2017.11.6 青春シネマティック





 休学(病気療養)中の実質ニートの人生には、日記くんを賑わせてあげられるようなイベントは、全然起こらない。申し訳ない。大体動画か映画見てるか、音楽聞いてるか、カラオケの時の子とラインしてるくらいで。まあ努力していることといえば、深いことを考えないようにしている、ということくらいか。陰でひどい噂立てられているのだろうな、とか、考え出すと人間不信になりそう。


 

 そんなメランコリーな俺の部屋に、夕刻、訪問者が一人現れた。よかったよかった。書くことがなくて困ってたんだよ。



 俺の従兄弟で、一人、自閉症の子がいる。

 年齢は確か中学一年で、その子の家族は皆、世間的には「変わり者」とされるであろう息子に対しても、おおらかに接している。学校や社会の規則に無理やり押し込めるよりも、個性を尊重して、才能を伸ばしてやりたい、という……端的に言って「人格者」というやつ。さかなクンのお母さんみたいな感じかな。

 そんな彼にとってのお魚は、映画である。


「今映画を撮っている」と、従兄弟は言った。


 ドアをノックされたので開けてみると、学ランを着た彼が最新機種のiPhoneを持って立っていて、こちらの目をじっと見つめてきた。そしてそんなことを言ったのだ。

「ふーん。で、俺に何か用?」

「手伝ってほしい」

「俺に?」

 あまり話し上手な方ではない従兄弟の話によれば、ここの敷地は広くて、自分一人では迷ってしまうので、案内してほしいとのことだった。

「親御さんは今日来てないの?」

 と尋ねると、首を縦に振る。どうやら、3日ほど学校を休んで、一人でここに泊まり、その時間を映画制作に当てる予定らしい。まあ、深く突っ込まないでおいた。学校なんて、まともに毎日通う価値があるほど、尊いものではないのだから。数日くらい、人生単位で見たら誤差みたいなもんだ。と、休学中半ニートの俺は思った。それに、家族にもたまには休みが必要だろうし。


「そういうことなら、どうせ暇だし、付き合うよ。どんな映画撮ってんの?」


 そう聞いたら、従兄弟は作りかけの映像を見せてくれた。完成品を見ればまた違うのだろうが、正直、素人にはよくわからなかった。ただ何となく、地元の魅力を映そうとしていることはわかった。緑だの、田だの、畑だの、花だの。

「うちの中を映すってなったら、父さんに許可とったほうがいいかもね」

 著作権(あるいは肖像権、プライバシー権?)的なものを考慮して、そんなことを言うと、家の中は映さない、外の風景を撮らせてほしい、と言う。そんなわけで、俺は動きやすいラフなジャージに上着を羽織って、従兄弟と一緒に外へ出た。差し込む西日が眩しかった。


 丘の上というだけあって、山にも近く、空気は美味しい。


 しかしこの時は風が強く、暗くなってきていたので、撮影には向かないんじゃ? なんて思ったが、最近のカメラは暗い中でもちゃんと綺麗に撮れるらしい。俺はスマホには詳しくないのだが、従兄弟はAEロックがどうだだの、広角レンズがどうだだの、淡々と解説してくれた。全くわからなかったが、悪いのでそれっぽく頷いた。


 錦鯉の泳ぐ池があるので、とりあえず、そこに連れていった。


 盆正月には親戚一同がここに来るので、何度か見てはいるはずだが、従兄弟は熱心に撮っていた。色づいた落葉が揺れる水面に、夕焼けの色が映り込み、確かに綺麗ではあった。さっき見た映像に組み込むには、テイストが違いすぎる気もしたが。

「なんかコンテストに出すの? 完成したら」

 そう聞くと、「地元と青春」をテーマにしたショートムービーコンテストがあるとかないとかで、なんか妙に納得した。まあ、理想郷みたいな映像は作れるんじゃないかな。ここは長閑のどかさだけが取り柄みたいな土地だから。それに、スマホをいじる彼の手際良さを見ていると、やっぱり何らかの才能があるんだなと、そんな風に感じた。


 大量の赤トンボや、赤じゃないトンボが、池の周りを飛びしきっていた。


 いたずらに人差し指を立てて、少しその場に留まっているだけで、指先に休憩しに来るほどに。トンボの顔は、本当に絶妙な造形だと思う。気持ち悪さとかっこよさ。その二つが奇妙に同居している。ダンゴムシやムカデのような節足動物ではあるが、生身で触れてもギリギリ不快ではない、その境界のフォルム——透き通った脆い羽。

「動かないで」

 気づけば従兄弟が近くにいて、無音でシャッターを切っていた。大人しく撮られているトンボは、まんざらでもなさそうに首を傾げたりしていて、ちょっと笑った。


 その後、軽く夕食と風呂を済ませて、また外に出た。


 夜の森を撮りたかったというが、高性能カメラでも流石に夜の森を魅力的に映すのは難しいようだった。たぶん、木とかはから撮ったほうが映えるのであって、近くで見たらなんというか……ただの障壁、というか。人にとっては単に、切り開くべき未開拓の土地、みたいに映るんじゃないかと思う。そこに畏敬の念とか、ありのままの美しさとかは、たぶんない。ただガサガサしてごちゃごちゃした、粗雑な地だ。


「街が見下ろせる場所はある?」


 森の撮影を諦めた従兄弟に、そう尋ねられ、例の東屋に案内した。

 夜景とまではいかないが、灯りが点々と見えるので、綺麗といえば綺麗では、ある。この辺りは基本、田畑ばかりなので、普通に夜は暗い。あと虫も出るので、日没後にはあまりここへは来ない。だが、従兄弟の目には新鮮に映ったようで、無言ながらも嬉々とした様子で、動画撮影に没頭していた。


 そんなことをしていると、二番目の兄が、珍しく東屋までやってきた。


「あれ? ■■兄、来てたんだ」

「まーね。頑張ってるか」

 兄の手にはレジ袋のようなものがあり、中にはホットの缶コーヒーが数本入っていた。夢中で撮影していた従兄弟はともかく、突っ立っていた俺は正直寒くてたまらなかったので、ありがたくいただいた。

「■■くん、コーヒー飲めるか?」

「カフェオレ、なら……」

「おう。これでいい?」

 二番目の兄は弁護士だ。かなりの売れっ子で、家にいるところはほとんど見ないが、いつも気づいたら家に帰ってきていて、ほんとによくわからない人だ。

「あー、うま」

「風邪引かないうちに、家に戻るんだぞ」

「はーい」

 それから東屋が綺麗になったことについて、兄は一言二言感嘆の言葉を述べ、ごくごくとブラックコーヒーを飲み干すと、さっさと家に入っていった。俺はゆっくり、ちびちびと微糖のコーヒーを飲みながら、撮影が済むまで待ってあげていた。白い湯気がふわっと夜の闇に消えていく様子が綺麗で、シャボン玉を飛ばして眺めるみたいに、柱にもたれてぼんやり眺めていた。


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