第72話 強者どもの夜10~裏切りの朝日~

 どうしてこんなに悲しい?


 殺したからだ。

 大勢の悪魔を。

 この手で。


 どうしてこんなことをしている?


 逃げる為だ。

 ここから。

 一刻も早く。


 どうして悪魔は俺を襲う?


 この世界のためだ。

 俺がいると世界が狂う。

 俺は邪魔者だ。


 俺はここにいてはいけない存在だったのか?

 俺は死ぬべきなのか?

 悪魔をこんなに殺してまで生きるべきなのか?

 俺に生きる価値はあるのか?


 散乱していた魔物と悪魔の死体。

 そして、俺が新しく作った悪魔の死体。


 赤かった。

 血の色。

 口の中にその液体が入り込んで、気持ち悪い。


 そうか、俺は殺してしまったんだ、悪魔を。

 悪魔殺し。

 もっと生きていたかったであろう悪魔達。

 きっと、ダゴラスさんみたいに家族がいた悪魔もいたんだと思う。

 家族は二度と、俺が殺した悪魔に会えない。


 怨まれる。

 殺した人間は死ぬべきだと。

 罪には罰を。


 俺は逃げ続ける?

 逃げて、どこへ行く?

 俺の目的は何だった?

 俺は何をしたかった?


 俺は帰りたかった。

 俺を知っている人の元へ、帰りたかった。


 何も覚えていない俺。

 そして、俺のことを何も知らない悪魔達。

 誰も俺を知らない。

 俺でさえ俺を知らない。

 何も知らない。


 知っている人に会いたい。

 家族に会いたい。

 友達に会いたい。

 親戚でもなんでもいい。

 とにかく会いたかった。


 俺はどこの誰で、何者なんだ。

 理由も知らず、こんなところでこんなことをして。

 訳が分からない。

 誰か教えてくれよ。


 もう前へ進めない。

 体力もない。

 それ以上に、疲れた。


 いつまで戦えばいいんだ。

 逃げて戦ってを繰り返して。

 これがもっと続くのか?


 俺には耐えられない。

 もう嫌だ。

 戦いたくない。

 逃げたくない。


 どうしたら許してくれるだろう。

 どうしたら仲良くしてくれるだろう。

 もしその方法があったなら、喜んでやってみせる。

 努力してみせる。


 俺を誰か認めてくれ。

 みんなから嫌われたくない。

 怨まれたくない。

 死にたくない。


 もう、力が出ない。

 体力を使い果たした。

 魔剣すら持ち上がらない。

 ララも背負えない。


 もう無理だ。

 脱出出来ない。


 目はかすんで、よく見えなくなってきている。

 部屋中に溜まっている血の池に、横たわりながら疑問を抱いていた。

 周りなんてもうどうでもいい。

 どうにでもなってしまえ。

 苦しんだよ。

 生きるのに苦しんだよ。


 生きていくのに、何でこんなに心を痛めなくちゃいけないんだ?

 静かに暮らせないのか?

 それが俺の理想だ。

 理想はこんなにも遠かった。


 生きることは歩くこと。

 歩いていく。

 どこまでも。

 だけど、それはずっと続くのか?


 立ち止まったりすることもあるだろう。

 転ぶことだってあるだろう。

 その度に歩き出すのは、酷く疲れる。


 生きることには目的がある。

 目的がなければ生きてはいけない。

 何に変えても生き抜かなければいけないという、強い思いがエネルギーだ。

 そのエネルギーが足を動かす。


 家族のため、友人のため、物のため。

 それぞれ目指す場所は違うが、みんな同じ道にいる。

 俺はどこにいるんだろう。


 「「どこ……」」


 頭の中で声が聞こえた。

 聞いたことがある。

 牢屋で閉じ込められている時に聞いた声。

 襲撃者の声。


 「「どこにいるの?」」


 その声に答えたら、俺はここから逃げられるのだろうか?

 でも、どこへ?

 その先でもまた争いが?

