第68話 強者どもの夜6~操縦室での戦い~

 銀色の殺戮者は液体を周囲の中空に展開していく。

 ガラスから差す炎の色で、美しくも冷ややかにその金属が輝きだす。

 その液体の発生源は、銀騎士の甲冑の中だ。

 甲冑の隙間から際限なく漏れ出ている。

 何をどういう手順で液体を作り出しているかは分からない。

 だが、あれがとても危険なものだと言うのは、見ただけでも理解出来る。


 相対する聖馬ペガサスも、戦いの準備が整ったようだ。

 ペガサスの周りには、不可視の何かが渦巻いているのが感じられる。

 見えないが、感じることは出来る。

 両者の威圧感に鋭さを感じた。

 鋭利な敵意。

 始まるな、と思った。


 中空に漂っていた液体金属が四本の剣に形状変化。

 突然の変化。

 その剣が魔王へ向かって急加速した。


 だが、それらが届くことはなかった。

 不可視の何かがその攻撃を弾いたのだ

 多分、ペガサスの能力。


 銀騎士の周りを漂う液体金属がバチンと弾けた。

 その後も連続して弾けていく。

 遠距離で何かに攻撃をされている、ように見える。

 銀騎士自体に変化はない。

 中空を漂う液体がペガサスの攻撃を防いでいるのだろう。

 銀騎士も液体金属を針の形状に変化させ飛ばし、遠距離攻撃を仕掛けるがそれも全て途中で弾けてしまう。


 「ヴッ、ヴァアアアアアアアアア!」


 唐突に銀騎士が咆哮を上げる。

 獣と同種のもの。

 ただし、理性は感じられない。


 ペガサスに向かって、一気に接近する。

 ララに匹敵する速さだ。

 着込んだ鎧に身体干渉系能力でも付与されているのか、それとも素の脚力か。

 いずれにしても、街で戦った悪魔の比ではない。

 だがその突進すらも、不可視の力によって無効化。

 後方に弾き飛ばされるが、液体を固体にして床に突き刺し、吹っ飛ばされる力を無理矢理押さえ込もうとする。

 しかし、不可視の力は支えにしている金属すらも切断。

 後方へ吹っ飛ばされる銀騎士だが、液体をクッションのように設置して衝撃を和らげた。


 銀騎士の次の攻撃。

 ペガサスの四方を無数の金属の小剣によって囲む。

 無数の剣が襲い掛かるが、それでも全て弾かれて霧散してしまう。


 目を凝らすと、弾かれた直後の液体には、無数の斬られたような断面が見られた。

 液体はすぐに他の形状に変化するため、結果として弾かれたように見える。

 液体金属は弾かれたと言うより、斬り飛ばされたと言った方が正確だろう。

 目が少しずつ慣れつつあった。


 銀騎士はペガサスの上空に銀のツララをこれでもかと発生させる。

 鋭利で凶悪な刃物の数々。

 それらが土砂降りのように降って襲い掛かる。


 不可視の力はそれを弾く弾く弾く。

 弾かれてしまった液体金属は、中空に浮きつつ銀の雨の周囲を囲んでいく。

 銀の雨が降り注ぐ中、銀騎士は両の手のひらを床にバンと乱暴に叩きつける。

 すると、手を中心に素早く床に液体が広がっていく。

 それは魔王とペガサス、そして俺の元までやってきて……


 液体が広がった床から無数の棘が発生した。

 長さにして二メートル。

 生物を殺傷するには十分な長さと規模。

 もちろん丸いなんて優し気のある形状はそこには存在しない。

 殺しや貫通に特化した形だ。


 一方の俺は守られていた。

 銀の棘は俺だけを綺麗に避けて直立していた。

 俺に配慮してだろうか。

 理性、あるやんけ……


 一方の魔王とペガサスは、空を飛んでいた。

 飛翔したペガサスに魔王が乗っている形だ。

 あんな一瞬の攻撃に対処するとは……


 俺が呆けている間にも、攻撃はまだ続行中だった。

 銀の鍾乳洞が動き出す。

 それは波のようにうねっている。

 棘が一本一本急速に伸び、魔王の元へと迫る。

 全方位型の攻撃だ。


 しかし、銀の雨を弾いた時と同じように全てが弾かれる。

 負けじと棘は根元を中心にして急速再生。

 ペガサスと魔王へ向かっていく。

 不可視の力は金属を切り裂き、あるいは弾いていくが、抜け穴をくぐるように何本かの棘が魔王に迫る。

 

