第39話 自覚

 〜悪魔・ララ視点〜


 私はルフェシヲラに報告をした。

 魔物が転移回廊に出現したこと。

 人間と接触していたマリア様には、この街から去っていただいたこと。

 人間を無事に魔王様の下へ送り届けたこと。

 そうした報告が全て済むと、魔王様の秘書であるルフェシヲラは、いつもの丁寧な言葉でこう言った。


 「分かりました。では、通常の配置へ戻るように」


 私は部屋から退室する。

 ルシフェヲラとの会話はいつも業務的な内容で始まり、業務的な内容で終わる。

 淡々としたものだ。

 そこに友好などというものは存在しない。

 必要もない。


 やったらやり返せ、という方針を実践することで、やったらやられるの現実を作り出し、敵も自身も恐怖で縛り上げる……そういった抑止論と言う見えざる力が人間の住む世界ではあるらしい。

 報復をお互いに可能とする状況下を実際に作り出し、お互いに報復を恐れるように仕向ける考え方だ。

 人間はこれで大きな戦争を回避しているらしい。

 心を読む力で悪魔の社会を統制しているこちらの方法と原理は変わらないからだ。


 心を読んだら心を読まれるということを相手は十分に分かっているから、相手は心を読まない。

 それは自身も同様だ。

 仮に、何かやましい気持ちがあれば、漠然と自然にその感情が相手に伝わってしまう。

 本質は向こうの世界とさほど変わらない。

 実は、人間と悪魔はそう変わらない。


 ……実は、ルフェシヲラには少し嘘を吐いていた。

 魔王の秘書である彼女から、人間は厳重に拘束してこちらへ連行するようにとの指示があった。

 だが、私はそうしなかった。


 私が転移回廊で久しぶりにマリア様に会った時。

 その時まで私は、人間に対して情をかけようなどと思っていなかった。

 秘書であるルフェシヲラの指示は無視できない。

 逆らおうなどとも思わない。

 なのに、指示に背いた。

 ……何故だろう。

 突き動かすものがあった。


 いずれ、このことは周囲の悪魔に伝わってしまうだろう。

 短時間ながら、精神干渉を妨害する能力で誤魔化しは効く。

 だが、長時間は難しい。

 

 私が秘書であるルフェシヲラに問い詰められるのもそんなに遠くはないはずだ。

 その前に私が私自身に問おう。

 私は一体何がしたいのかと。

 そうして思案していると、ルフェシヲラからのテレパシーを受け取った。


 ……人間が逃げたのだ。



 ---



 〜人間視点〜


 魔剣の意思。

 俺の中に今、流れているモノ。

 そして、森の中で俺の中に流れたモノの正体。

 それが一時的に俺へ変革を与えた。


 「ん? おい、人間! どうしてここにいる!」


 警備兵である二人の悪魔が、俺を発見した。

 簡単に見つけられてしまったのは、俺が簡単に見つけられるようにしてやったからだ。

 俺が悪魔二人の前に出て行った。

 それだけの話。


 別に無謀ってわけじゃない。

 勝算はある。

 森にいた魔物を倒す時の感覚とはまた違う感覚ではあるが、二度目の今ならよく分かる。

 魔剣の影響だ。


 見てみると、悪魔二人のうち一人は目を閉じていた。

 多分、テレパシーだ。

 他の仲間に伝えようとしているのか。

 だが、そうはさせない。

 俺は目の前の目を閉じている悪魔に対して魔剣を投げつけた。

  

 「!!」


 いきなりの攻撃に対して、鋭敏に反応する二人。

 予め俺の行動を注視していた悪魔も、余裕をもってかわす。


 流石悪魔だ。

 能力による強化がなくても、この程度なら余裕か。

 まあ、予想通りではあったのだが。


 ガラスが割れたかのような音が、中庭に響く。

 悪魔の一人が魔剣をかわしてくれたおかげで、後ろにある門に投げた魔剣が当たったのだ。


 「なっ!!」


 かわした悪魔達は後ろを見て驚く。

 そりゃそうだ。

 門に付与された能力が、たった一本の剣が当たっただけで破れたのだから。


 俺は素早く悪魔の懐へ駆ける。

 悪魔が再度俺の方向に向いた、次の隙に攻撃を仕掛けた。

 グチュ、と気持ち悪い泡立つかのような音が聞こえた。

 目潰しだ。

 悪魔の目を、指で潰した。

 ……悪いな。


 「があっ!!」


 得物を持っていない俺に出来る有効な攻撃は、急所を叩くか目を潰すくらいのものだった。


 「大丈夫か!!」


 もう一方の悪魔は、怪我をしている悪魔の方に注意を捕らわれている。

 これが平和な時代の兵というやつだ。

 目の前の標的を優先しないで、仲間の方を優先するのだから笑える。

 悪魔も能力があるとはいえ、人間と似たり寄ったりだ。


 門に刺さった魔剣を引き抜き、門を蹴破る。

 案外警備兵を抜けるのは簡単だったな。

 まあ、ここまではいい。


 目を潰された悪魔を横たわらせつつ、もう一人の悪魔は目を閉じて集中しているようだった。

 テレパシーだ。


 別に仲間を呼ばれようと構わない。

 元々この魔剣一本の装備だけでは、悪魔に見つからないと言うこと自体が不可能だったのだから。

 これから先は、連携で俺を捕らえようとしてくる悪魔が待ち構えているだろう。

 考えれば考えるほど後の状況は厳しいが、やれるだけのことはやってやる。


 昔の俺を取り戻す感覚に浸る中、今の俺はそう思えた。


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