第27話 胎児よ 胎児よ 何故躍る

――では……そうですね。


A「どきどきどきどきどきどき」


――………。


A「どきどきどきどきどきどき」


――突如としてその空間に、拍手の音が響き渡りました。


世界「すばらしい見識だ。さすがは、我々の代わりに選ばれただけはある」

黒男「おっ、おっ、おっ、おっ。……せ、正解ってことかい」

世界「御明察の通り」

黒男「よ、……良かったぁ……」


――そんな、へたり込むほど緊張しなくても。


A「てへへ」


――と、黒男が安堵している合間にも、その手を叩く音は次第に大きく、複数人のものなっていき……気がつくとあなたの周囲には、これまで出会った全ての患者たちが立っていることに気づきます。


A「全部の患者……ってことは、吊された男も?」


――はい。


黒男「ちょ、おま、なんで拘束解いてるの!? そいつ危ないヤツだぞ!」

世界「心配いらない。彼はもう、害にはならない。そもそも彼の存在は、誰の害にもなっていなかったんだよ」

黒男「はあー? ドーイウコトー?」

世界「すでに”悪魔”から話を聞いていたと思うが、いま、この場所で行われた全ては、イメージの世界の出来事。……一炊の夢に過ぎない」

黒男「それはまあ、夢オチ系の話だったんだなってことで、なんとなくわかるけどさ。でもあんたの話を聞くに、これ現実に影響のある夢なんだろ? クイズに失敗したら、死ぬかそれに近い目に遭ってたっぽいし」

世界「まあね」

黒男「だったら結局、現実と変わりがないじゃないか。……なあ、教えてくれよ。どうしてこんなことになったんだ? 真の黒幕がいるんじゃないのか?」

世界「それは…………」


――うーん。

 それ一応、こっちのルートで話す内容じゃないんだけど……。まあいいか。


世界「……ナイアーラトテップ。ナイアルラトホテップ。あるいはニャルラトホテプと呼ばれる者がいる。ありとあらゆる、幸福な生命の天敵で、”混沌”の代名詞とでも呼ぶべき魔神だ。そいつは時々、こんな風に人間の魂を弄ぶのだよ」

黒男「ほうほう。要するにその、ニャルなんとかっちゅーやつのが黒幕な訳だな?」

世界「簡単に説明すると、そうなる」

黒男「よし。ではそのくそ野郎をボコボコにぶっ飛ばすのが、当面のぼくの目標、というわけだ」

世界「えっ、きみ、ニャルラトホテプをやっつけるつもりかい」

黒男「うん」

世界「あ、いや、その、それはその、たぶん、止めた方がいいと思うけど」

黒男「いーや。ぼくはこう見えて、曲がったことが嫌いな性分でね。そんな風に人間の命と尊厳を弄ぶようなやつを、放っておく訳にはいかない。ぜったいやっつけてやる」

世界「そ、そうかい。……うーん。いや、そう望むことは、きみの自由だ。……がんばってくれ」

黒男「おっけー、がんばる」


――と、そこで”世界”は、懐から一枚の手鏡を取り出し、あなたに手渡すでしょう。


A「もちろん、自分の顔を見ます」


――手鏡を覗き込むと、自分の姿が明らかになります。

 あなたが付けている仮面は、しゃれこうべ。人間の頭蓋骨を象ったものでした。

 それが暗示する、タロットカードは、たった一枚だけ。

 あなたの正体は、“死神”だったようです。


A「よかったー。当たってたー」


――そして”世界”は、こう宣言するでしょう。


世界「約束したとおり、きみを無事、元の世界に戻してやろう。……だがその前に、冒険を共にしてきた“恋人”と、お別れを言うと良い」

黒男「お別れ……? いや、ちょっとまってくれ。彼女も一緒に、元の世界に戻ることはできないのか?」

世界「我々とて、そうしたいのは山々だ。しかし一つに肉体に宿るのは、たった一つの魂だけなんだよ」

黒男「…………………ふむ。すこし待て」


――どうしました?


