第17話 悪魔の生活9~夜の狩り~

 俺は、ネズミとサルの死体がごっちゃまぜになっている地面を歩きながら、ネズミの死体を運んでいた。

 子犬ほどの大きさであるフレスマウスは、大きさ以外普通のネズミと外見は変わらない。

 しかし、体内構造に関しては違うのだろう。

 重さ的には十キロぐらいで、異常に重い。

 死体を運ぶのも一苦労だな。


 サルの死体に比べればネズミの死体は幾分か綺麗だ。

 ネズミの死体全て五体満足。

 サルの方は両断されたものが多いのでバラバラだ。

 別にそれを見て気分が悪くなってしまうわけではないのだが、しかし爽快な気分になるはずもない。

 

 俺はネズミとサルの死体を一箇所に集めていた。

 地面に敷かれた羊皮紙の上に。

 赤いインクでダゴラスさんが模様を描いていたあれだ。


 キッチリ死体をその羊皮紙の上に置いているわけではなく、腕やら足やらが所々外にはみ出している。

 半径一メートルまで紙から距離を離さなければ別に問題ないらしいので、特には気にしていない。


 さて、何故俺は死体を一箇所に集めるなんてことをしているのか?

 全部ダゴラスさんの指示だ。


 「次はサルの死体か……」


 目の前にあるサルの死体に目をやる。

 焦げている死体。

 火の能力で殺された個体だろう。

 出血はないものの、臭いは一層酷くなっている。

 体毛に含まれる硫黄成分が燃焼時に二酸化硫黄という成分に変化するため、悪臭を放つのだ。


 「酷い臭いだ……」



 ---




 今、俺が見ている光景は一言で言うと、凄惨。

 血が空中に舞い、五体全てが噛みちぎられている。


 頭蓋骨が砕かれ、隙間から脳みそを覗かせている。

 眼球は牙により引っこ抜かれ、まるでイクラを噛んだ後の、プチッという音が思い出されるかのような音を発していた。

 十数秒で肉を食い切り、頭蓋骨が露出。

 そんな申し訳程度に残った骨でさえ、噛み砕いて自分の栄養にしようとしている。


 体の方も、全ての毛がむしり取られ肌色の肌が露になっている。

 鳥肌のような見た目が気持ち悪い。

 しかし、奴らは食う。

 食えるのであれば何でも食う。

 ……フレスマウスは。


 状況を説明しよう。

 今、毒を塗った木の近くにあるボスザルの死体に、フレスマウスの集団がかぶりついている。

 数は二十匹ぐらい。

 ボスザルの体が奴らの体でほぼ見えなくなるには十分な数だった。

 死体に群がっているのだ。


 他の散乱したサルの死体には、一匹も群がっていない。

 ボスザルだけだ。

 大量の死体から発せられる臭いに引き寄せられたくせに、たった一頭の死体に群がり、そして取りあうように食べていく様は異様な光景だった。

 

 そのような光景を、ボスザルの死体から十メートル離れたところで俺とダゴラスさんは見ていた。

 別にサルの時のように隠れてはいない。

 俺達の姿を見ても、ネズミは気にすることもなくひたすら食べ続けている。

 ダゴラスさんはと言うと、手をボスザルの方に向けながら目を閉じていた。

 何かを念じているようだ。

 ネズミが集団でここに来る一分前ぐらいに、「因子よソウェイル」と唱えてからそこを動かないでいた。


 少しすると、貪欲なネズミ達にも変化が現れ始めてきた。

 次々と黄色い泡を口から吹き出しながら倒れていくのだ。

 まず、時間が止まったかのように体を動かすのをやめ、直立し痙攣を起こして倒れる。

 そんなことがまるでドミノ倒しのように連鎖的に起こり出した。


 ボスザルに口をつけたネズミから順番に倒れていく。

 先に口をつけたネズミを中心にボスザルを囲んでいたため、中心から続々と順に。

 そして、ネズミ達がボスザルの死体を食べ始めて一分後、見事に夜の森の静寂さが蘇った。


 全員死んだ。

 あっけない。

 毒を使用した狩り。

 静寂。

 本来、これが狩りの本質なのかもしれない。

 

 「こいつら貪欲でしたね」

 「このネズミは生きることにとても忙しいんだ。新陳代謝が高すぎるせいで、食べても食べてもエネルギーが足りない。それこそ、魔物が近くにいようともお構いなしさ」

 「でもそこらにサルの死体があったのに、なんでボスザルの死体だけ食ってたんですかね?」

 「そりゃあ能力を使ったからさ」

 「さっきのソウェイルって言ってたやつですか」

 「ああ、付近に残留した自然因子を一箇所に集める効果があるんだよ。自然因子集約能力って言ってな」

 「自然の因子?」

 「今回の場合は死体の臭いだな」

 「死体の臭いをボスザルに移した?」

 「そうだ。臭気自体は次から次へと発生するから、ネズミが一箇所に集まって毒の入ってるボスザルの体を食うまで能力を使い続けてなきゃいけなかったってわけだ」

 「ネズミが他のサルの死体を食べ始めたらどうするつもりだったんですか?」

 「ネズミは視覚ではなく臭覚優位なんだ。だから問題ないのさ」


 つまり、生物の特徴を考慮して使用する能力を選別したわけだ。


 「これで狩りはもう終わりですか?」

 「おしまいだな。ただ、この死体を全部回収して帰宅しなきゃならんけど」

 

 そうだ、サルを狩る前にも思ったことだが、この散らかった死体はどうやって持ち帰るのか?

