第103話 大災害12~英雄と断罪者の戦い~
「待って、あなた」
俺が千を超える悪魔達に特攻をしかけようとしたその時、声が聞こえた。
知っている。
この声は知っている。
マリアの声だ。
踏み出そうとした足を踏み留める。
声の聞こえた方向に顔を向ける。
俺のすぐ傍に、マリアがいた。
ちょうど後ろ。
そこにいつもの雰囲気で、彼女が立っている。
気が付かなかった。
「お前……」
「大丈夫、私に任せて」
そう言って、俺を歩いて追い越していく。
その先には、ラースの騎士団連中が進軍していた。
ヴァネールに至っては、もう既に炎を周囲に展開している。
「「止まりなさい」」
マリアのテレパシーが響く。
恐らく、俺だけじゃなく全員に。
「「私達には人質がいます」」
ピタリとヴァネールの動きが止まった。
合わせて騎士団の動きも停止する。
悪魔の心理を揺らす、説得力のある言葉。
マリアの言葉には、重みがある。
その重みは、相手の動きを封じるには十分なものだ。
「「ほう、マリアか。久しぶりだな」」
テレパシーを返したのはやはり、ヴァネールだった。
「「そこを退け。いくら貴様でも、邪魔するのなら殺すぞ」」
威嚇の炎が天高く打ち上げられる。
奴らしい選択だ。
非常に非情。
奴が断罪者である理由の一つ。
「「この子達を巻き込みたいのならね」」
雪崩に飲み込まれた悪魔達。
グリード街の住人達が、一斉にヴァネールを見つめ始めた。
みんな一様に。
誰かに操られるように。
マリアは、起き上がったグリード街の住人全員を自分の支配下に置いていた。
洗脳で、だ。
意識が朦朧としている時なら、悪魔を操ることは比較的簡単とされる。
マリアなら造作もないだろう。
つまりだ。
これらが全部、人質ってことだ。
しかし、なおも老騎士の表情が変化することはなかった。
ヴァネールの心は読めない。
何もかも燃やすあの炎。
あれが燃やせるのは、何も物質だけじゃない。
洗脳やテレパシーの概念を、選択的に燃やせる。
奴に洗脳は効かない。
心も読めない。
だから、交渉だ。
ヴァネールさえ操れれば、後は簡単な話だ。
奴を使ってみんなを殺せばいい。
ヴァネールが暴れれば、俺以外誰にも止められない。
グリード街の住民全員が、自分の顔面近くに手を添える。
全員の手に火球が出来る。
初級の火の能力。
このレベルなら、習っていれば子供でも扱える。
「「貴方達が引かないのなら、ここでみんな自害させます。大人子供問わず、全て」」
躊躇わず流れるように口にする。
「「ここでこやつらを殺したら、お前も死ぬぞ?」」
「「いいわよ。そのかわり、この子達みんな道ずれだけどね」」
あえて自分の前に、子供を連れてくる。
意思のない目だ。
マリアが無理矢理洗脳を施したら、例外なくこうなる。
この状態の悪魔を見るのは、自分でも吐き気がするものだ。
奴隷と何ら変わりない。
子供達が、足元に落ちていたガラスの破片を拾う。
それを自分の首に持ってきて、薄く横にスライドさせる。
血がうっすらと流れ出た。
「てめぇ!!!」
ヴァネールの後ろに控えていた、隊長と思わしき悪魔が怒号を発する。
能力を咄嗟に発動したのか、岩の塊がマリアへ向かって数発飛んできた。
俺はそれを剣で弾いていく。
「「次やったら殺すわよ」」
その言葉で、騎士団連中が攻撃を行った隊長を抑え込む。
あれは、ロンポットか。
懐かしい。
確か、俺が隊長やってた頃は上級騎士だったな。
性格も悪魔には珍しく、陽気で強情だった。
悪魔ってのは普通、このような心理戦に不慣れだ。
心が直接読めるから、こんなまどろっこしいことをしなくていい。
だが、精神に干渉出来る、或いはジャミングの能力者なら話は別だ。
心を操れるし、心を読ませないことも出来る。
心を読むという相互関係が基本の社会常識から、遠く外れた存在こそ交渉という考え方が通じる、ってことだ。
だからマリアとこういう話が出来る悪魔は、基本少ない。
ヴァネールも例外の内に入る。
「「ククククッ……」」
突然、奴が笑い出した。
「「マリアよ。お前はこの人質が我らに有効だと思ったのだな」」
「「もちろん」」
「「ククク、ハハハハハハッ!」」
豪快に笑いだす。
余裕?
