第39話 ルミの決意
ルミは会場の外で顔を伏せてしゃがみこんでいた。
周りにはまだ数名ファンがいたが、誰もここにルミがいるのことには気づいていないようだ。今回誰にも気づかれていないのは、まさかこんなところにルミがいるとは誰も思わないからであり、それはさすがに当たり前のことだと思えた。しかし、しばらくするとしゃがみこんでいるルミに近づいてくる人影があった。
「ルミちゃんだよね。顔はあげなくていいよ。まだ人がいるから。」
沢田がルミの前に立って声を掛けてきた。
沢田は今日唯一ルミの握手会に参加していて、そこで見たルミの服装を覚えていたようで、ルミも会場をそのまま飛び出していて着替えなどしているはずも無く、握手会の時と同じ服装をしていた為に、そのしゃがみこんでいた少女がルミであると沢田は気付いたようだった。
沢田はしばらく間をとってからルミの横に腰かけた。
「何があったか俺にはわからないけど、俺は明るくて、精一杯最高のダンスパフォーマンスを見せてくれるルミちゃんが好きだなー。だから俺もルミちゃん推しになったんだよ。多分木村さんもそう思ってるんじゃないかな。」
優しく語りかけると、ルミはゆっくり顔を上げようとした。
「ダメ! 顔上げちゃ!」
沢田に強い口調で言われて、ルミの動きは止まってしまった。沢田は周囲にまだ人がいることを
「あっ、ごめん、ごめん。でも俺は悲しい顔をしているルミちゃんを見たくないから。」
すぐに沢田は再び優しい声に戻って言うと急に立ち上がった。
「木村さんもあんな態度とってひどいよね。ルミちゃんもそう思ったでしょう。よし今度会ったら、きつーく叱っとくから。ははは。」
沢田は何か無理に笑った後、周りを見回し何かを確認するとルミに再び声を掛けた。
「ルミちゃん、もうまわりに誰もいないから大丈夫だよ、それじゃ俺ももう行くね。」
そう言って立ち去ろうとした時、ルミは顔を上げ、沢田の背中に向かい震える声で話しかけた。
「オサムさんのせいじゃないんです。自分自身の問題なんです。だから・・・。」
それ以上は言葉にならなかったのだが、沢田も決してルミの方を振り返ろうとはせず、後ろを向いたまま右手を上げていた。
(なるほど、木村さんとルミちゃんには俺なんかが入り込めない何かがあるんだな。でもこれって大丈夫なのか? ルミちゃんはアイドルだし、確か恋愛禁止だったよな・・・? 恋愛???)
沢田はそんなことを考えていると、オサムのにやけた顔が頭に浮かんできたようでだ。
(まー、木村さんなら大丈夫か! まさか好きとかそんなわけじゃないだろうし、まさかねー・・・。)
ルミはその遠くなる沢田の背中をしばらく見送っていた。
(今のは誰? オサムさんのお友達? でも、ありがとうございます。)
遠くなっていた沢田の背中見向かって深々と頭を下げると、涙をぬぐって会場へ戻って行ったのであった。
会場に戻るとさすがに控室にメンバーの姿は無く、ルミは椅子に腰かけてしばらくボーッとしていたが、よく見るとメンバーの荷物はまだあちこちに置かれていた。
(えっ? みんなどこにいるんだろう?)
ルミは控室を出て廊下を歩いていくと、ひとつの部屋から声が聞こえてきていた。そしてその部屋のドアの前まで行き、耳を澄ました・・・。
(みんな、ありがとう。。みんなに謝らなくちゃ。)
ルミはその部屋に入ろうとしノブに手を伸ばそうとして動きを止めた。
(今私がこの部屋の入ったら・・・。)
握ったノブから手を放してルミは控室に戻って行った。
(私も頑張らなくちゃ。みんなに認めてもらえるように、何かしなくちゃ。)
そう考えていたルミの目にはもう涙はなかった。
オサムは疲れ切って家に帰ってきていた。握手会はすぐに中止になってしまい、オサムはすぐに握手会の会場を後にしていたので、本来は疲れているはずがないのだが、何故かひどく疲れていた。
(なんであんなことしちゃったんだろう。ルミちゃん俺のこと嫌いになったよな。
うん? 嫌いになった? 違う違う、もともと俺のことなんか好きじゃないんだから、嫌いも何も・・・。あぁ、俺はまた何考えてるんだろう。そういうレベルの話じゃないんだよ。でもなんかあの頃に戻りたいなー。)
オサムはそんなこと考えているうちに、そのまま眠ってしまっていた。
「おはようございます。」
オサムは挨拶し事務所に入ると、いつものように西川の姿があった。
「おはようございます。木村さん。なんだか、まだ眠そうな顔してますね。朝ちゃんと顔洗ってきましたか?」
西川はオサムの顔を覗き込むように見ると、冗談ぽく言っていた。
「ちょっと昨日色々あって疲れちゃって。ははは。」
オサムは無理に笑って答えた。
「そうそう、例のイベントの件ですけど、本社からOKの返事が今朝メールで届きましたよ。よかったですね。まぁ、後は本社の販売促進部が先方と交渉してくれると思うので、その結果待ちですね。」
オサムにとっては信じられないことが起きようとしていたのであったが、何か素直に喜べずにいてた。
「そうですか、よかったです。ははは。」
(でももし決まっちゃたら、ルミちゃんにどんな顔して会えばいいんだ?)
オサムは内心複雑な思いををさらに膨らませてしまい笑うしかなかったようだ。
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