 きっとある。

 戦いはやってくる。

 俺が地獄にいる限り。


 戦いたくない。

 辛いもの。

 殺すのは何よりも辛い。

 相手の命を奪うことは、自分の命を削ることと同義だ。


 殺すことは魂を削っている。

 ザクザクと。

 食われるように。

 けど。


 「生きたい」


 それが俺の答えだった。

 何を犠牲にしても生きたい。

 悪魔達を殺して、全てから怨まれても、それ以上に生きたい。


 生きて、俺の知っている者達に会ってみたい。

 俺がどんな奴だったのか知ってみたい。

 俺が何者だったのかを思い出したい。


 「「強く思って。ここから脱出したいと」」


 ああ。

 答えるとも。

 応えるとも。


 理由なんかいい。

 俺は生きたい。

 生きて生きて生きたい。


 怨まれるのは辛い。

 けど、俺はとにかく生きたい。


 生きる目的なんて分からない。

 記憶がないんだから、分かるはずもない。

 それでも生きたい。


 俺は思い出したい。

 俺は俺を知りたい。

 俺を見つけたい。

 ここだ。


 「俺は、俺はここにいるぞ!!」


 大声で叫んだ。

 きっとこの声は届かない。

 でも、感じ取ってはいるだろう。

あの時みたいに。


 「「そこね」」


 牢屋で聞いたセリフが今、再度俺の頭で響いた。

 次の瞬間。


 ガゴンッと勢いよく壁が破壊された。

 手だ。

 巨大な手が、俺とララを掴んでいた。


 そのまま優しく握って、外へと俺達を引き抜いていく。

 そうして見たのは、夜が明けて朝日の如く輝く月の光が満たす絶景だった。


 朝。

 始まりの一日。

 希望の光。

 そう思えた。


 それだけ時間が経っていたのだ。

 長かった。


 俺達を掴んでいる巨大な黒いドラゴンは、全身ボロボロだったが、しっかりと翼を広げて飛んでいた。

 その頭部には、襲撃者三人が傷を負いながらも堂々と立っている姿が見える。


 「ポポロ……」


 銀騎士の背に、気絶しているポポロが背負われているのが見えた。

 生きてたのか。

 銀騎士に助けられていたようだった。


 空中要塞の方を見ると、ロンポットとエイシャ、そして聖馬は魔物と戦い続けていた。

 魔王とルフェシヲラをかばうようにして。

 聖馬の方はまだ体力があるように思われるが、悪魔二人はそうはいかないようで、かなり疲弊しているようだった。

 だが、それでも激戦を続けている。


 「これでひと段落ね」

 「ああ、やっとだ。だが、俺の手駒をかなり使ったぞ。雑魚ばかりとはいえ、これは手痛い」

 「仕方ないわ」

 「まあ、投資だな。人の力には代えがたい」


 声で誰が話しているかは検討は付く。

 襲撃者の女と、召喚王だ。


 「おい、バルバトス。貴様はこの後どうする?」

 「……」

 「まだだんまりか。まあ、お前はその狂人野郎を回収できれば満足か」


 銀騎士の狙いは最初からポポロだった?

 ただ戦いたいわけじゃなかった?

 こいつらの目的……


 召喚王は杖を光らせる。

 その光は俺達を包んでいく。

 転移。

 脱出だ。


 「そろそろ飛ぶぞ」

 「ええ、もちろん」


 俺はどこに連れて行かれるのだろう。

 地獄のどこかには違いない。

 戦いは続く。

 それは地獄にいる限り変わらない。


 「ん?」


 召喚王の異変を察知した声。

 それに合わせたかのように、周りが温度が急激に上昇していく。

 これは……


 「うお! じいさんの奴、転移で飛ばされたくせに、もう戻ってきたのか」


 上空から、炎の化身が落ちてきていた。

 音速を超えている。

ヴァネールだった。


 そうだ。

 ヴァネールがいないなんておかしい。

 一番強い悪魔なのだから。

 一番生き残る確立が高い。

 ロンポットやエイシャ達だけが生き残っているわけがない。


 「しつこいぞ、あのじいさん」

 「流石に七十二柱、と言ったところかしら」

 「女でもひくぞ、あのしつこさ」


 二人は余裕の口調だ。

 まるで攻撃はここまで届かないと思っているように。

 事実、ヴァネールの向いている方向は俺達の方ではなく、魔王のいる空中要塞だった。

 無数の魔物達が暴れているせいで、煙が各所から上がっている。

 要塞が落ち始めていた。


 「まあ、いくつかの不確定要素はあったが、貴様がいる時点で負けなし。あのじいさんのしつこさも、恐るるに足らず、だ。ルフェシヲラさえいなければ、戦闘すらしなくて済んだくらいだ」

 「強力な結界は、私でもどうにもならないわ」

 「貴様の唯一の欠点だ」


 たわいもない世間話みたいに聞こえる。

 内容はよく理解出来ない。

 頭が白んで、よく考えられない。


 「しかし、俺の黒龍がこんなにも痛むとは。騎士団も侮れん」

 「洗脳を解いたら、労わってあげることね」

 「洗脳を解いた瞬間に食われるわ。こいつを召喚することはできても、制御はできん。こんな化け物を操れるのは貴様ぐらいのものだ。完全にではないとはいえ、バルバトスも同じくな」

