2017.11.14 退屈なドライブ





 実は少しだけ見た。クソゴリラの言ってたアニメ。宝石の国というらしい。


 支給品のスマホでググったら、アプリで見逃し配信っていうのをやっていたので、それで一話だけ見た。俺はあまりCGアニメは好きじゃないけど、まあ、無機物の表現には合ってるかなという気もした。それに悔しいけど、この主人公は確かに俺に似ているところがある。ろくに仕事もしないくせに、見目ばっか麗しくて。

 だから、今日の仕事に出かける時、クソゴリラに聞いてみた。

「俺がフォスフォフィライトなら、あんたは何なの?」

 すると、ゴリラは言った。

「敬語使え」

 そして、また俺を殴った。当たり前みたいに。


 割れたらどうするんだよ! 


 そんなことを言いながらも、俺は奴についていった。あんな奴でも、一応は先輩。そして俺は新入り。敵は少ない方がいい。そして十分油断させてから、寝首を掻いてやる。待ってろよクソ野郎。

 いや……今日は強烈な一日だったので、日記くらいは落ち着いて書くよ。あったかいお茶もあることだし。




 殺しをする仕事だとは聞いていた。




 正確には殺し、というところだろうけれど。先生はそんなことを言っていた。表の世界では処理できない、汚れた仕事を請け負う、何でも屋。そこに集まるのは身寄りのない人間ばかりで、いつかは使い潰されて、捨てられる。本当にそれでもいいのですかと。でもその言い方は、言葉の内容とは裏腹に、「どのみち君はそうするでしょう?」という軽いニュアンスに聞こえた。まるで何年も一緒にドライブスルーに通い続けた運転手が、「お前はどうせチーズバーガーだろ?」と、助手席の相方に向かって声をかけるみたいに。

 それに、音原先生には俺の行く先がお見通しのようにも思えて、なのでもう、いいか、と思った。こんな体質で、治る希望もなく、眠ったように生きていくのなら——と思うのは簡単だけど、いざとなったら俺は逃げるんだろう。死に物狂いで。あの夜と同じように。

 ま、でもドライブスルーで迷っても仕方ない。決断は一瞬。そして後悔は一生。

 その一生も、終わる時は一瞬だ。


 どうして俺が先輩に付き添うことになったのか。


 それは、便利屋の上司の人が言うにはこうだ——ゴリラは優秀な始末屋ではあるが、少々心が脆い男で、仕事中、神経が昂った勢いで自傷行為に及んでしまうことがあるらしい。ますますゴリラっぽいな……と思った。まあそういうわけで、彼が仕事に行く時は、必ず誰かが見張りとしてついていくことになっているそうだ。そんな面倒臭い人材、すぐ切られてもおかしくないだろうに、きっとゴリラの仕事がそれだけ優れているということなのだろう。ピカソも、ゴッホも、仕事はすごかったけど、みんなイカれてた。イカれてるからこそできた偉業だ。多分、これもそういう類の話。


 私刑……


 きっとあれは、私刑。


 今日の仕事の詳細を、俺は知らない。でも見た限り、あれは私刑の類だったと思う。誰かに依頼されて、特定の人間を、殺す。復讐の代行。大金と引き換えに行われる、魂の精算。


 依頼人の感情としては、相手に心底死んで欲しいが、自分の手は汚したくない。

 あるいは自分の心の弱さ、肉体の非力さゆえに、相手を目の前にしたらきっとしくじってしまう、トラウマと恐怖が蘇って復讐できないという確信がある。


 必然的にどっちかのパターンになるんだろうけど、今日のはおそらく後者で、しかも怒りも憎しみも悲しみも全部めちゃくちゃに混ざって、もう自分でも訳のわからないところまで来ている。今にも溢れそうなコップの水。そんな感じ。だってそうでもなければ、あんなことにはならないだろう——後先考えずナイフで刺しちゃって捕まるとか、有り余る怒りを自分自身に向けて自殺しちゃうとか、そういうありがちな顛末にならなかったということは、きっと本物だったのだ。依頼者の恨みは。その「本物」に招かれたのがゴリラであり、俺であり、あの死に様。真っ当な因果だ。水が上から下に落ちるみたいに。

 でもいくら応報だとしても、結局俺は詳細を知らないから、どの程度報われたのか、どの程度過度に報ったのか、それはわからない。でもいいじゃないか。そんなことは。

 邪悪な子供が蟻の巣に水を流し込んだところで、あるいは水銀を流し込んだところで、大慌てする大人など一人もいないように、どうせ誰も気にしない。


 相手は初老の男だった。


 いい服を着て、娘と嫁がいるみたいなことも言っていた。今となってはどうでもいいことだけど、山奥のコテージに連れて行って、トイレに貯めた水に顔を押し付けて半殺しにした。あとの半分は、死ぬか死なないか微妙な高さから何度か落とした。

 手際は見事だったと思う。

 自分が吐き気を催さないのが不思議でたまらなかったけれど、きっとそれは流れるような手際の良さと、初老の男から滲み出る下衆さのおかげだろう。彼は俺たちの顔を見た瞬間から、なぜかずーっと言い訳をしてた。こちらがまだ何も言ってないのにだ。後ろめたいことがなければそんなことしないだろうってことくらい俺にもわかる。


 電気工事風の車に乗って彼の家まで行って、スタンガンで動きを止めて、壊れたテレビみたいに後部座席に積んだ。

 そして、山に行った。


 つまらない一日だった。


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