それともポーカーフェイスか?
奴の考えが読めない。
「「ロンポット、お前が正しいよ。あいつらは殺すべきだ。この場で人間を逃したら、この先何人の同胞達が死ぬことになる? この街の住人の数じゃあ抑えが効かないだろうよ」」
マリアは黙って聞いている。
出方をうかがっている感じだ。
「「単純な損得勘定だ。ここで人間を殺そうとすれば、この場の悪魔が死ぬことになる。対して人間を逃がせば、この先これ以上の犠牲者が出る」」
マリアの表情が苦くなった。
ああ……、俺は戦う準備をする。
「「二択。どちらが損になるか分かっているのに、これが交渉だと? クククッ」」
もう駄目だ。
俺は魔剣を構える。
マリアに合図を出して。
「「殺せえ! 一人残らず殲滅しろおおお!!」」
一斉に騎士団達がこちらへ走ってきた。
剣を持って。
隊長格もそれぞれの武器を持って。
「はああああぁぁ!!!」
それを見て、グリードの住人達は自身の頭に突き付けた炎を真正面に向けなおす。
その方向には騎士団がいる。
戦わせる気だ。
多分、連中は止まらない。
住人の戦闘力は期待出来ない。
騎士団の方が圧倒的に強いだろう。
だが、時間稼ぎにはなる。
住人達が、騎士団に向かって走り出す。
数は圧倒的にこちらの方が多い。
「ヴァネールを抑えて! 隊長と騎士は私で抑えるから!!」
「おう!」
魔剣を構えて、俺は風の翼をはためかせる。
ジャンプして、自ら作り出した風の軌道に乗っていく。
俺は空を飛んだ。
ヴァネールもそれを見て、炎を噴射させて空を飛ぶ。
距離十メートルの所で両者が止まる。
闘志と殺意の目が真っすぐぶつかる。
「戦うのは久しぶりだな」
「最近は同胞を殺す機会に恵まれている。残念だよ、英雄」
「俺はこっち側についた。それだけだ」
「あの女狐が原因だろう。貴様程の男が……わしを殺せる男が……悲しいものだ」
「言っとくが、人間のせいじゃないぞ」
「そんな筈はないだろう。人間が現れなければ、貴様は平凡にあの辺境で暮らしていた筈だ」
「……なんで俺とマリアが一緒に仕事を辞めて、あそこで暮らしたか知ってるか?」
「知らぬ」
「俺とマリアは元々知ってるんだよ。人間がいなくたって、こんな争いがいつか起こることを。お前だって分かるだろ?」
「ふん、だとしても貴様をここで殺すことには変わりないわ!」
「だよなぁ」
火炎が、異常な速度で俺とヴァネール自身を囲む。
半径百メートル程の広さはある、球体上に形成された炎のフィールド。
「これで貴様は逃げられない。ドレインでも貫けまい」
「お互い手の内は知り尽くしてるもんな」
昔に魔物やら邪悪種やらを一緒に殺していた仲だ。
忘れるわけない。
撃退か倒すかしか、脱出の方法はない。
言ってすぐさま壁から、炎の巨大な十字架を幾つも出現させていく。
無数の武器が即座に完成した。
完成した端から、十字架が俺目掛けて襲い掛かる。
あの炎は、触れたらもう簡単には鎮火しない。
法則に反した燃え方をするからだ。
水は普通燃えない。
岩とか、風なんかも。
だが、この炎は全てを燃やす。
存在がなくなるまで、塵も残らず燃やし尽くすのだ。
あれに対抗出来るのは、同じランクの属性能力だけだ。
すなわち、ドミナス級の能力。
俺はそんな高尚な能力を持ってないから、全ての能力攻撃が無効になる。
水や土で攻撃しようものなら、逆に燃えて厄介なことになる。
結界も無意味だ。
かと言って、生身というわけにもいかない。
けど、対抗策がないわけではない。
俺は一度、こいつに勝っている。
「いくぞ!」
俺の魔剣に全ての能力を通す。
自然干渉系能力十二種。
身体干渉系能力八種。
全部合わせる。
ありったけのエネルギーを使い、チャントを付加して。
俺の体で、この能力を表現するのは無理がある。
だから魔剣に集約させる。
全部出力の負担を魔剣に持っていかせる。
普通の魔剣なら耐えきれまい。
だが、俺の魔剣は別だ。
強度は十分。
これだけが、俺の全力に耐えきれる武器なのだ。
俺の大剣に、黒い霧のような物質が纏わりつく。
異常物質。
これを見た奴は、ヴァネールとクルブラド、それとマリアしかいない。
後はみんな死んだ。
これで勝てなかった経験はない。
皆無だ。
魔剣に能力を通し終わる。
漆黒の黒の霧に魔剣が包まれていた。
全てを飲み込まんとする強欲の色。
俺の固有の能力。
「
この能力は安定しない。
だから、能力を維持するのに莫大なエネルギーを使う。
使用出来て十数分。
ヴァネールのじいさんもそれを分かってる。
俺自身もよく自覚している。
だから短期決戦だ。
最初から全力を叩き込む。
向かってきた十字架を剣に当てる。
触れた瞬間、黒い魔剣は燃えることなく十字架を弾き消した。
よし、いける!
