


 物を集める者。

 動物の死体をはく製にして飾る者。

 生体そのものを飼育する者。


 こいつは大概だが、人間の業も深い。

 天才だからって、偉人の脳を保存していたりするからな。

 動物や昆虫をコレクションしている奴だって、同様のことが言える。

 はっきり言って、悪趣味だ。

 だが、人間的と言える。

 だからだろう、こいつから人間臭さを感じた。


 「希少性は抜きにしても、貴様には惹かれるものがある。やはり人間は面白い」

 「勝手に面白がってんじゃねーよ」

 「面白いのだから仕方ないだろうよ。まあ安心しろ。殺したりは絶対にしないし、洗脳じみたこともしない。俺に独占されるだけだ。命を助けたんだから、それくらいいいだろ?」


 いいわけがない。

 中央執行所では魔剣をくれたりしたし、空中要塞ではマリアさんの援護をしてくれていた。

 だから恩は確かにあるとは思う。

 だからと言って、拘束される理由にはならない。


 俺は剣を構える。

 強化した感覚をさらに鋭敏にして、筋肉を最大限高める。

 人の域を超えて。


 「抵抗はしない方がいいぞ。殺さないとは言っても、痛い目は見てもらう。痛いのは嫌だろう?」

 「じゃあ、連れていく前に質問いいか?」

 「いいだろう。少しは時間に余裕がある」


 神聖種が時間稼ぎをしている安堵感からか、油断をしている。

 まだ……まだ俺にもチャンスはある。


 「一つ、ゴーレムはまだ動いてるのか?」

 「オートでな。ここは操縦室だから、指示一つで止まるだろう」

 「二つ、大魔石はここにあるのか?」

 「ああ、そうか。貴様はその為に来たんだったな。一番隅っこに階段があるだろう? そこを登っていけばすぐだ」


 敵にペラペラと情報を渡す。

 余裕があるのか……

 いずれにしても、都合がいい。


 「聞きたいことは済んだか?」

 「……」


 「隷属の獣犬ケルベルス、一応入り口を見張っておけ」


 指示に従って、犬の魔物はノシノシと俺の入ってきた場所とは違う場所へ歩いていく。

 ここは本来の通路じゃないのか?

 後ろを見てみる。

 俺が足で蹴り倒した木の物体は本棚だった。

 ……隠し通路?


 「貴様はそこから出て来たんだったな」


 俺が後ろを向いているのを見て、召喚王が俺の入ってきた入り口を見る。


 「どうやってそこから入ったかは知らないが、確かそこ以外入り口はなかったはずだ。転移の陣もなかったはず。……一回偵察で見たが、変な物体ばかりが置かれていたな」


 変な物体……銃器のことだろうか。

 コイツ、あの部屋に置かれていた物が何なのか分かっていないのか。


 「一応そこにも見張りを付けておくか」


 召喚王が杖を振る。

 またしても転移の陣があっという間に現れて、光を放つ。

 新たに出現したのは、同じ三つ首の魔物だった。

 複数従わせてるのか。


 「そこを見張れ」


 召喚された魔物が俺の方に歩いていく。

 俺の真後ろに隠されていた入り口があるからだ。


 「では行こうか?」


 召喚王が俺に背を向けながら歩いていく。

 俺はそれに黙ってついていった。

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