 魔王は剣を抜いていた。

 その剣は能力を打ち消す音を出しながら、迫った銀の棘を無に帰していく。

 あれは、魔剣だ。

 しかも、あの形状は見たことがある。


 要食いの直剣だった。

 俺の剣だった。

 いや、正しくは借り物だけども。

 液体金属の強力な攻撃を、ドレインの力で無効化。

 生成された液体が消失していく。

 現実に存在する金属とはいえ、能力で作り出されたものは跡形もなく消失するようだ。


 しかし、まさか魔王が持っているだなんて。

 まるで私物のように使いやがる。


 魔王は魔剣を使用し、不可視の力が打ち損じた銀の攻撃を消滅させている。

 魔王は魔剣を振りながらも能力を唱える。

 

 「火よケン!」


 魔王の片手から小規模の火の弾が高速かつ直線的に発射される。

 それらはあっけなく、液体金属によって阻まれてしまうが、その動きのせいかは分からないが、魔王に迫る銀の針の動きが数瞬だけ鈍る。


 そこを聖馬は狙った。

 不可視の力がその額の美しい角に集中して、大きな歪みを作る。

 今度は肉眼でハッキリ見えた。

 風の能力だ。


 通常、風で何か物を切ることは出来ない。

 自然界に物を切れる程の旋風は、物理的にも発生しないからだ。

 風の能力は強引にそれを可能にする。

 その極地を俺は垣間見た。


 聖馬の角の周囲だけ、異様な雰囲気を感じた。

 強力な能力の行使だ。

 空間が一瞬ゆがんだように感じた。


 間髪入れず、ペガサスは銀騎士の方向に首を大振りした。

 それを見て、銀騎士は分厚い液体の大盾を作り出す。

 素早くそれはパキパキと硬化した。


 金属を斬る気持ちのいい音が部屋中に響いた。

 風は起きなかった。

 静かに、ただひたすら静かに、角を振った方向全てにあった液体金属が真っ二つに切断されていた。

 その先にいた銀騎士にも、その攻撃は届いていた。


 銀騎士の右腕がポトリと落下した。

 作った大盾も意味を成さないのを悟った銀騎士は横へ回避しようとしたが、それも間に合わなかったのだ。


 「カッ、カカ」


 銀騎士が自分の斬れた腕を見て、奇妙な声を発する。

 感情が読み取れない。

 痛みを感じているのか、喜んでいるのか、あるいは……


 考える間もなく次の瞬間、銀の鍾乳洞が全て液体と化した。

 それは大波となって魔王とペガサスを取り囲み、あっという間に飲み込んでしまう。

 魔王は魔剣を使って何とか阻止しようとするが、全方位からの質量攻撃を打ち消しきれず、結局取り込まれてしまう。

 その液体は魔王と聖馬を飲み込んだ直後、大きな球状へと変化して、どんどん圧縮していく。


 ああ、潰す気だ。

 部屋の半分ほどの大きさだった球状の液体が、半分、そしてさらにその半分と体積を減少させていく。

 能力を打ち消す音が中から聞こえてくるが、それもやがてはなくなっていく。

 中から液体金属を消滅させても、外から新しい液体が補充されるからだ。


 流石に決着かと思われた。

 が、床から音がした。

 召喚用の魔石が床に落ちたのだ。

 いつの間にか空中に召喚用の魔石が放り投げられていたのだろう。

 恐らく、銀の大波が魔王達を飲み込む前に。

 その魔石は急激に光を放つ。

 赤い光を。


 「魔王!?」


 赤い光から現れたのは魔王とペガサスだった。

 魔剣を右手に持ち、左手に召喚した魔石とは別の魔石を持っている。


 「魔剣か!」


 多分、あの魔剣で転移を行い、空中に放り投げた召喚魔石で戻ったんだ。

 きっと左手にあるのは、エネルギーを使い切った魔石だろう。

 魔王の左手にある魔石は、その美しい輝きを失くしていた。


 「ちっ!」


 空中から落下する勢いで、魔王とユニコーンは突進を繰り出す。

 同時に、銀騎士は自身の周囲にあった液体金属を剣の形へ変形、魔王に射出。

 聖馬は分かっていたかのように、次々と来る銀の剣を弾いていく。

 例の不可視の力で。

