美少女転生物語

釧路太郎

第1話 異世界に転生したら魔法が使えました

 僕が異世界に転生したという事実は揺るぎないのだが、それをいったい誰に相談したらいいのだろう。もちろん、僕一人が転生しているのであって、知り合いは誰もいない。こんな時に友達の一人でもいれば何か違った結果になったのかもしれないし、そもそも、友達がいたとしたのならば僕がこの世界にやってくること自体なかったのかもしれない。

 僕が元の世界にいた時に最後に見た景色は趣味の釣りをしていた渓谷だったのだが、後ろの藪からガサガサという物音が聞こえてきたので振り返ったところ、僕よりもはるかに体の大きな熊がそこにいたのだ。僕は目の前に突然現れた熊に驚いていたとは思うのだが、その事実を理解した時にはすでに川の中に落ちていた。泳ぐことの出来ない僕は水の中に入っただけでもパニックを起こしてしまうのだが、その時は川の流れに身を任せるように自然体で流されていたのだ。もしかしたら、僕は自分の意思で川に逃げ込んだのではなくクマに殴られてしまってその勢いで川に落ちたのかもしれない。ただ、僕はそれ以降の記憶が残っていないのだ。


 とにかく、僕は今の状況を整理しようと思って歩き回ってみたのだけれど、街行く人の服装も店に並んである商品も何もかもが見覚えのないモノだった。看板に何か文字が書いてあるのだが、それを読むことも出来ず何が何だかサッパリといった状況だった。

 しかし、不幸中の幸いと言っていいのだろうか悩むところではあるのだが、言葉だけは何を言っているのか理解することが出来た。これで言葉も理解出来ないのであれば、僕はこの世界にやってきて何も出来ずに死んでいくだけなのだろうと思い、そうでなくて良かったと胸をなでおろしていた。


 人混みが苦手な僕は一刻も早く人通りの少ない場所へ行きたいと思っていたのだけれど、こういう世界では人通りの少ない路地に行ってもいいことが無いというのはわかっているし、なるべく目立つような行動はしないように気を付けることにしよう。きっと、目立つような行動をしてしまったら世界を救えとか言われかねないのだ。僕はそう言う事がよくあるという事を知っているのだ。


「そこのお姉さん。さっきからブツブツ何か言ってるみたいだけどさ、暇だったら俺達といいことしない?」


 どんな世界でもナンパをしている人ってのはいるんだなと思っていたのだが、どうでもいい思い出が蘇ってきた。というのも、僕にまだ友達がいた中学時代の話になるのだが、唯一の友達と一緒に買い物に行った時にお互いに彼女がいないという話になっていた。きっかけが何だったのかなんて覚えていないのだが、とにかくその時は周りのカップルが羨ましくて恋人が欲しいと思ってしまっていた。何故か二人とも自信満々になっていて彼女を作るためにナンパなんてしてみたのだが、お互いに内気で人見知りだったこともあって、僕たちがやったことと言えばナンパではなく女性の前に無言で立ち止まることだけだった。もちろん、僕と友達は不審者がいるとの通報を受けてやってきたお巡りさんに補導されることとなったのだが、その日以来あいつとはまったく口をきかなくなってしまったのだった。今でなら言えるのだが、アレは最初の計画からして無理な話だったのだからやらなければよかったのだ。あの日に自信を持っていなければその後の人生も多少は楽しい思い出があったのかもしれないのだから。


「なあ、無視してないで俺達と遊ぼうよ」


 この街の男がナンパしていたのは何と僕だったようだ。僕はクラスの中でも背は低い方ではあるが女子に間違えられるような顔つきはしてないはずだ。この世界の女の子は意外と男らしい外見なのかなと思って周りを見てみても、綺麗な人がたくさんいるのでそんなことは無いようだ。では、どうしてそう思ったのだろうか。疑問は尽きない。


「暇なら俺達と遊ぼうよ。悪いようにはしないからさ。ほら、ここらじゃめっきり手に入らない“タネ”もあるからさ」


 男が見せてきた“タネ”は意見すると割れたピーナッツやカシューナッツのようにも見えたのだが、明らかに色味がおかしかった。こんな禍々しいものを食べてしまったら絶対に体に良くないと思って断ろうとしたのだが、男たちは僕を囲んで何か良くないことをしようとしていた。


「いや、いいです。興味無いです」


 あれ、僕の声にしてはいつもより高いような気がする。僕は成長が遅いとは言っても声変わりはしていたし、それなりに男らしい声も出せるはずなのだが、自分の声がいつもと違って聞こえていた。


「そんなこと言わずにさ、俺達だってこれを手に入れるのに相当苦労したんだからさ、その手間賃だと思って俺達と楽しいことしようよ」

「僕が頼んだわけじゃないですから。本当にそんなものいらないですから」

「そんな物って酷いな。そんないい方されたら俺は傷付いちゃうよ。傷付いちゃったら何するかわからないよ。いいのかな。それに、そんなに強がっていたって震えているのが丸わかりだぜ。怖いなら無理してないで怖いって言えよ」


 怖いかどうかと言われたら怖いには変わりないのだが、後ろを振り返った時に羆がいた時の事を思い出すと、今の状況はそれほど怖いものでもないのではないかと思えてきた。それに、異世界に転生した時は何か特別な力を手に入れていることも多いはずだし、きっとこの状況を上手く切り抜ける何かがあるはずだ。僕は自分の中に眠っているはずの力を呼び出すために自分の中に問いかけてみた。

 僕の問い掛けに対する答えは、無だった。なにも返ってくることは無かったし、特別な力が発揮されるということは無かった。無かったと思っていたのだが、僕の右手はなぜか氷に包まれていた。不思議と冷たい感触は無かったのだが、表面が解けて水が滴り落ちているところを見ると間違いなく氷に包まれているのだ。自分の手を凍らせていったい何が出来るというのか、僕にはさっぱりわからなかった。

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