第16話 悪魔の生活8~基本能力~

 能力。

 それは元々地獄の文字であったルーン文字を体系化して使用するものである。

 ルーン文字は全部で二十五文字存在し、それぞれ単独で意味を保有している。

 ダゴラスさんの使った結界の能力や、火の能力、風の能力もルーン文字を使用して分類されているらしい。


 元々は悪魔側の文字であるが、ある強大な悪魔が悪事を働きに人間世界へ渡った時、何かの間違いでルーン文字が伝わってしまったようだ。

 まあよく占いなんかで使用されていたりするが、大本はそこにあったわけだ。


 能力の規模はそれぞれ個人差があり、使える能力の適正にも違いがある。

 悪魔の適正に応じて自由に職業選択を行うらしく、そこは人間とそんなに変わらない。


 強大な能力を使用する悪魔というのは、共通して精神が非常に強靭である。

 逆に精神が軟弱であると、能力も比例して軟弱となってしまう。

 つまり、精神力の強弱で能力の強弱が決まってしまうのだ。

 

 ルーンを利用して能力を行使する場合、精神力をエネルギーにして現象を発現させる。

 だから、能力を使えば使うほど精神を摩耗させてしまう。

 そして精神は肉体と直接リンクしているため、肉体にも様々な負荷がかかってしまう。

 使いすぎれば心身の疲労はもちろん、記憶障害、感覚損失など様々な症状が現れる。

 まだ意識がある内は後遺症が残らない程度で済むのだが、意識が無くなるまで精神を摩耗させてしまうと、最悪の場合、廃人……または寝たきりの状態になってしまうらしい。


 以上の理由で、能力を公の場で使用出来るのは成人の悪魔のみである。

 子ども達は、学校で数字や文字などの基礎学習や、能力の基礎を習得することになっている。


 能力は主に三種類に分けられる。

 自然干渉系、身体干渉系、運命干渉系の三つだ。

 

 自然干渉系は、ダゴラスさんが使った火の能力、風の能力、結界の能力など、外界に影響する能力を総称してそう呼ぶ。

 他にも氷や水の能力、特殊なものだと豊穣を司る能力もあるらしい。

 3つの系統の内、基本となる能力である。


 身体干渉系は自身の肉体、あるいは他者の肉体に干渉する能力である。

 自身の体に作用するものとしては、足の俊敏性を底上げする能力だったり、腕力を強化する能力がある。

 相手にも作用するタイプは、傷を癒す能力、離れた場所から相手と話す能力があったりする。

 どちらかと言うと、この系統に含まれる能力は基本の応用や、発展系となる上級者向けの能力が多い。

 これらを使える悪魔や魔物はそれなりに強いということだ。

 ちなみに、最初に説明を受けた心を読む能力はここに含まれる。

 だが、心を読む能力は最初から悪魔が習得している例外である。


 運命干渉系は、特殊な系統に入る能力で、扱えるものは基本的にいない。

 魔王の持っている、現世と地獄を一時的に行き来する能力もこれに含まれるらしい。

 それ以上のことはダゴラスさんも詳しいことは分からないし、対応しているルーンも知らないから使えもしないんだそう。

 という感じで、全くざっくりではなくむしろ詳しく教えてくれたのだった。


 「と、言うわけだ」

 

 話が一区切りついたらしい。

 森に入ってからも学ぶべきことがあんまりにも多いせいで、どっか抜けてるところがあるかもなぁこりゃあ。


 「俺がいる内は別にいいんだが、もしお前さんが一人になった時、自分の力で自分を守らなきゃいけない時が必ず来るはずだ。全部とは言わないが、要点くらいは覚えないとな」

 「それは……別の悪魔に襲われた時のことを考えて?」

 「人間よりは断然少ないとは言え、悪魔にだって敵対的な奴はいるしな。そんで何より魔物に襲われたりするのがこの世界だ。とにかくまあ、お前さんは魔王に

会うまでの間、この世界について学ぶことを頑張れな」

 「頑張れますかね……?」

 「頑張れるさ。俺には分かる。お前さんにはガッツがある。知識をものにするにせよ体を鍛えるにせよ、根性って土台がないと何も始まらん。土台がしっかりしていれば、その上に知識やらを高く積み重ねてもブレないもんだ。ま、今は不安だろうがその内慣れてくると思うぜ?」


 弱音、だったのだが、やはりこれも見透かされているのだろう。

 その言葉掛けは優しいものだった。

 内容はガッツリ根性論だったが。


 「さて、もうそろそろか」


 ダゴラスさんは上の方を見る。

 それに合わせて俺も上の方を見ると、橙色の空が暗くなっていた。

 いつの間にか夜になりかけていたようだ。

 結局、午前中から続いていた朝焼けみたいな空の色は夜になるまで変わらなかった。


 ……そうだ、そういえばそうなのだ。

 狩りに夢中で忘れていたが、青い空をここに来てから一回も見ていない。


 「ダゴラスさん」

 「ん? どうした」

 「俺、今日一日太陽を見てないです」


 そう。

 太陽が空には無かった。

 今日の朝と変わらない位置で、ずっと月が出ていた。

 朝に見せていた輝かしい色の月ではなく、今はどんよりとした色の月が見える。

 これはどういうことなんだろうか?


 「ああ、そうか。人間の世界は太陽って星が見えるんだっけ」

 「……ここでは見えないんですか?」

 「見えないっていうか最初からないな」


 ないのか。

 月があるのに太陽がないとか。

 いや、というかだ。

 地獄で星を見ることが出来るってこっちの前提がまずおかしかったのか?

 だってそれは……


 「もしかしてここは……星?」


 疑問のままに聞いてみる。

 突飛な発想だろうが何だろうが聞かなければならない。

 

 「惑星って意味ならそうだよ。お前さんの住んでた地球だってそうだろ」


 嘘だろ……

 地獄って星なのか。

 衝撃の事実だ。


 だが、一方で納得ではある。

 地球とは相違点があるとはいえ、これだけの自然環境と生物が存在しているのだから。


 「他の世界はどうかは知らんけど、少なくとも人間の世界と悪魔の世界はそうだな。地獄ではな、朝も昼も夜も月が地獄を照らすんだ」

 「だから朝も月が出てたんですね」


 じゃあ俺が海面に落ちた時も、月が出ていたに違いない。

 月を見る余裕はなかったが、周りの景色は黄昏に包まれていたのを覚えている。

 

 「そうだな。時刻によって月の光が変わってな、朝とか昼はこんなんだが夜になると暗くなって赤い色になるんだよ」

 「何でですか」

 「知らん」

 「月が移動しないのは?」

 「知らん」


 だそうです。

 何でもかんでも知ってるわけじゃないよなそりゃ。

 G先生でもあるまいし。


 「そら、そんなことよりネズミ狩りの時間はもうすぐだぞ」

 「……そうですね」

 「じゃあ結界を解くからな」


 そう言うと、ダゴラスさんは目を閉じて両手を上げた。

 直後。

 既に辺りが暗くなり始めている森に、音が戻った。

 感覚的には、密室の重い空気から一気に解放された感じ。

 

 「んでもって、この死体の臭いをネズミの巣の方向に飛ばすっと」


 いよいよ狩りの第二ステージに入るらしい。

 俺も気を引き締めなくっちゃな。

 ダゴラスさんはコホンと咳払い一つした後。


 「風よラド


 と唱えた。

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