 だが、聖馬の動きは急激に止まってしまう。


 「なにっ!」


 魔王の驚きの声。

 聖馬の足に、銀の液体が絡み付いていた。

 弾いた剣を融解して足に絡みつかせたのだ。


 「ならば……!」


 魔王は聖馬の背から飛び出して、銀騎士に特攻を仕掛ける。

 銀騎士の近くに浮遊している液体金属は変形させた二本の剣のみだった。


 「うおおおお!!」


 魔王は剣を大きく振りかぶる。

 銀騎士は一本の剣を魔王へ投擲。

 それを見切って魔王が回避するが、さきほどの聖馬と同様に形状が変化して足に絡み付こうとする。

 しかし魔王は冷静に魔剣で絡みつこうとした液体金属を打ち消した。


 「終いだ!」


 銀騎士の剣と、魔王の魔剣がぶつかり合った。

 高い音が響き、銀騎士の剣が消滅する。


 「カカカ」


 何回か聞いた嫌な音を出しながら、甲冑の形状を変化させる。

 そうだ。

 甲冑にも液体金属が張り付いていたんだった。

 自身の身を守っていた防具の形状が、無数の針を生やした攻撃的な形状に変化する。

 針が、魔王へ……


 「っつ!!」


 魔王は魔剣を盾のようにして、針を防いでいく。

 命に近い、胸と頭。

 自身の体を最小限の面積にする形で丸めて。

 つまり、魔王の隙だった。

 銀騎士は魔王後方に浮遊させていた大玉を操作し、大波へ。

 魔王を飲み込もうとする。


 「ヒイイィィィィン!」


 魔王の元へ、ペガサスが駆けつけていた。

 聖馬は銀の大波を退けるべく、角に不可視の力を集中させる。

 しかし、波はすぐそこまで迫っていた。

 間に合わない……!


 「大いなる守りの壁よオセル・マグナス!」


 魔王は大波に向かって結界を張る。

 

 大きな結界だ。

 大波の空間と、魔王達のいる空間を結界を使って分断する。

 部屋が結界によって、二つに分かれる程の大きな結界だった。


 なのに、それすらも銀の大波は突き破った。

 あれは液体でもあり固体でもある。

 あんな質量の金属が一気にのしかかったら、半端な結界じゃあ崩されてしまうだろう。

 転移回廊の時の、突貫者プロルススみたいにはいかない。

 あれは一瞬の力に耐えられればそれでよかったが、銀の大波は継続して力を加えてくる。

 こちらの方が遥かに威力が高い。


 「ぐっ……!!」


 魔王と聖馬が飲み込まれる!


 「霊性なる守りの壁よオセル・スピーリトゥス!!」


 ルフェシヲラが能力を行使した。

 途端、魔王らを囲むように丸い結界が出来上がる。

 美しく、強い結界だ。

 結界が出来上がったその時には、魔王と聖馬は大波の中へ消えていた。


 俺にもその余波が襲いかかろうとするが、綺麗に攻撃が逸れていく。

 かなり目の前で逸らされるのでビビってしまう。。

 

 「うっ……」


 苦しく呻くルフェシヲラの声が聞こえた。

 ピキピキとひび割れたような音が追加でガラスの向こうから響いてくる。

 炎の衝撃から部屋を守っていた結界に、大きな亀裂が……

 ルフェシヲラの苦しみの声と共に、そのひびは大きく広がっていく。


 ああ、やばいやつだ。

 あいつの能力行使のキャパシティーを超えているんだ。

 要塞周辺の結界も、こちらの戦闘での結界も、半端なものは作れない。


 足元に見える結界にもひびが入ってきた。

 ここは全面ガラス張りだ。

 戦闘の衝撃に耐えているあたり、強化ガラスのようなものなんだろうが……

 龍の戦闘には、耐えきれまい。

 銀騎士ほどの環境の配慮もないだろうからだ。

 きっと、割れる。


 パリンッと、音が大きく聞こえた。

 結界が連鎖でバリバリと割れて崩れていく。

 炎が侵入してくる。

 そして、炎はあっさりと燃えないはずのガラスを燃やし始める。


 部屋中のガラスが一気に割れて、俺を含む部屋にいた者全てが空中に放り出された。


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