A「GM、ちょっといいですか?」


――はあ。


A「このお話の、そこのところがずっと、よくわかってないんですけど。この人たちは結局、何者なんです? 黒男にとっての『別の可能性』、とか言ってましたけど」


――ええと。どうしようかな。……では、ダイスで判定してみましょうか。ただし今回は、黒男のステータスは参照しません。出目が7以上なら、黒男は直感的に理解出来たことにしましょう。


A「7って、期待値以上出せば良いってことでしょ? お任せあれ。【ダイスロール:11】 おりゃー! 成功!」


――では黒男は、その類い希なる直感力で、いま置かれている状況を理解します。

 この病院はですね。要するに、お母さんの胎内のメタファーだということです。


A「タイナイ……?」


――お腹の中ってことですね。

 でまあ、ここにいる人々はみんな、ほんの小さなボタンの掛け違いで産まれていたかも知れない、様々な”可能性”、ということです。


A「ハアハア。なるほど。黒男とは違った精子と卵子の組み合わせで産まれていた人々……ってことかな?」


――(なんだか、おっさんと小娘が密室ですべき話ではない気がしてきたな)

 まあ、だいたいそんな感じです。


A「……つまり彼らは、黒男が目覚めた瞬間、泡の如く消えてしまう儚い存在。だから”吊られた男”の殺人は、それほど重罪じゃなかった。どうせ、消えゆく命だから」


――そうですね。


A「……なるほど。これでようやく、状況はわかりました。……つまりその感じだと……どうやっても、”恋人”ちゃんと一緒に暮らせる未来はなさそうですね……」


――はい。


黒男「いま、ようやく色んなことがわかった気がする。”恋人”ちゃん。どうやらぼくたちは、ここでお別れみたいだ」

恋人「……………………(小さく頷く)」

黒男「ホントはね……その。すごく名残惜しいよ。……実はぼく、あんまり家族とうまくいってないんだ。ずっと独りぼっちだったんだ。……だから、きみが懐いてくれたとき、すごく嬉しかった。こんなぼくでも、好きになってくれる人がいてくれるんだって」

恋人「……………………(黒男の手を、ぎゅっと握りしめる)」

黒男「……………! なあ、”世界”! ぼくの代わりに、彼女を現実世界に戻すことはできないか?」


――すると”世界”は、優しい声色で、


世界「……そうすることができたとして、それを彼女が喜ぶと思うか?」


――と、諭すように言うでしょう。


A「うううううううううううう…………。か、哀しいよぉ…………」


――と、その時でした。【シークレットダイス:??】

 ”恋人”が、囁くような声で、初めて声を発します。


恋人「あなたはここで、ずっと立派だったわ。きっと現実でも、うまくやれるはずよ」


――そうしていると、その場にいた患者たち全員が、順番に仮面を外していきました。

 彼らはどこか、あなたの面影のある顔をしています。

 ”選ばれなかった者”たちは、”選ばれし者”であるあなたをじっと見つめて、こう言いました。

 「我々の分も、強く生きてくれ」。

 と。


A「ふみゅうううううううううううううううううん……」


――そして、あなたの意識は暗転します。

 どこか遠くで、誰かの声が聞こえていました。




『胎児よ

 胎児よ

 何故躍る

 母親の心がわかって

 おそろしいのか』




――たしかにあなたは“死神”でした。

 あなたはかつて、数多の同胞を、押しのけ押しのけ、肉体を得た。

 自分を除いた、あらゆる可能性を鑑みることなく、ただただ生へとしがみついたのだ。


A「………………………」


――あなたは、“選ばれし者”である。そして彼らは、“選ばれなかった”。


A「…………………………誰しも皆、選ばれた者である………」


――目を覚ますと、あなたはいつものベッドで眠っていました。

 不思議な夢を見たような気がします。

 ですが、きっとそれは、夢ではない。

 その証拠にあなたの心には、”選ばれなかった者”たちの想い出が、強く刻み込まれていたのですから……。


【To Be Continued】

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