『道楽だって意味がある 富豪のたのしみ』

N(えぬ)

お金を持つ人はなぜ宇宙を目指すのか

「今朝の紅茶は、素晴らしい香りだ。甘みと渋みのバランスもいい」

 主人が満足げにそう言うと、

「今朝はロージーがお茶の担当です」すぐさま執事が返答した。


「ロージーか。もうここまで腕を上げたか。頼もしいな」


「はい。信頼して任せられるところまで成長して、わたくしも嬉しく思っております。旦那様」


「いいことだ……」

 話しながら主はモニターに映し出される映像に注意を移していた。


 宇宙は無限の広さを持つという話だが、今モニターに映し出されているロケットは、宇宙の広さに対してかなり限定的なと場所が目的地らしかった。

 カウントダウンが進み、ロケットが猛炎を吹き出し、それとともに煙が巻き起こる。

そんな映像がモニターに映し出されている。


「最近、民間で宇宙旅行に出ようというニュースが多くなってきたね」


 ガウンを羽織った姿の男は朝のティーを飲みながら執事にそう言い、大画面モニターに映し出されるニュースを見ていた。


「はい、旦那様。以前に旦那様がお出かけ先で開きましたパーティーでお会いした富豪の方々が、それぞれの手で宇宙に飛び出そうと奮闘なさっている様でございますね」


「ふむ……それは頼もしいのだが。だが、まだ地球の周りを回って帰ってくるのがやっとという所なのだな」


「そのようで」


「地球の周りを回れるようになったら、次は月へ行って……というところか」


「順番的には、そのようになるかと。……そういえば、月星人の代表の方からも手紙が来ております……」


「月からか。また『地球より月を優先して友好関係を結べ』という催促だろう。月星人も見つからないようカムフラージュしながら密かに生活している割に、地球への対抗心は旺盛だからなぁ。……地球人が火星辺りまで楽に到達できるようになるのは、まだ大分かかりそうだし」


「はい」執事は、少し声に落胆を匂わせた。


「仕方が無いのかもしれないな。富豪と呼ばれる人間は、どんなことにも自分のやり方があって、それが正しいと信じて自分の財産を築いたのだからなぁ。今さら、『みんなでお金と知恵を出し合えば』なんて、受け入れられるはずも無い」


 男は、もう一口、ティーを飲むと椅子から立ち、窓辺から外をじっと見ている電子猫を抱き上げて銀色のボディを撫でながら、モニターに映し出される記事を読み続けた。

 そばでは、執事が細々とした片付けものをしながら主人の言葉を聞いては返事をした。


「ということでございますので、旦那様が先日訪れて、是非にと声をおかけになったパーティーですが、招待状をお送りいたしました富豪の方々は、まだこちらに来るのは難しいように思われますが……」


「ううん、ちょっと、地球人を招待するのは早すぎたか。私のミスだな。やはりまだまだ、こちらから地球を訪問するしかなさそうだ。我々の寿命は、事実上永久だが、地球人の寿命は短いからな、こちらの星に招けるのは次代かその次か……かな」


 部屋の隅のテーブルに置いた花瓶の電子フラワーが定刻の時間になって一斉に花開きかぐわしい匂いを漂わせる。部屋にきらめく朝の光が差し込んでいる。


「はい、そのようで」


「それでもなければ、以前のように、地球で選んだ人物を私の宇宙船に乗せて、またこちらの星へ招待するか……」


 主人の男がそう言うと、執事は少し慌てた風に向き直って言った。


「あいや、それは旦那様、あまりよろしくないかと。一時期そういうやり方がこちらの星で流行りましたが、地球のほうでは大きな問題になっていたようでございます。『宇宙人に誘拐された!』などと、一部の地球人が騒いだりして」


「そういえばそうだったな……地球の軍隊まで出動する事態を招いたことまであった」


「はい。そうなってしまいますと、星と星との友好関係が結べません」


「我々にしてみると、地球人を招いて話をするのは実に楽しいのだがなぁ。そんなことを話していたら、久しぶりに地球の『鍋焼きうどん』がまた食べたくなってきた。これからもまだしばらくは、こちらから地球を訪れて、パーティーでも開こう」


「はい、それがよろしいかと」


彼は白い木枠のガラスドアを開け、体を変形させて、ぷよん~ぷよん~と飛び跳ねながらテラスへ出ると、ガウンの上半身を脱いで朝日に肌をさらし深呼吸をした。


「はふぅぅ。気持ちいい」


「旦那様、風邪を引きます」

 執事が慌てて諫めにくるのを主人はクククと笑って聞いていた。


異星の富豪は、まだ地球を温かく見守っている。

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『道楽だって意味がある 富豪のたのしみ』 N(えぬ) @enu2020

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