2017.12.4 書き置き




 まず最初に謝らせてください。私はあなたをここに置いていくことにします——銃弾を受けて、丸二日ベッドの上で眠ったままの君を。幸いにも、銃弾は貫通していたし、手術は滞りなく終わりました。あとは目覚めてくれさえすれば、言うことはないのですが。

 私と連絡が取れなくなったとわかれば、椋澤の人たちが君を保護しにやってくるでしょう。一応、私が信頼を置く人間を見張りとして置いておきますが、気性が荒い上に何事もガサツで、お世辞にも看病に向いているとは思えません。だから、迎えが来るまで……何とか頑張って生きてください。意識がない君に向かって、無茶な要求とは思いますが。


 一応、あなたが撃たれた経緯を書いておきます。後遺症で記憶が曖昧になっている場合に備えて。


 事が起こったのは駅の中でした。あなたは早朝、湖近くの駅に降り、ある二人組と出会いました。楽器ケースを背負った男と白杖を持った少女です。彼らは例の■■教の信者に追われており、それに巻き込まれる形で君は撃たれたのです。


 時間がないので、簡潔に。


 私がなぜそんなことを知っているかというと、雅火が電話をくれたからです。君の様子がおかしい、夜にふらっと出かけて行ったかと思えば、戻ってくるなり部屋で泣いていると。それで私は(普段は絶対やりませんが)駆けつけ診療の支度をして、君らのところに行きました。

 とはいえ片付けなくてはならない他の仕事があったので、電話をもらってから7時間は空き、着いた頃にはすっかり朝になっていました。まあ、君もいい歳の男ですし、泣いてるというだけで周囲に色々世話を焼かれるのも嫌かなと思って。でも既に君の姿はなかった。見張り役は酷い目に遭わされてましたよ。それにしても、君があんな大金を持っていたとはね。


 湖付近を探そうと思ったのは、部屋にあったパンフレットからです。無為解脱か入水自殺でもしに行ったのかと思って。君の移動手段は電車しかないですから、とりあえず最寄り駅に車をつけて、辺りを探していたら、人気ひとけのないホームで血を流して倒れている君を見つけたというわけです。

 君のそばに二人分の赤い足跡と杖の跡があったので、椋澤の言っていた者たちがいたのだとわかりました。駅員が襲ってきたのでとりあえず伸しましたが、あの様子では彼らも信者だったのでしょう。世も末ですね。


 それからクリニックに帰って君の手術をして、雅火がお見舞いに来ました。私が疲れ果てて仮眠している間に、君の日記を勝手に読んだようです。起きた時にはもういなくなっていました。昨日の分のページに、長い長い殴り書きを残して。


 私は、あの子の命に対して責任があります。


 殴り書きのところだけ読んだので、君が彼女の家族のことを知っているかはわかりませんが、殺したのは私なのです。当時の私はかなり酷い人間でした。先代に雇われてこの街に住み始め、今のように闇医者として働いていた私は、弱った人間の心に漬け込んで人殺しも請け負うようになりました。


 互いを憎み合う熟年夫婦や、孕ませておいて逃げた男への復讐に燃える女。躾という名目で暴力を振るう親への失意に沈む子供、上司からのいじめで壊れる寸前の社会人——誑かすのは簡単でした。元々都会の生まれなので。


 それでやはり四年前、廃人のような酷い様でカウンセリングに来た雅火にも、「私の奴隷になって生きるか家族と共に死ぬか、どちらか選びなさい」と言ったのです。彼女は「死にたくない」と言ったので、その通りにしました。若くて反抗心もない女なので椋澤の方でも別に構わないとのことでした。でもいざ犯してやろうと思って彼女を前にすると、なぜかいつも気弱になってしまう。だから仕方なく一人で妄想して……彼女には言わないでください。言ったら殺します。


 とにかく彼女を探しにいかねばなりません。過程はどうあれ、結果的に私は、彼女のおかげでほんの少しマシな人間になったと思うのです。自分も他人も、生きるに値する者など誰もいない。そう思っていた頃よりは。彼女は出会った当時から「自分には価値はない」と、ずっと言い続けていますが、いてくれなくては困ります。それは君も同じでしょう? 


 では、さようなら。運が良ければまた今度。







[追伸]

 正直、君が雅火と一つ屋根の下で暮らすと知ったとき、すこぶる嫉妬しました。麻酔をかけた時、そのムカつくほど綺麗な顔を弄らなかったことに、死ぬほど感謝してください。


 

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