5

 僕と鈴子さんは電車に乗っていた。

 いろんな気持ちが交差する。

 だが、何よりも疲労感が勝っていた。

 嫌なことも疲労すれば忘れられる、だから人は好んで疲労することがあるのだろう。

 しかし、横にいる鈴子さんは随分と元気そうだった。

「どうなるんでしょうね」

「未成年っていろいろ制限されますけど、こういう時は未成年でよかったって思いますよね」

「こういう時って?」

「だって今頃指名手配ですよ」

 鈴子さんは無邪気に笑っていた。こんな無邪気な顔ができるなんて、知らなかった。

「僕たちどうなるんだろうね」

「どうなるんでしょう?」

「もー」ほっぺたがツネられた。「もうちょっと、楽しそうにしてくださいよー」

「むひゃいうなひょ」

 ほっぺたがツネられているせいで、非常に緊張感の無い発言になってしまった。日本語の弱点は、ハ行がやたらと力弱いことだと思う。

「でも、大丈夫ですよ先輩」

 彼女は大切そうに抱えていた鞄からクリアファイルを取り出した。

「これ、同じような不思議なケースをいろいろ調べてみたんですよ」

 彼女は不思議なケースとやらを印刷した紙を数枚取り出した。そこには信憑性が全くと言って良いほど怪しげな、不思議体験が数件抜粋されていた。

 確かに僕が悩んでいる能力に、ほんの少しばかり、かすっているような体験談だった。

「そして、これがその関連ありそうな体験が起こった場所をまとめたものです」

 もう一枚紙を取り出した。

 地図が取り出された、それも白地図だ。小学校の社会の授業以来久しぶりの対面になる。ただ蛍光ペンで数カ所に印が書き込まれていた。

「なにこれ?」

「どこか法則性があるように見えませんか?」

 そう言われてみれば確かに、集中して点があるような気がするが、言われてみれば分からない程度のものだった。つまり錯覚の可能性が高い法則性だった。

「この辺に点が多い?」

「そうです!」

 鈴子さんは手を叩いて喜んだ。

「ここって、先輩の引っ越す前に住んでた場所ですよね」

「え、ああ、うん」

 確かにそうだった。そう言えば昔、鈴子さんに言ったことがあったような気がする。

「行ってみましょうよ」

 彼女は言った。

「そっか」僕は頷いた。

「それに、先輩は両親のこと気になってるんでしょ?」

「うん」

 栗野さんは僕が殺したと言った。

「さっき、の柿地さん置換されましたよね」

「うん、えっと……」僕は人に聞かれないように声のトーンを落とした。「逮捕する、が、殺す、に置換された」

「だったら、ご両親も、そうだったんじゃないですか?」

「ああ、母は父を逮捕しようとしたってことか……でも、それなら父も僕と同じ、置換に悩まされてたってことになるけど」

「そうです」名探偵のように、指の先をこちらに向けた。僕が犯人のような構図になってしまった。「だから置換されて、殺してしまった」

「そして母は後悔して自ら……それが、他の人からは心中に見えたってことかな?」

「多分そうかなって思っただけですけど……」鈴子さんは、声のトーンを抑えて、耳元でささやいた。「先輩、私の提案覚えてますか?」

「丁度、思い出してたとこ」

 リクの墓の前で言った提案を思い出す。

 誰かこの能力について知っている人間をみつける旅にでるというものだった。そして、具体的にこの能力は、何のために、誰のせいなのか、ということを調べるというものだった。

「そうです、誰かのせいにしましょう」

「わかりやすいね」

 他人のせいにして罪悪から逃れるのだ。

 僕は、それを聞いた時、素直にいいアイデアだと関心した。

「もう、それしかないでしょう?」

 鈴子さんが楽しそうに、小さく手を叩いた。

「うん、そうだね、そうしよう」

 彼女は手を叩いて喜んだ。

 そうしよう、と言うのも変だったかなと思った。僕にそれしか選択肢が無くなってしまっていたのだから。いるかどうかも分からない他人のせいにする為に、僕は生きるしか無いのだ。

「ねえ、レジ」

 僕は鈴子さんを見る。

 鈴子さんは僕を見た。

「はい」

 話しかけてから聞きたかったことを考える。

 どうして、わざわざ僕のことを日記にして書いていたの?

 どうして、チャットのログなんて残していたの?

 どうして、それらの情報を、見つかるような場所に置いていたの?

 どうして、栗野さんの目の前で抱きついたの?

 どうして、逃げるときも肌身離さず、鞄を持ち歩いていたの?

 どうして、鞄の中にそんなファイルを用意してるの?

「あれ?」

「どうしたんですか?」

「ごめん、なんでもないや」

 鈴子さんは、僕が警察に追われるような状況になるのを望んでいた。

 それは、リクを殺した恨みがまだあったのかもしれないし、僕を愛してくれている独占欲から来たものかもしれない。

 だが、彼女が今の状況を望んでいるなら、僕も付き合おう。

 だから、僕にも付き合ってもだろう。

 僕は電車の窓から外を見た。

 外には見慣れた街があった。

 警察は僕を追いかけているだろう。

 もう戻れない。

 あんなに廃れた街にもそれなりに愛着があったようで寂しくなる。

 疲労感から、徐々に回復しつつある。それと同時に不思議な感覚が芽生えてきた。

 ああ、これが向上心か。

 向上心なんて、単語の語感から、素晴らしいものだと誤解していた。

 想像していたよりもずっとずっと卑屈なものだった。

 すこしばかり心地が良い。

 そうか、鈴子さんが前に言っていた。

 選択肢を狭めれば、向上心が湧いてくると。

 そうか、彼女は僕の為に選択肢を狭めてくれたのだ。

 左肩に荷重が加わる。

 鈴子さんが寄りかかっていた。

 彼女の香りがした。

「先輩」

「何?」

「よろしくお願いします」

 鈴子さんがが頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 僕も頭を下げた。

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