「第5章 話すべきか話さないべきか」(2)
(2)
「……えっ?」
直哉の言葉に一瞬、美結は止まったがすぐに弾かれたように声を出す。
「決まったの!?」
「待たせてゴメン。やっと決まった」
「どんな?」
美結がこちらを真っ直ぐ瞳を照準を合わせてくる。彼女の吸い込まれそうになる強い瞳に捕まらないように直哉は、自分のペースを維持した。
「内容は、金曜日に話したい」
「どうして?」
「理由はまだ言えない。だけど、金曜日には絶対に話す。聞いたらきっと納得してくれると思う」
そう話すと美結の足が止まった。二人の前後にスポーツバッグを掛けた運動部の生徒たちが歩いていて、二人を追い抜く時にこちらを一瞥していた。しかし、二人ともそんな事には構ってられない。
「金曜日には必ず言ってくれるんだね?」
美結の質問に直哉は真っ直ぐに頷く。
「約束する」
「分かった。楽しみにしておく」
美結の了承してくれた事で今日、考えないといけない事は全て終わった。今後の為にもまず、これが出来ないと先に進めなかったのだ。
条件が突破出来た事を実感すると、直哉は学校の授業よりも遥かに体力の消耗を感じて、両肩を落とした。
それから二人は特に話さず、最寄り駅まで歩く。喧嘩している訳ではない。むしろ雰囲気は学校にいる時も良くなっていた。それを実感しているから、直哉も何も思うような事はなかった。
ロータリーから見える最寄り駅は、暗い夜を照らす人工的な白い照明を放ち、存在感を示していた。二人は改札を抜けて、ホームへと降りる。地下鉄のホームには大勢の人がいた。
二人は、適当な列に並び地下鉄の到着を待つ。五分後、地下鉄が到着してホームにいた人間はもれなく、車内へ吸い込まれる。二人は離れる事なく、車内に入って空いていたシートに腰を下ろす。
動き始めて間もなくして、美結が通学カバンから文庫本を取り出した。その意味が分からない直哉ではない。彼も見習って文庫本を取り出す。ページを捲る手が久しぶりに紙の重さを感じていた。ここ最近は、色々な事があり過ぎで、本を読んでいる時間がなかった。
今日は久しぶりにちゃんと本が読める。物語の世界に喜んでいた直哉だったが、彼の体が難しいと判断したのか、数行文字を追いかけただけで眠気に襲われてしまった。
地下鉄の代わり映えしないトンネルの景色と規則正しくシートを揺らす振動。直哉は夢の中へと旅立っていく。
「――佐伯くん、佐伯くん」
肩からトントンという優しい振動に加えて、耳元から美結の声も聞こえた。ドアが開く音がして、ホームの風が入ってきた事で、若干残っていた眠気が遠のいた。直哉がゆっくりと瞼を開けた。
「良かった、起きて。次で駅だよ」
「あ、本当? ありがとう」
知らない間に手の中で閉じられた文庫本。美結はもう文庫本を通学カバンにしまっていた。自分も降りる準備をしなくては、直哉は文庫本を通学カバンにしまう。
地下鉄は二人が降りる乗換駅に到着した。他の乗客と一緒に二人もホームへと降りる。そのまま人流に乗り改札を出た。ここからは二人は正反対の方向へ歩く。
「じゃあね、佐伯くん。明日の昼の図書当番は私が行くからね」
「了解。また明日、新藤さん」
美結にそう言って短い挨拶を済ませると、二人はそれぞれの路線へと向かう。改札を抜けて、今度は地上ホームへと上がるエスカレーターに乗る。
さて、金曜日まで今週を頑張るか。
ホームに上がった途端に顔にぶつかる夏風に顔を顰めて直哉はそう思った。
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