碧血丹心
水原麻以
碧血丹心
激しい跡目争いのすえ政権の人事が固まった。国防大臣は軍人事を一新した。
前王の腹心たちを粛清し三軍を廃した。反体制派の影響力を除去したところで彼はこれまでにない武官組織をつくりあげた。
陸海空すべてを往く超巨大かつ比類なき火力を持つ生物兵器。
碧血丹心という白鯨とその術者であり、それを世話する白鯨士、搭載航空戦力である気球騎士の勇士も決まる。
これは、剣を盾にした青年の話です。彼女は武士の力を持っていますが、戦いの経験はありません。また、彼女は王宮の衛兵隊長の妹でした。
「そんな! 姉さま、一太刀も握らず嫁に行けと?」
彼女は姉のドレスにすがりました。
姉は白鯨をすべるロイヤルガードの司令官であり、白鯨隊や風船騎士のヒーローも決定しています。
「ええ、ジョゼ。お前は強くて有能だが、剣で戦うことができない」
きっぱりと言い捨てました。ジョゼはまだ人を殺したことがありません。
そのために、彼女には戦う機会が与えられなかったのです。
「もし、彼女が戦場に出ていたら、きっと死んでいたでしょうね。師範に聞いてごらんなさい。あの子の命より血で汚れる武具の方が高いそうです」
乳母にまで言われる。そんな子でした。
―侍従の日記より抜粋
◇ ◇ ◇
王女が生まれたとき、王宮の衛兵の後継者になるという噂があった。
王女の戦いの才能は、王宮の最大の秘密だと言われていた。
王女の強い意志、闘争心、冷静さ、体の勇ましさ、すべての戦闘力が王女の最大の秘密だと言われていた。
どんな困難も乗り越えられる、とても強い強い意志。
「吉田君、お姫様の話を聞いていましたか?
田村美緒が軽い口調で声をかけてくる。
振り向くと、隣にはメイド服を着た澪が立っていた。
その時、彼は思い出した。
王女が都に派遣されたのは、護衛軍の情報を集めるためだと言っていたのを。
「彼女は、どんな困難も乗り越えられる強い意志を持っていると聞きました。彼女は真の騎士である。戦いを愛し、何事にも恐れないお姫様です。そう聞いていたんですよ。なぜこんな仕打ちを? 名誉騎士とは何を意味するのか」
田村美緒の目は潤んでいて、泣いていた。
「あなたは、白鯨と一緒に剣を持って戦えるのは女の子だけだと言いました。彼女は人を殺めた経験がありません......」。
それを目の前で聞いたのは2回目だった。
「そうなんです。僕も名誉騎士というからには猛者だと思っていた。実際にはただの女の子だ。温室育ちのお姫様と片手をつないで戦えるはずがない!」
吉田は苦肉の策としてカースアイテムの使用を検討した。文字通り呪われた装備だ。持てば一生手放せなくなる。代わりに怨念の力を借りて戦える。
「そうだね。私も武器を持たせることはできる。でもそれも難しいだろうね。武器は使う人を選ぶ。そしてこの世界には、素手で絶命させた経験のない人に武器を持たせる方法はない。私は名誉騎士という役職に剣を持って戦える人がいないことを知ってしまったの」
そして彼女は、いつもの口調に戻る。
「あなたは私に言いました。剣を持っている人が敵になる。だから私に言いました。私は私ができる一番大切なことをやると」。
ジョゼは彼女なりに努力してきた。この国と、この国に住む人たちに。いつか国を守れる人になろうと心に決めた。
吉田としても応援したい気持ちに変わりはない。だから懸命に擁護した。
そこに澪が何やら耳打ちした。メイドはメイドなりにジョゼが活躍できる方法を調べてきたのだ。
澪はジョゼに一目ぼれした。
女の目から見ても、もし自分が男だったらぜひ嫁にしたい。
だからせめて美緒さまのおそばで存分に活躍してほしい。
元老院議員である父に無理を言って議会図書館で調べた。
名誉騎士はムードメーカーであり士気に関わる役柄らしいのだ。
確かに大切な人を護るために戦える。
「あなたの言う通りです。彼女は私が護ります。彼女には彼女に似合った武器を使ってもらって、私が持って戦います。私できる。彼女と、この国で本当の私を護るの」
美緒はジョゼさまのお屋敷へトコトコと朗報を届けに行った。
彼女はメイドをぎゅうっと抱いてくれた。
「ありがとう。私に力があれば、この手で国を守れたのにな。美緒さまも、吉田君も、そして王様も、本当にありがとう。あなた方にもお礼を思います」。
彼女は思い返していた。父から嫁入り道具として授かった名誉騎士の装備を。
居ても立っても居られない。クローゼットに向かうと一式を取り出し、姿見の前でストンとドレスを落とした。そして素肌に青白い甲冑を着けた。頑丈でずっしりしている。女の細身にあわせて最小限度の面積しかない。その光沢は騎乗するための仕上げだ。布製のズボンでは白鯨の肌に張り付いてしまう。
ジョゼの体はキュッと引き締まっていて甲冑にフィットする。そのためにカロリーと戦ってきたのだ。カーテンの影で澪が赤らんでいる。
ジョゼは聖剣を壁からおろした。
「私の持っている武器のことを、彼女に伝えます。それから、ずっと彼女と一緒に生活していきます」。
美緒は目に涙を浮かべて、そして最後に微笑んだ。
「そして、私が持っている武器で、あなた方に何ができるかを私も教えてあげます。ジョゼと一緒に、この国の未来を守ってゆきます」
美緒はみんなに話した。
「私は剣で戦いたい。これだけは言えます。本当は彼女しかこの世界のことを変えられる人はいないの。しかし白鯨と共に戦えるのは剣を握るものだけ。私は、名誉騎士のためにできるだけのことをした。しかし名誉騎士の武器は自ら選び取らねば。そして武器も人を選ぶ。きっと出来る。私はこれからも彼女を見守ります」
その頃、吉田と澪は聴衆の最後列で何やらひそひそ話をしていた。
「名誉騎士なんて聞いたことがないぞ。そもそも、なぜ矢面に立つ?ジョゼは護衛軍の情報収集に来たんじゃないのか?
