「第3章 二人の家族の対応の差」(3-3)

(3-3)


 乗換駅に到着して、ホーム降りて改札へ。すると、改札の向こう側に美結の姿があった。彼女は一点にこちらを見つめており、直哉と目が合うと安堵の表情を浮かべた。改札を抜けて彼女の下へ向かう。


「ゴメン。遅くなっちゃった?」


 直哉がそう言うと、美結は首を左右に振った。


「ううん。全然大丈夫。それより私の方こそゴメン。無理に誘ったりして」


「それはもう本当に気にしなくていいよ」


 二人の間に沈黙が流れる。いつもみたいに手を掴んで“心読み”が機能するかを確かめるだけでは、今日は中々終わらない事が双方共、分かっているからだ。


「ちょっと、どこかで話そうか」


「そうだね。でも何処にしよう?」


 グリーンドアは時間的にも雰囲気的にも美結の選択肢には無さそうだった。となると、直哉が乗換駅周辺の事情を知っている店を提供するしかない。


「ちょっと歩いた所にスターバックスがあるけど、そこにする?」


「あ、うん。そうしよっか」


 直哉の提案に了承した美結。行き先が決まったところで、二人はスターバックスへ向かって歩き出す。乗換駅周辺には、何店舗かチェーンのコーヒーショップが存在するが、その中でも一番近くてコンパクトなスターバックスを選んだ。


 店舗に入ると席は若干埋まっていたが、まだ座れそうなので二人は先に通学カバンを椅子に置いて、場所取りをする。


「新藤さんはそのまま座っててよ。買ってくるから、何がいい?」


「え? 悪いよ」


「別に買ってくるくらい大した事じゃない。何が飲みたい?」


 申し訳ないと言う美結をやんわりと制止して、直哉はリクエストを聞く。すると、彼女は小さな声で「ホットのキャラメルマキアートのショートサイズ」と注文してくれた。


「了解」


 リクエストを受け取った直哉は、カウンターに並んで注文をした。美結のキャラメルマキアート、そして自分のドリップコーヒー。頼んだ二品の料金を払って、店員に案内されたランプの下で出来るのを待つ。


 待っている間、一回振り返って美結の様子を窺うと、彼女はこちらを見る事なく、iPhoneを触っていた。遠目から確認した限りでは、元気がないけどそれ以外には特に変わりはない。


 黒いトレーに乗せた飲み物をテーブルまで運んだ。


「お待たせ」


「ううん。ありがとう、幾らだった? レシートちょうだい」


「え? これぐらい」


 別にいいよ。と言うとした直哉だが、美結はトレーに置いていたレシートをスッと手に取り通学カバンから赤い長財布を取り出す。小銭入れを開いてレシートに記載されていたキャラメルマキアート代を置いた。


「はい。これでオッケー」


「ああ、うん。ありがとう」


 ここまでされて受け取らないなのは無理だ。直哉は仕方なく美結が置いたお金を取り財布に入れた。彼女はキャラメルマキアートに手を伸ばして、慎重に口を付ける。ホットなので火傷しないように二、三回息を吐いて冷やした後、口を付けた彼女は、ゆっくりとカップを傾けて、少し飲んでから口を離した。


「美味しい。グリーンドアのキャラメル・ラテも充分美味しいけど、スターバックスのも負けじと美味しい」


「そりゃ、良かった」


 直哉はフレッシュをブレンドコーヒーに入れて、マドラーで適当にかき混ぜてから、ドリップコーヒーを口に含んだ。馴染みのある味が口内に広がる。


 二人してまずは、互いが注文したコーヒーを楽しむと「えっと」と美結が声に出した。


「本当にゴメンね。一度、家の最寄り駅まで帰ったのにわざわざ戻ってきてもらって」


「ああ。それは全然いいけど。そうだ、その前に」


 これから本格的な説明が始まるという前に直哉は右手を伸ばす。「あっ、」と美結も声を出して彼の手を繋いだ。


数秒して、彼女が満足そうに頷いてから手を離す。


「良かった。ちゃんと機能してる」


「そりゃ良かった」


 これから話を始める為の大前提はクリアされた。問題はこの先である。


「えっと今日は一体、何があったの?」


「……、お母さんと会ってたの。ホームルーム終わりにメールが届いて学校の前に車で来てるからって」


「ああ。そういう事か」


 美結の説明を聞いて、体調不良の類ではない事が分かり安心する。そして以前彼女が今は、叔母さんの家でお世話になっていると言っていたのを思い出した。


言い辛そうに美結が説明を始める。


「ちょっと複雑なんだよね。私の家」


「複雑?」


 直哉がそう尋ねると、美結はコクリと頷いた。


「私の家、両親が離婚してるの。今はどちらの親とも暮らしていなくて、前にもちょっと言ったけど、お母さんの妹さん。叔母さんのマンションで二人暮らし」


「そうだったんだ」


 ポツリポツリと家族の事情を話し始める美結。複雑とは言っていたが、離婚ぐらいなら、別にどの家庭でもある話だ。驚いたのは、どちらの両親とも暮らしていない点ぐらいである。


