「第5章 話すべきか話さないべきか」(5-2)

(5-2)


 社交辞令を返すと「乗って」とドアロックが外れる音がした。今日の直哉は、後部座席ではなく、助手席に座った。それは彼なりの覚悟の使い方だった。美結用に取っておいた覚悟を司に使っているのだ。


 助手席に座った直哉に何も言う事なく、彼がシートベルトをすると「車、出すね」とゆっくりと車は発進した。


 ロータリーを出て、幹線道路へ出る。


「どこか、行きたい場所とかある?」


「いえ、特には……」


 直哉がそう答えると、司は「分かった。また前みたいに適当に流して走るね」と言った。車は幹線道路を走る。一駅分走ると、土曜日の騒がしさは遠くなりいつもの感じになった。


 しばらくの間、車内に沈黙が流れていたが、司が口火を切る。


「今日は、美結とは会ってないの?」


「約束はしてました……」


「そう。あの子、来なかったのね」


 司は前を向いたまま、そう答えた。車は幹線道路を真っ直ぐに走る。


「昨日、新藤さんと会ってたんですよね?」


「ええ。会ったわ、食事の約束をしていたの」


「会った時、新藤さんに何か変わった様子はありませんでしたか?」


「さぁ? 別にいつもと変わらなかったかな」


 直哉の答えに新藤は呆けた様子で返したが、その態度がもう答えだった。


「今日は、手袋していないんですね」


「別に。いつもしてる訳じゃないわ」


 直哉の指摘通り、司は手袋をせず、素手でハンドルを握っていた。高級そうなハンドルに彼女の白い両手が重なっている。直哉は小さく息を吸った。


「いつから、気付いていたんですか? 新藤さんがもう“心読み“が使えなくなっていた事を」


 車内の空気が重く鈍いものへと変化していく。助手席にいた直哉は司が口から息を吐く音が聞こえた。


「考えていたのはもう大分前。だけど確信が持てなかった。全部、もしもの範疇でしかなかった。だから、昨日直接聞いたの。そしたらそうだって教えてくれた。その時に全部教えてくれた。佐伯くんとの関係も」


「そうですか。聞いちゃったんですか」


 直哉の質問に司は頷く。


「まさか佐伯くんとずっと“心読み“を復活させようと動いていたのは驚いた」


「それが新藤さんの望みだったからです。“心読み“が使えなくなった世界で唯一、使える俺にしか頼る術がなかった」


 今にも流れそう涙を必死に堪えながら、こちらに縋る美結の顔を思い出した。少しでもその熱量が司に伝わればいいと思って、思い出しながら話した。


 しかし、それは残念ながら司に届かない。


「そう」


「俺は、ずっと新藤さんを助けたかったんです」


 信号が赤になり、車が停車する。司がこちらを向いた。


「佐伯くんは、どうしてそこまでするの? あの子が好きなの?」


 好きなの?


 そんな単純な言葉で簡単に直哉の思考は怒りの感情に奪われる。相手の心を配慮せず、関係性を聞きたがる嫌な大人の言い方だった。


好きとか嫌いとかそういうのじゃ……っっ! 


瞬間的に沸騰しそうになった頭を手で抑えた。


「尊敬しています」


「尊敬ね、なるほど」


 好きなのかという質問に動揺してしまった結果、車内の主導権は司が握られてしまった。どうにでも出来る。そんな顔を直哉へ向ける。信号が赤から青になった。再び、車がゆっくりと発進する。


 このまま時間が過ぎれば、その分だけ司が主導権を持ち続ける。その事が苦痛だった直哉は、少し早いが切り札を投入した。




「どうやったら、新藤さんの“心読み“を復活させられるのか。知っています」

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