あれ? きみ誰だっけ?

FLAKE

第1話 アイドルオタク

「ウォー! ウォー! ウォー!」


 群衆の声が大きなひとつのかたまりとなって響いてくる。

 赤・青・緑・黄・橙・・・色とりどりな光を放つ物体がときおり巨大生物のような大きなうねりを作って、その熱気を帯びた空間の中をうごめいていた。


 群衆の視線の先には、激しく一生懸命なパフォーマンスを披露している目を開けていられないほどまぶしく輝いている少女たちの姿があった。


 今この時間を共有している者にとって、ここは日常とはかけ離れた空間が広がっている特別な場所のようだ。またこの空間がそれほど広くないことにより、全員がいっそう強い一体感を感じられていたようだ。


 木村オサムはこの雰囲気と世界感が大好きなのであった。この場所て過ごす時間はまるで夢の世界にでもいるような気持ちになることができ、日常的なことは何ひとつ考えずに身をゆだねられる至福の時間ときとなっていたのであった。


「めちゃくちゃ可愛い、沙由さゆちゃん。」


「めちゃくちゃ可愛い、美里愛みりあちゃん。」


「めちゃくちゃ可愛い、志桜里しおりちゃん。」

 次々とお目当ての少女がスポットのあたるステージ中央に来るたび、その少女推しの観客は大きな声で名前を叫んでいる。


(推しと言うのは、簡単に言えば応援していると言った意味であり、ひとりだけを推している者、複数の子を推している者と応援の仕方は様々であるようだ・・・。)


 そんな大きな声にかき消されてしまいそうな小さな声でオサムは、うつむき気味に恥ずかしそうに名前をコールしていた。


「めちゃくちゃ可愛い、ルミちゃん。」


 なぜ小さい声かというとオサムが推している神宮じんぐうルミは決してステージの中央に頻繁に来るような立ち位置ではなかった為、なかなかコールできるタイミングが訪れず、オサムはずっと小さい声ながら懸命にコールし続けていたのであった。


 その後もオサムは何度も何度もルミの名前を呼び続け、この夢の空間での時間を楽しく過ごしていた。

そして神宮ルミのことが世界で1番可愛いと思っていた。


(今この場所に、ルミちゃんといっしょの空間に自分がいるんだ。俺はそれだけで幸せなんだ。)


 そう思うとオサムは全身が熱く、高熱でも出たかのようにクラクラしてしまい、なんだか立っているのもやっとのような状態のようでもあったが、それもまた日常生活では体験できないことで、体全体で今この時を堪能していたのであった。



「皆さん今日も本当にありがとうございました。」

 リーダーの桜志桜里さくらしおりが終演の挨拶をし、メンバー全員がステージ上に整列してアンコールのステージは終わった。

 それでも客席の興奮はまだまだおさまらず、あちらこちらからこだまのように名前を叫ぶコールが鳴りやまず響き渡っていた。


「沙由! 沙由! 沙由!・・・!」


「美里愛! 美里愛!美里愛!・・・!」


「志桜里! 志桜里! 志桜里!・・・!」

 もちろんオサムもルミの名前を叫んでいた。


「ルミ! ルミ! ルミ!・・・!」

 今回はここぞとばかりに、大きな声で思いっきりルミの名前を叫んでいたのであったが、その声は再び周りの群衆の大きな声にかき消されそうになってしまっていた。それでもオサムはその大きな声に負けないようにルミの名前を叫び続けて、会場のコール合戦はその後も延々と続いていたのであった。




「みなさんお疲れ様でした! それでは乾杯!」

 乾杯の音頭を取っていたのは、オサムのアイドルオタク仲間のリーダー岡本太おかもとふとしで、名前の通り少し恰幅かっぷくのよい、いかにもといった感じの人物であった。

 ここはライブがあった会場近くの居酒屋で、毎回ライブ後に反省会?といった名目で ”あぁでもない” ”こうでもない” といった感じの、ひと言でいえばただの飲み会が行われていたのであった。


「よかったなー。今日のライブ。 毎回同じこと言っちゃうんだけど、今日のが一番だなって本当にそう思うんだけど。」

 本人が言っているように、岡本は毎回同じことを言っていたのだが、確かに今終わったライブが最高だったという気持ちは、多分ここにいる仲間全員が持っていたと思うのは確かなことのようだ。

 挨拶が終わるとその後はオサムをはじめ、この会に出席していった者全員が、各々の推しメンの話を中心に延々と盛り上がり続けていたが、会もお開き間近になった頃、岡本がオサムに向かって話しかけてきた。


「沙由ちゃん、めちゃくちゃ可愛かったなー。やっぱり沙由ちゃんが一番だよな。木村くんもそう思っただろう?」

 その言葉からもわかるように岡本は藤井沙由ふじいさゆ推しであった。そして何故かオサムのことを気に入ってくれているようでよくからんできていたようだ。

 しかし先ほども述べたようにオサムはルミ推しで沙由推しではなかったため、答えに困ってしまっていたのだが、ここは目を掛けてくれているリーダーに合わせることにした様で、少しひきつった笑顔を見せながらも無難に答えていた。


「そうですね。可愛かったですね。」

「そうだろ、そうだろ。」

 岡本は満足そうな顔をしていると、背後から美里愛推しの副リーダーの根本亮ねもとりょうが今度はオサムに言ってきた。

「美里愛ちゃんも可愛かっただろ?」

 根本は幕張美里愛まくはりみりあ推しなのをオサムは知っていた為、オサムはここでもひきつった笑顔を見せながら答えていた。


「そうですね。美里愛ちゃんも可愛かったですね。」

「おい、おい、木村くん、どっち? 木村くんは沙由ちゃんと、美里愛ちゃんのどっちが可愛いと思ってるの?」

 再び岡本が絡んできたのだが、これも毎度の事であった。


「沙由ちゃんかな・・。」

オサムは仕方なく再びリーダーの岡本の方を立てるよう言い誤魔化していると、根本がふたりから少し離れて大きな声で叫ぶように声を上げた。


「美里愛ちゃん推しの人、俺のところに集まれ!」

「おー、そう来たか・・・。よーし! 沙由ちゃん推しの人、俺のところに集まれ!」

 岡本も負けずに大きな声で叫んでいた。すると、どこからともなく声があがった。


「志桜里ちゃん推しの人はこっちね!」

 するとあっという間にそこにいた者達は沙由チームと美里愛チームと、もうひとつリーダーの志桜里を推している者チームといった具合に数名を残して大半はキレイに3つ分かれて行った。このことからもわかるように、このグループはこの人気メンバー3人でもっていると言っても過言ではなかったが、当然オサムは神宮ルミ推しなので残った数名の中のひとりであった。


 反省会も”これ”が始まるとそろそろ、アイドルライブの終演と同じようにリーダーから毎回のひと言の儀式が行われ、


「今日はお疲れ様でした。ではまた次のライブで会いましょう。」

 岡本が満足げに短めの言葉を発すると、岡本の締めの言葉を聞いていた全員から様々な声が上がった。


「オー!」

「ウォー!」

「オリャー!」

 これが毎回この会の絞めとなっていて、反省会は終了した。


「お疲れ様!」

「おつかれ!」

「じゃあ、またね!」

 そしてそれぞれが近くの者と挨拶をかわし全員帰路について行った。


 

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