「えっと、どっちの両親と暮らしてないのって、もしかして亡くなったとか?」


「あ、ううん。二人とも生きてる。病気とかそういうのじゃないから安心して」


 直哉の心配を捉えた美結は手と首を左右に振って、否定する。少しして困ったように微笑んでから彼の前で手を合わせた。


「ゴメン。自分から言っておいてなんだけど、これ以上はちょっと……」


「全然。むしろこちらこそ、変に事情を聞いてゴメン」


 言いたくない家庭の事情を外郭だけでも説明してくれた。それだけで直哉にとっては充分だった。そして本題は別にある。


「ところで、明日から確認作業はどうしようか?」


「私も考えたけど、しばらくは朝のホームでの確認作業は控えた方が良さそうだね」


「ああ。俺も同じ事を考えていたよ」


「あんまり無理させちゃうと、佐伯くんに迷惑がかかるから」


「いや、迷惑とかじゃないよ。梅沢さんの友達が見たって事は、あそこで続けていたら、他の人にも見られていたって可能性があるからで――」


 決して迷惑ではない。美結は油断するとすぐにそっち方向に解釈してしまうので、そうならないように直哉の方から軌道修正をした。


「朝のホームでの確認作業は控えた方が良いけど、そこは他で取り戻せば良いと思うんだ。授業の合間の休み時間や、昼休み。校内で確認作業をする時間はいくらでも作れる」


 これまでのルーティーンを変えてしまう抵抗はあるが、ゼロになってしまうより、余程いい。続ける事が何より大切だ。


「そうかもね。でも、“心読み”の問題で佐伯くんに迷惑をかけるわけにはいかないよ。当面は放課後だけでいい」


「そう……」


 美結なら乗ってくれるかと思ったが、拒否されてしまった。予期せぬ展開に止まりかけてしまった直哉に「代わりにさ」と彼女は続ける。


「今度の土曜日。私の家に来てくれない? そこでなら、もっと話せるから」


「分かった。行くよ」


「ありがとう」


 大まかな方針が決定すると「んん〜」と美結は大きく伸びをした。


「それにしても今日は疲れたなぁ。さっちゃんにお母さん。今年で一番忙しい一日だった気がする」


「あははっ」


「あ、笑ったな」


 美結の愚痴に直哉が笑ってしまうと、彼女に突かれてしまう。


「あー、ゴメン。なんか素の新藤さんを見れたなって気がして」


「そう? 私、いつもこんな感じだよ?」


 直哉の発言の意味がよく分からなかったのか、美結は首を傾げた。


「教室で、それこそ最初に図書委員会に行った時から大分、印象は変わった。どっちが良いとか悪いって話ではないんだけど」


 最初に会話をした美結はコミュニケーション能力が高くて友達が多そうで、自分とは違う世界の人間に見えていた(もっとも、それは“心読み”の力によるものだったのだが)


 直哉がそう考えていると、美結はスッと音もなく、テーブルに置いていた彼の右手を掴んだ。掴まれたと思った時にはもう遅い。目を細める。


「はいはい。本当の私はこんなもんですぅ。ガッカリさせてすいませんでしたぁ」


「ガッカリなんてしてないってば」


 おかしく不貞腐れる美結に直哉もがそう返す。一段落ついたところで彼は、二人の飲み物がなくなっている事に気付く。時間も大分経過していた。


「新藤さん、そろそろ帰ろうか」


「あっ、うん、そうだね。ゴメン、月曜日からこんな時間まで」


「いや、俺も気になってたから。おかげで色々知れたし、大丈夫だよ」


「佐伯くんって、いつも思ってたけど、かなりお人好しだよね」


「そうかなぁ?」


 美結にそう言われても直哉自身には自覚がなかった。


「絶対にお人好しだよ。一度、最寄り駅まで帰ってから、また戻るなんて。普通、中々出来ないよ」


「確かに。そう言われると、客観的に見てお人好しなのかも知れない」


直哉が自覚してしまったのが、都合が悪かったのか。美結は慌てて「あっ、でも……」と話を続けた。


「自覚が芽生えたからって今から、優しくなくなるのも……」


「心配しないで。ちゃんと最後まで付き合うから」


 美結を安心させようと直哉がそう返すと、彼女は疑うように目を細める。そして、「えい」とまだ出していた右手を掴まれた。さっきやられたばかりだと言うのに、また不意打ちでやられた。数秒して彼女が手を離す。


「本当だ。ありがとう」


「どういたしまして」


 美結が納得してくれたのなら、それで良かった。読まれた内容は嘘ではない。彼女に最後まで付き合うのは本当なのだ。


 飲み終わったコーヒーを片付けて、店を出る。乗換駅の人出は月曜日でもお構いなしに多くて、二人は改札まで無言で歩いた。改札前で美結と別れる。彼女と別れると途端に両肩に重りが乗ったような疲れを感じた。これは、直哉の感情由来のものではなく、体の機能としての反応だった。


 改札を抜けて、ホームへ上がり本日二回目の家へと帰る電車に乗る。


タイミング良く座る事が出来た直哉は、シートに背中を預けると、すぐに眠ってしまった。

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