Vol.3

〈注意〉




 ここからの日記は私・雅火が担当する。



 とりあえずの方針としては、密軌君が口で話した内容を、できるだけそのままの形で、ここに書き写すことにする。とはいえ、彼が語る出来事の順序はかなりバラバラになっているので、そういう場合は全体の話が見え次第、適宜繋ぎ直して、時系列順に並べようと思う。あとで読んだ時、より「日記」らしい書き物になっているように。



 どうしてこんなことになったのか? 



 ことの始まりは語ると長いのだけど……とにかく私は、密軌君が倒れているのを見つけた。彼はここしばらく行方不明で、昨日やっと病院に帰ってきたのだ。先生に連れられていたから、何があったのか聞いたのだけど、教えてくれなかった。まあ、ああいう人と付き合っているとそういうことはままあるので、私も特にしつこく聞いたりはしなかったのだけど、それでもどこか密軌君の様子はおかしくて、心配して朝、起こしに行ってみた。そうしたら……というわけ。


 自分でも、なぜこんなことをしてるのか。不思議でならない。


 だって別に誰も困らない。日記を書こうと書くまいと。そもそもこの日記の主たる密軌くんが「もう書きたくない」と言っているのだ。書き手にさえ必要とされない書き物が、この世に生まれる必要なんて、果たしてあるのだろうか? 私には正直わからない。


 ただ、私は……


 ……こんなことを書くと変だと思われるんだろうけど。


 この日記が、どこか書かれたがっているように見えた……とでも言えばいいのかな? 


 もうすでに書いた通り、私はこんなこと、無理を押してまで続ける必要はどこにもないと思っているし、密軌くんもこの日記を必要としていない。でも私にだってなんとなくわかる。。人は変わる生き物だけど、それでも。根本的な何かが狂っていると感じる。ここまで目に見えておかしいのにも関わらず、密軌くんが平然としているのは、きっと……それが彼にとって日常的な、当たり前のことだったからだろう。



 誰にもわかってもらえず、誰にも知られない。



 彼がどんなに大切なものを失ったとしても、彼の周りの人々にとっては、心底どうでもいいことだったに違いない。彼らにとって大切なのは、目の前の少年がまだこちらの奪うに足るものを持っているか、ということだけだ。それは幼い頃は彼の将来であったり、以降は美しさであったり、優しさであったり。まあなんだっていい(これ以上例を並べたら、こっちが嫌な気分になりそう)。


 まあ……とはいえ。


 こんなことを書いた割にアレなのだけど、密軌くんは、元気だ。ことによっては以前よりむしろ生き生きとして見えるかもしれない。「正常になった」と言えばそう言えるのかも。でも、そんなことってない。正常というのだって別にそれで健康だとか、何も問題ないって意味じゃないのだ。正常とは、社会全体をスムーズに動かすために生まれたひとつの雛形的なものに過ぎなくて、それは個本来の性質や健やかな魂とは、何ら関係がない。というのは私個人の意見だけど、とにかく私はそういうのが嫌いなのだ。社会に合わせることがではなく、それで何かが音もなく消えていくのが嫌なのだ。

 そしてそれはたぶん、この日記も同じなのだろうと思う。


 もちろん「日記帳」という自我を持たないものに私の願望を投影しているだけというのもあり得るけど、それでも、まあ別に構いやしない。私はいつだって1人でやってきたのだし、今はいざとなったら味方もいる。だからこれは、一種の合作であり、計画犯罪だ。共犯は君だよ、日記くん。


 


 

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