 

 その時。

 空気が変わった。


 「……そうね」


 恐ろしい声。

 襲撃者の女の声だ。

 さっきとは違って死ぬほど冷たい声だ。

 味方に向けて話すような声では絶対にない。


 「さて、ネル・ナベリウス。第十九位の柱よ。人間というカードを手に入れることで、魔王達と対等な立ち位置にまで登ろうとしたあなたに、ひとまずはお礼を」

 「……あ? 何を言っている」

 「あなたとの共闘はここまで。ここで、おしまい。私、前世で愛した人をあなたの道具にするのは許せそうにないのよ」


 そして、それは殺気に変わった。


 「ヴ……ヴヴゥ……」

 「貴様……」


 銀騎士がうめきだす。

 何かに開放されたかのように。


 「バルバトス。召喚王を追い払って」

 「っぐ!」


 召喚王は、液体金属によってドラゴンの頭から弾き飛ばされていた。


 「結局はそうか! 洗脳を対策した者は、利用して破棄する。人心掌握の神たるお前らしいよ……!!」


 裏切り。

 仲間同士での衝突。

 仕組まれたトラブルが発生したようだった。


 召喚王を追撃しようと、銀騎士は特攻を仕掛ける。

 液体金属を網状に広げて、捕獲を試みる。

 そしてあっさりと簡単に召喚王は捕まってしまった。


 「接近戦は大の苦手よね、召喚王?」


 凄まじい怒気が放たれる。

 だが、なおも彼女は冷静に話し続ける。


 「この黒龍アーテルは貴方のものよ? けど、操っているのは私。そうでしょ?」

 「クソッ」

 「心を操れるのに、騙されていないのが自分だけだと思った? まあ、それも疑わないように細工しておいたのだけども」


 召喚王は網の中でもがくが、脱出出来るわけがない。

 あれは液体であり金属だ。

 手に握られている杖だけでは、どうにもならない。


 巨大なドラゴンは口を開く。

 召喚王に向かって。

 黒い炎が喉の奥から漏れている。

 本当に燃やす気だ。


 赤い光が唐突に現れた。

 液体金属の網の中から。

 転移で逃げるつもりだ。


 「覚えていろ貴様! いずれ殺してやる!!」

 「格下が、笑わせるわ」


 そのセリフと共にドラゴンの黒炎が吐かれる。

 全てを燃やしつくさんとする炎が当たる直前。

 召喚王は赤い光へ乗って消えていった。


 それに合わせて、巨大な黒いドラゴンも赤い光へと変化していく。

 こうなったらあっという間だ。

 俺は成す術もなく落ちて……はいなかった。


 銀騎士が液体金属を空中で、床のように展開させていた。

 硬いが、柔らかい床に優しく包まれて俺とララは横たわる。


 体は動かない。

 抵抗も出来ない。


 悪魔の裏切り者が、俺の傍へと降り立つ。

 銀騎士は相変わらず黙ったままだ。

 女悪魔は心配したかのように俺達を見る。


 「大丈夫?」


 何だ?

 異様に優しい。

 コイツは……


 「疲れきっててそれどころじゃないわよね」


 まるで俺と面識があるかのように話している。


 「今、私のことは分からないと思うけど、気にしなくてもいいわ。さあ、行きましょう」


 女悪魔が俺に指を向ける。

 ただそれだけで、俺は眠くなってしまう。


 徐々に俺のまぶたが閉じていく。

 暗い。

 どんどん暗くなっていく。

 やばいな。

 本当に寝てしまいそうだ。


 「ああ、これでずっと戦ってたんだものね」


 その言葉に反応して、何とか女悪魔を見てみると、その手には召喚王が俺に渡した魔剣が握られていた。

 どうする気だ?


 「よしっと」


 女悪魔の片手には、魔石が握られていた。

 飾り気のないゴツゴツとした石。

 その色は宝石のように輝いている。


 その宝石のような魔石の光がなくなっていき、逆に握られていた魔剣の刀身が赤く光る。

 どうやら、また転移のようだ。


 この地獄で何回転移した?

 次はどこに飛ばされる?

 予想が付かない。


 徐々に俺の体が光り輝いていく。

 ああ、また俺は……

 眠気に耐え切れなくなり、目を閉じる。


 「大丈夫、眠りなさい」


 その言葉が決め手だった。

 意識が闇に落ちていく。

 まっさかさまに落ちていく。

 それこそ断崖から落とされるかのように。


 そうして俺は、深い眠りに付いた。


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