そんな娘に何をさせる気なんだ!」。
その時、「おおおぉ」というざわめきが起こる。拍手まで起きているではないか。
「何だ?何か起きた?」
壇上に目を向けると、そこに現れた人を見て納得した。
(そうか!ジョゼに勇気があると言った理由も、これなら解る)
王女の後ろから、一人の少女が出てきたのだ。背丈が王女と同じぐらいの小柄な女の子。青い瞳が澄みきっている。まるで鏡だ。
(あれ?あの少女って?)
どこかで見たような気がするのだが。
吉田はその顔を見た瞬間に気づいた。
昨日、王宮で見た顔であることを。
(あれが噂のジョゼ王女か)
彼女はゆっくりと壇上の中央に進む。そして口を開いた。
「皆さま、今日という良き日にお招き頂いたことを感謝します。わたくしの名前は ――
」
「ジョゼ・シュリアード王女 ― 。誇り高い名誉騎士として、ここに参上しました」
彼女の声に、人々は感嘆の声を上げた。ジョゼの言葉が、胸に響いたのだろう。彼女は言葉を続ける。
「私はまだ未熟です。しかし、姉様の想いに応え、名誉を背負う者としてこの国の民を守る力となるよう頑張ります」
(いいぞ~。がんばれ~)
(俺もがんばろーっと!)
会場にいた者たちの心はひとつになっただろう。
そして彼女を称える大きな声が上がった。拍手の音は大きくなるばかりだ。
田村美緒は混乱した。
「ジョゼ? どうしてジョゼが二人もいるの? だって、私たちのジョゼはここにいるじゃないの? わけがわからないわ」
美緒が当惑するのも無理もない。立派な盛装をしたジョゼとビキニアーマーに身を包んだジョゼ。
同じ顔の少女が並んでいたのだ。まるで双子だ。
だが、違う。二人は別の人間なのだ。だから、片方だけしか見ていなかった人にとっては衝撃的なことだろう。
(ジョゼさんってあんなに可愛かったかな?)
そう思っていたのは、吉田だけではないようだった。
「姉さま!」
2人目のジョゼは泣き崩れながら叫んだ。ジョゼは大粒の涙を流して、姉の胸にすがった。ジョゼが泣きじゃくるなんて滅多になかった。そんなに嬉しかったのだろうか? 美緒は優しく頭を撫でていた。その姿は慈愛に満ち溢れていた。「ジョゼ、よく頑張ったわね。あなたはとても立派よ」
美緒はジョゼを抱き寄せた。
「ジョゼ、もう大丈夫。私がずっと一緒にいてあげるから」
「姉さまぁ~」
ジョゼは美緒に抱きついて離れようとしなかった。
「ジョゼは、いい子ね…」
吉田はさっと青ざめた。「王女は護衛軍の情報収集をしに来た。冒険者組合の連中が酒場でそう言っていた。ダンジョンに潜るような
いつの間にか考えを口にしていたようだ。侍従の一人がこう漏らした。
「私はジョゼさまの担当ではありませんが、確かお姉さまは姉はロイヤルガードの司令官と聞いています。名誉騎士なんて役職を名乗らずとも、お家柄はじゅうぶんに立派だとメイドの間でも噂が…」
彼の推測は確信に変わっていった。、妹は…。
「澪、君は嘘をついている。本当にジョゼを慕っているならカースアイテムを握らせてでも戦いたいという願いを成就するはずがなかろう。何を隠している?」
「そんな! ジョゼにカースアイテムなんか持たせられる訳ないでしょう!? そんなものを持たせて戦ったら死んでしまいます! あなたは何も分かってないのですね!」
「では、なぜそんなものを持ってきたんだ?」
彼女は顔を赤くして言い淀む。その表情はどこか後ろめたいものがあった。
彼女は懐から小箱を取り出し、蓋を開ける。そこには黒い指輪が入っていた。
彼女はそれを手に取って、吉田に差し出した。
それは、呪われた装備だった。
「そいつはダキントオールの
ジョゼが泣き止むまで、少し時間がかかった。
その間、侍従たちは王女と吉田を遠巻きにして、何かを話し合っていた。
「そうか! そういうことだったのか。ジョゼは情報収集に来たんじゃない。逆だ。悪いうわさで護衛軍を虜にしに来た」
吉田は、王女の真実を知った。
王女の戦闘力の秘密。
それは、彼女が呪いのアイテムを装備していることだった。
彼女の指には、禍々しい指輪がはめられていた。
呪いのアイテムは、装着者の戦闘力を上昇させる代わりに、精神力を奪うと言われている。
