第48話 僕は十分です

 会場の設置を終えてオサムは売り場に出ると、予定通り眠くなってボーッとしていた。 

(あぁ、眠いなー。でもあと数時間後に向日葵16が・・・、ルミちゃんがここにやってくるんだ。それまでに出来ることは全部やっておこう。)

 そう思うとオサムの気持ちはドンドンたかまっていき眠気もどこかに行ってしまっていたようだった。

 そんな状態になっていた(変なゾーン入っていたようだ)オサムは開店前の通常業務のペースも何故か上がっていて、テキパキと次から次へと品出しや商品の整理をこなしていると、事務所から出てきた西川と榊も売り場でいつもと違う動きのオサムの姿を不思議そうに眺めていた。

「やっぱり人間何か目標があると変わるって言いますけど、木村さんの今日の仕事ぶりはまさにその言葉通りですね。」

 西川は笑顔を見せていると、今度は榊に向かって聞いていた。

「そう言えば榊さん、メンバーの名前覚えてきましたか?」




 あずまや武蔵台店が開店して2時間が経過したころ、オサム、西川、榊の3人は事務所にいた。

「そろそろですね。近くに来たら大森さん連絡くれるって言ってましたから、木村さん連絡来たらいっしょに出入り口までお迎えに行きましょう。」

 西川がソワソワしながらオサムに言うと、急にオサムの向かいにいた榊が声を上げた。

「店長、俺も行きたいんですけど。」

「まあ、榊さんが行くのは別にかまいませんけど、3人ともそこに行くのは業務上ちょっとよろしくないですかねえ。」

 西川が通常業務に支障が出ないかを危惧し、それでも曖昧な返事をしていると、榊は何か子供みたいなことを言ってきた。

「だってこの前も店長と木村さんで対応しちゃってたじゃないですか、今度もっていうのはずるいですよ。」

「そんなずるいとかじゃなくて、木村さんはこのイベントの企画者で責任者ですから当たり前じゃないですか。」

 西川は珍しく語気を強めると、事務所内が静まり返ってしまい、何か気まずい雰囲気が漂ってしまうと、オサムが意外な言葉を発してきた。

「榊さん、行ってください。僕が売り場にいますから。」

「木村さんいいんですか? この企画は・・・。」

 西川が言いかけると、オサムはその言葉を遮るように言った。

「いいんです。いいんです。僕はもう十分に参加させていただきましたから、後はお願いします。」


「ありがとう木村さん。」

 榊はオサムと西川の間の会話の意味を理解もしようとせず、素直にオサムに礼を言うと、西川の顔を見てニヤニヤして笑っていた

「今回は特別ですよ榊さん。木村さんがああ言ってくれたから、仕方なく榊さんと行くんですから。でも出迎えだけですからね。その後は売り場に戻って下さいね。」

 西川がまだ少し怒った感じで言うと榊はまた何も考えずに言葉を発していた。

「じゃあ、店長が売り場にいてくれればいいじゃないですか、だって木村さんがイベントの企画者なら、普通そうでしょ?」

(俺はお店の責任者なんだから、お前が一番関係ないんじゃないか・・・。)

 西川は無言で事務所から出て行こうとすると事務所の電話が鳴り、あと15分ほどで大森と向日葵16のメンバーがあずまやに着くといった連絡がに入り、西川と榊は急にそわそわし始めていたが、そのふたりの姿を見て笑っていられるほど何故か今のオサムは落ち着いていられたのだ。



「西川さん来ましたよ。今日は盛り上がっていきましょう。」

 かなりテンション高く、大森がマイクロバスから降りてきて西川のもとに向かってきた。

「お疲れ様です大森さん、いやー、運転ご苦労様です。大変でしたね。」

 西川はねぎらいの言葉を大森に掛けながらも、誰かを探しているようにキョロキョロしていると、志桜里を先頭にぞくぞくとメンバーがバスから降りてきていた。

 大森がメンバーを引き連れて西川と榊の前まで来ると、その後ろにメンバーが整列して、一斉に声を揃えて挨拶をしてきた。

「よろしくお願いします。」

 その元気な声に西川と榊は圧倒されてしまい、ワンテンポ遅れてふたりは声もばらばらに挨拶をしていた。

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「よ、よろしく、お、お願します。」

 西川は動揺したまま続けた。

「こ、今回はそちのステージ奥に特設のテントを張っていますので、イベント時の控室としてお使いください。えー、着替えはこの前ご案内した会議室にカーペットを敷いて、中にパーテーションでいくつかの仕切りを作成しております、あと・・・、ハンガー等もそこにご用意しましたのでご自由にお使いください。あとは・・・。」

 焦ったようにいっぺんに色々な事を説明し始めていたのだが言葉に詰まってしまうと、大森の後ろにいた志桜里が1歩前に出て姿を見せた。

「西川店長、色々ありがとうございます。本当に感謝しています。」

 この前会った時から完全に志桜里推しになってしまっていた西川は、志桜里のその言葉で機能停止となって顔を真っ赤にして固まってしまった。

「ちょっと店長どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

「・・・あー、すみません、で、ではこちらからどうぞ。」

 榊の声で何とか西川は我に返り、相当慌てた様子で社員出入り口へ進んで行くと、大森を先頭にメンバーも西川に続いて店内へ向かって進んでいった。

 その入り口でメンバーを出迎えていた榊はメンバーひとりひとりに挨拶しながら、

(桜志桜里 神宮ルミ 北乃真理 紅梅玲・・・・)

 メンバーひとりひとりの顔を確認しながら心の中で名前を呼んでいた。

(みんな資料の写真とは全然違う。本物は写真の数十倍、いや数百倍いやそれ以上に可愛い・・・。)

 榊はそんなことを思ってしまい確認を最後までできずに、ただメロメロになってしまっていた。


(そろそろみんな到着する時間だな。よし。)

 そのころオサムは売り場で作業していたが、内線電話で西川に連絡しメンバーの到着を確認すると、榊が売り場にやってくるのを確認して、いくつかの売り場に声を掛け出店の仕込みをするために会場へ向かって行った。

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