行く手を塞ぐ炎を魔剣で切り払っていく。
普通ならこうはいくまい。
一気にヴェネールへ接近する。
「ふんっ!!」
十字架が一斉にパンッと弾ける。
それは輝く炎の玉となって、辺りを無数に浮遊する。
炎の玉が一気に俺へ高速で向かってきた。
動きを止めて、弾いていく。
結界では防げないから、かわすか剣で受けるかしか選択肢がない。
狭められた可能性。
ならば。
剣を大振りし、黒い衝撃波を刃から放つ。
俺の固有能力……闇の能力を衝撃波にした攻撃。
これもヴァネールの攻撃を無効化出来る。
「おらああああ!」
次々と黒い衝撃波を飛ばしていく。
連射された炎の玉は、攻撃の勢いを削ぐことも出来ずに散っていく。
二重にも三重にも炎の壁を相手は張っていくが、それすらも抵抗なく突き破る。
届いた衝撃波をかわしていくヴァネール。
防御することは困難だと思ったのか、俺の背後にドラゴンにも匹敵する規模の炎龍を出現させた。
「邪魔だっ!!」
炎龍の牙を掻い潜って、首を切断。
消滅させる。
いちいち龍に構っていられない。
俺は魔剣をブーメランのように回転させて投げる。
魔剣の通り道の後に炎は一切なく、根こそぎ消滅させていた。
それと同時に風の翼をはためかせる。
ジェットのように風を噴出させ、ブースト。
投げた魔剣以上の速度で一気に抜ける。
回転している剣に追いついて、うまくキャッチ。
もう目の前には、灰燼のフランベルジュを構えたヴァネールがいた。
ブーストの運動エネルギーを殺さず、そのまま突っ込む。
魔剣でいつでも攻撃出来る姿勢で、肉薄した。
最初の一振り目が相手の剣により受け止められる。
奴の魔剣の火炎が俺の魔剣によって打ち消されていく。
「目障りな炎はこれでなしだ!」
そこからヴァネールが、反撃に打って出るかのように肉薄してきた。
一撃必殺を狙った斬撃が首を掠める。
追撃を離す為に、俺はバックステップする。
だが、後ろから炎の龍が大口を開けて接近していた。
よく見ると、俺とヴァネールを包囲している炎の壁から無数の龍が出現している。
「しゃらくせぇ!」
黒い能力を拡大させて、龍の口を横に一刀両断。
しかし、相手の追撃は止まらない。
ヴァネールが流麗に剣を振るう。
それを魔剣で受け止める。
その直後、ヴァネールは体術に戦闘スタイルをチェンジ。
足蹴りを俺に食らわそうとするが、残った腕で受け止める。
4段階の筋力増強を図っているから、楽に受け止められた。
蹴った足を強く握る。
ギチギチと音が鳴る程に。
ヴァネールが苦悶の表情を浮かべた。
奴の体は火の能力と反比例するかのように、弱っちい。
剣を振るう場合、炎を噴射して筋力をカバーしていたりと、ヴァネールは能力にタップリ依存している。
奴も、ある程度は筋力を強化しているだろう。
だが、俺程ではない。
安易に格闘戦を展開したこいつは甘い。
近く近くで戦うことが、今の俺に勝機を与える。
ヴァネールが残った手に火を纏わせて手刀を仕掛けてくる。
それを見切って、腕の燃えていない部分を蹴りつける。
その衝撃でお互いが引き離される。
俺は魔剣に纏わりついている黒い異常物質を伸ばし、リーチを長くしていく。
ゴソッと気力を持っていかれる。
爆発で視界が塞がる中、リーチを伸ばした大剣でさっきの龍と同様爆炎を一刀両断する。
線上に爆発が晴れる。
その先にヴァネールがいた。
「おおおおおおお!」