 一番初めの休憩中に、このことについてダゴラスさんに聞いたが、疑問は未だに解消されていない。


 「どうやって家に持ち帰るんですか?」

 「一番最初の休憩中に羊皮紙を見たの覚えてるか?」

 「なんか細かい模様を描いてましたね」

 「それを使って、街の方に直接死体を送るんだよ」


 運送してくれる奴が現れるわけでもないだろうから、つまり……


 「テレポート的ななんかですか?」

 「そういうこと。だってこれ、全部持っていけないだろ」


 あまりに方法が突飛すぎるもんだから、ちょっと予想外だった。

 物理的な距離を無視して送るとか想像すらしなかったわ。


 「街の方に固定型の陣があって、転移の能力を使ってそこにこの死体を送るわけよ」

 「その街にある陣って言うのが、今持ってる紙と繋がってるってことですか」

 「理解力がいいなぁ。話が早くて助かるよ。で、これの有効範囲が半径一メートル以内限定なわけだ。そこでお前さんにやってもらいたい事があるんだが……」

 「死体を集めるんですね」

 「そ。それをお前さんに任せていいか?」

 「もちろんです。狩りの手伝いって言ったって全然手伝えてないし」

 「話し相手だけで十分すぎるけどな」

 「そんな普段狩りの時寂しいんですか……」

 「子どもの父親としてはこんな弱音を吐けないから家では絶対に言わんが、一人はつらいぜちくしょう」


 なんか涙ちょちょ切れてませんかダゴラスさん。

 一人の男の哀愁をいきなり垣間見る俺なのだった。


 「え、えと……そ、そうだ! 集めるってバラバラの死体もですか?」

 「ん、そうだな。全部集めてほしいぞ」

 「腕とか足とかバラバラでもちゃんとお金になるものなんですか?」

 「なるなる。大丈夫だ、心配すんな。お前さんが気にするようなことじゃあない。いいんだよ、あっちに送れるならな」

 「じゃあ拾えるものは全部拾うってことですね」

 「そういうこと。俺は少し転移の準備があるから、死体を集めておいてくれ」

 「分かりました」

 「んじゃ、よろしくな!」

 

 と言ってダゴラスさんは、今いた場所に紙を敷いてどっかに消えてしまった。

 なんか妙に小走りで離れてってるんだが……泣いたりしてないよな?




 ---




 回想をしながら作業をしてると、意外と早く終わるもんだな。

 目の前にはすでにサル十頭、ネズミ二十匹分の死体がスクロールの上に積み重なっている。

 

 手がサルの血でベタベタだ。

 ある程度時間が経過していたはずだが、サルの死体に付着した血は未だに凝固していなかった。

 結界の影響なんだろうか。

 あー、何でもいいから手を洗いたい。

 靴も血でかなり汚れている。

 でもまあ、頼まれたことはこれで終わりだ。

 あとはこれを送って、家に帰るだけだ。

 

 「おー! 終わったか! 早かったな!」

 

 丁度ダゴラスさんが来たようだ。

 死体を集める前と様子は特に変わらず。

 準備してるとか言っていたが、何をしていたんだろうか?

 もしかしたら涙を流し切っていたのかもしれない。

 ……男はつらいな。

 

 「悪いな、転移に使うエネルギーがバカ多いもんだから、補給してきたんだ。魔石なしで転移なんて普通は出来ないんだが、俺は直にできる程度には力があるんでね」

 「鋭気を養ってきたってところですか」

 「そういうこと」

 「やっぱりそういうのは疲れるんですね」

 「疲れるって言うか、直の転移は下手したら死ぬ」

 「ちょいちょいちょい。転移なんて使って大丈夫なんですか?」


 ダゴラスさんのことだから大丈夫だとは思うが、少し心配ではある。

 ここで倒れられたら、それこそ俺が困る。


 「ああ、帰宅する元気ぐらいは残るから大丈夫だ。でも家に帰ったら爆睡確定だな」

 「あんまり無理はしないでくださいよ」

 「気遣いありがとよ」


 ダゴラスさんはそう言うと、死体から二メートルぐらい離れたところに立って、目を閉じた。

 どうやらさっさと転移とやらをやってしまうらしい。


 「まずないと思うが、間違ってお前さんを送っても嫌だからちょっと離れててくれ」

 「分かりました」


 俺は言われた通り後ろに下がり、ダゴラスさんの様子を見守ることにした。

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