このアイテムは、王女の戦闘力の秘密ではなく、王女の戦闘力を支える原動力の秘密だった。
王女はその戦闘力ゆえに、普通の人間ならば死んでしまうような過酷な試練を与えられてきたのだ。
しかし、王女はそれでもくじけなかった。
王女は、白鯨を操れるようにと、何度も練習させられていた。
何度も失敗を繰り返し、何度も気絶した。
王女は、白鯨が傷つくたびに、悲鳴をあげた。
白鯨が血を流すたびに、涙を流し苦しみを共有した。そのリアルな痛覚が手枷のオーラとなって吉田をさいなむ。
「碧血丹心は苦楽を分かち合う虜と糧を欲する。名誉騎士なんて役職は士気高揚の道具に過ぎない。姉妹が死ななかったのもすでにカースされているからだ。ジュリアード殿下は護衛軍を白鯨に売ったんだ。下僕で満足する故に!」
吉田はバスタードソードを抜いた。そしてビキニアーマーの少女めがけて斬りかかる。
「恨むな。君の御父上が悪いのだ。いや、魔物と化した君に人の情はないか」
ジョゼ・ジュリアード王女が立ちはだかる。
「魔物はお前の方です。護衛軍に忠義を果たす、その下心は剣に生きる男の蛮勇ではないのですか。確かに白鯨は邪気を帯びてましょう。しかし国王陛下のの臣下であることには変わりありません。」
ビキニアーマーの妹を見やり、そして吉田を睨む。
「痴れごとを! 腹違いの姉とはいえ、暗黒面に堕ちた者を捨て置けぬ」
吉田は王女にしゃなりしゃなりと剣を交わされ苦戦している。
「一度は同じ屋根の下で暮らした身。情けをかけてやる。ダキントオールの武具を手放せ。こうして話が通じる間は、まだ貴方は髄まで腐れてない」
彼女はきっぱりとこう言った。
「でも何より…あなたがその武器を使うことを許せなきゃ…私は本当に何も言えない。なぜかって、あなたの力には魅力が伴わない。あなたは私を信じ切っている。だからあなたがこの武器を使うときは、私はいない。この武器さえ手に入ればあなたはこれ以上、私の力に興味を持たない。あなたが本当に欲した武器は、彼女の剣なのよ。あなたの力を、この力がもって、あなたを守ってあげるの」。
彼女は力強く、そしてほんの少しだけ笑ってそう言った。「違う! 俺の力は、俺の力で守る。俺は、国を守る。そのための力だ。王女の力なんかじゃない。ただの、男としての力だ。俺の、俺だけの、大切な、大事な、力だ」
吉田は、剣を振りかぶる。
「ジョゼ、お前は、剣を持ったことも無い、か弱い女の子だ。お前が、王女である必要などない。お前は、お前のままでいいんだ」
「ありがとう、吉田君。ごめんね。わたし、お姫様になりたかったの」
王女は、目をつぶり、ゆっくりと両手を広げた。
「王女は、お姫様になるんじゃない。お姫様になるから、王女なんだ。ジョゼ、君は、白鯨の騎士だ。この国の、この世界の、誇りだ」
そう言って、彼は剣を振り下ろした。
「うそつき」
王女は、そうつぶやいて、目を閉じた。
ぐしゃりと何かが折れ、何かが散った。
―侍従の日記より抜粋
「ジョゼ、あなたは、白鯨と共に剣を持って戦えるのは女の子だけだと言いました。彼女は真の騎士である。戦いを愛し、何事にも恐れないお姫様です。そう聞いていたんですよ。なぜこんな仕打ちを? 名誉騎士とはどういう意味なのか」
美緒は、赤く染まった王女のドレスにすがりました。
「王女は、白鯨のロイヤルガード司令官であり、白鯨隊や気球騎士のヒーローも決定しています。彼女は、王女は、この国の象徴です。そんな彼女が、戦場に出ていたら、きっと死んでいたでしょうね。師範に聞いてごらんなさい。あの子の命より血で汚れる武具の方が高いそうです」
乳母にまで言われる。そんな子でした。
―侍従の日記より抜粋
「あなたは、白鯨と一緒に剣を持って戦えるのは女の子だけだと言いました。彼女は真の騎士である。戦いを愛し、何事にも恐れないお姫様です。そう聞いていたんですよ。なぜこんな仕打ちを?
名誉騎士とはどういう意味なのか」
名誉など…生きていればどうにでもなるのだ。
リチャード・ジュリアード・吉田護衛軍大元帥
碧血丹心 水原麻以 @maimizuhara
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