ヴァネールの唸る声が、炎のフィールド内に反響する。
魔剣を天高く掲げたかと思うと、俺の知っている限り、炎の能力の中で最強の技が放たれた。
奴の目の前に、巨大な炎の断崖が出現する。
縦横を余すことなく燃やした、かわしようのない純然たる殲滅技。
本来なら炎は防げない。
故にかわせない状況を作ることが、対個人戦での奴の切り札となる。
必殺の一つだ。
燃え盛る炎の壁の向こう側は見えない。
|アモンの神聖種の出していた炎は透明度が高かったが、こっちは全くの逆。
全てを燃やし尽くさんとする死の属性。
俺は黒の物質……闇の意思をどんどん広げていく。
俺の中にあったエネルギーを食らい尽くさんばかりに。
命を守る為に、命を提供する。
いいさ、今だけは好きなだけ持っていけ!
許す限り、闇の能力を最大限、そして限界値まで拡大させる。
その形は獣の頭部にそっくりだった。
荒々しい牙が生え、今にも全てを食い殺そうとする殺気がどす黒い色で構成されている。
もう炎の壁はすぐそこまでやってきていた。
「いけええあああああああっっ!!!!」
「うおおおおおおおおお!!!!」
お互いの殺気がぶつかり合う。
その直後に莫大な力を持って、両者が激突した。
炎の壁は黒の獣を燃やし潰さんと迫り、獣は壁を構成しているエネルギーをバクバクと食い荒らす。
一メートル進む度に、一メートル分獣の腹に火が収まる。
肌がチリチリと焦げだしていく。
俺が燃える前に……炎の壁の向こう側まで獣が穴を穿った。
穴の向こうにいる奴を、確かに捉えた。
「またか……またなのか!!」
驚いた奴の顔を瞳に写す。
もうこの目から離さない。
これで最後だ。
獣の構成を維持しながら、前へ倒れるように直進する。
決めた。
もう前しか進まない。
進め。
獲物めがけて。
獣の牙がヴァネールの首まで近付く。
自動で。
野生的な動きで。
生きているかのように。
ヴァネールが炎の龍を真正面に打ち出す。
大技を出した直後で、よくもまあそんな技を出せるものだと思う。
獣と龍の口がお互いに食い合う。
だが、あっという間に均衡が崩れる。
獣は龍の顔面を一口で食いちぎった。
首を伸ばして奴に接近する。
もう攻撃は出来まい、と思ったのだが、炎を衣のように纏いだす。
せめてもの抵抗か。
「ガアアアァァァ!」
喉など存在しない筈なのに、獣は吠える。
そのままヴァネールの胴体に噛みついた。
「ぐっ……」
体を激しく揺らす。
その影響で血が四散する。
痛みを感じるのは久しぶりなのか、苦しそうにしている。
「ぐおおおああああ!!!」
全身から炎を吹き出す。
全力の抵抗。
灼熱の塊。
だが、黒い獣はそれをものともしていない。
上質な肉を食らうように吸収していく。
「おのれがぁ!」
憎しみを込めた声色で、手から赤色の光が漏れだす。
炎の色とはまた違った輝きだ。
これは……
「させるかよ!」
俺は腰に装備していたナイフを、ヴァネールに投げつける。
だが、一歩遅かった。
ナイフに額が当たる直前、もう奴はいなかった。
同時に炎フィールドも消滅する。
視界が晴れて、周りの景色が映る。
そこには……
「マリアァァァ!!!」
無数の騎士達の屍の中。
三人の隊長格に拘束されて、血だらけのマリアがいた。
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