友達ができた
「やあ、どうやら君がご主人様で間違いなさそうだね」
そう言いながら、金髪で緑眼の美少年が、パーツの山の間から現れた。整った顔立ちは映画のAIキャラクターのようだが、油汚れの目立つよれよれの作業服がそれを台無しにしている。
「この子、最近よくここへ遊びに来ていたのよ。よかったね、ニアちゃん。ご主人様が迎えに来てくれて」
その後ろにいたのは、背中まである茶色の髪を一つに束ねている、浅黒く引き締まった肌で細い手足の少女だった。
彼女も少年と同じように整った顔立ちの美少女なのだが、薄汚れた作業着を着て平気で笑っている。
(二人とも、僕と同じ年齢か、それとも少し年上かな?)
「君たちが連絡をくれたケンとシルビア?」
「うん、そう。オレがケンで、こっちがシルビア」
少年の方が答えた。
「二人とも、ありがとう。でも僕はニアのご主人様じゃないんだ」
「どういうことなの?」
今度は少女が不審そうに目を細くして言う。
「ニアは、僕の家族だから……」
「ああ、なるほど」
今度は二人が揃って頷いた。
「ところで、ここはどんなところなの?」
コリンはもう一度周囲を見回した。とにかく面白そうな機械の部品や精密機器の電子パーツまで、種々雑多な部品が積み上げられている。
しかし一見乱雑に見えるその山も、よく見ればパーツごとに分類されて、デリケートな部品は外気に晒される手前側には置かれていない。
「感心するほど丁寧に整理されてるよね」
コリンが興味を押さえられずにそう言うと、二人の目が輝いた。
「そうだろ、嬉しいな。まさか君も機械屋なのか?」
「いや、僕は町の外の酒場でコックの見習いをしてて……」
そう言うと、ケンはちょっと驚いたような顔になる。
「君が『砂丘の底』の料理人か。噂は聞いてるよ。オレたちと同じ年齢で凄い腕前の
コリンの肩に乗ったニアが振り返り、ケンの方を向いてにゃあと鳴いた。
「ああ、そうか。じゃあ酒場の看板娘っていうのが、ニアのことだったんだな。父さんから聞いたことがあるよ」
「あっ、それ私も知ってる」
笑顔のシルビアが近寄るとニアはその肩へ飛び移り、首筋に頭をこすりつける。
「へえ、うちの店を知ってるんだ」
意外そうに、コリンが呟いた。
「もちろん。この町で『砂丘の底』を知らない人はいないだろ。オレも一度食事に行ったことがあるけど、その時には君もニアもいなかったと思うな」
「僕が厨房に入って、まだ二年だから……」
「そうか。でもその二年で、君もニアも結構な有名人だぞ」
「嘘だ。止めてくれ……」
思いもかけない話に、コリンは絶句して顔を赤くしたまま頭を抱えた。
二人はそれを見て遠慮なく笑っている。
「改めて、オレはケン・ローズ。今はここのジャンク屋と近くのエンジニアの爺さんのところを行ったり来たりして手伝いをしている。ハードウェアのことなら任せてくれ」
「私はシルビア。シルビア・ハーパーよ。シルって呼んでね。私も幼馴染のケンと一緒に、いつもこの辺をうろうろしているわ。ソフトウェアのことなら任せてね」
「僕はコリン・ペリー。ニアを保護してくれて、本当にありがとう」
そうして、彼らは握手をした。
「ここはジュリオっていう呑気なオヤジがやってるジャンク屋でね、この場所は町の西門に続く搬入経路に面している。ここから直接貨物クロウラーが町を出入りするんだ。スゴイだろ」
ケンの説明で、コリンにもここがどんな場所なのかがわかった。
そしてニアがここに来ていたのも、なんとなくわかる。
ここは、コリンの唯一の趣味である機械いじりをする時に使っている店の倉庫の中と、よく似た環境だった。
「ねえ、中を見ていい?」
「いいとも。こういうの好きなのか?」
「うん大好きだ」
「やったー」
それからコリンは二人の案内でジャンク屋の倉庫を隅々まで見せてもらい、レアものの宇宙船のパーツや嘘か本当かわからない転移ゲートのパーツ(とケンが言っているもの)を見せてもらったりして、大いに盛り上がった。
これが、彼ら三人の出会いだった。
後にコリンが冷静に振り返ってみれば、これは偶然の出会いなんかじゃなかった。確実にニアが仕組んで、二人をコリンに出合わせてくれたのに違いない。
その後、彼らを通じて引退したエンジニアのハロルドやジャンク屋のジュリオと共に、コリンの好きだった機械の話をするようになり、一緒にモノ造りに興じることになる。
コリンの暮らす家には壊れた古い機械が一階や地下の倉庫に山ほど転がっていて、その中から使えそうな
それは様々な素材から料理を作るのに似ていて、コリンの気性に合っていた。
そして似たようなことを仕事にしている二人の大人と、それを小さいころから手伝っている二人の子供と。
コリンが生まれて初めて家族以外の人間と濃密に交わり、楽しいと思った時間だった。
その出会いを境に、コリンは度々町へ行くようになった。
ここは乾燥しきった砂の惑星で、比較的浅い水脈のある場所には大小の町ができている。
食糧はほとんどが地下の工場で人工的に作られていて、地上に農園を作る余裕はない。せいぜい果樹が植えられている程度だ。
町の中心にある精霊の森に住む魔術師が結界を張り、町を危険から守っている。
町と町は精霊魔術師だけが開くことのできる転移ゲート網によって繋がり、各町のゲートは組合により公正な通行が保証されていた。
この組合は、軌道上の恒星間転移ゲートを含む人類世界全ての転移ゲートネットワークを一元的に管理している。
精霊魔術師を束ねる精霊教会も、この組織の一部だった。
直径二キロ程度のこの町では、中心に直径一キロの精霊の森を持ち、そこから生まれるマナを利用して、精霊魔術師が転移ゲートを開く。
転移ゲート自体は森の北側の地下にあり、地上には教会が建つ。そこが町の中心になっている。
このゲートは地上の町同士の移動に限られて、軌道上のゲートとの連絡は惑星上に三か所ある巨大な専用ゲートを通らねば、行くことはできない。
精霊魔術師の作る結界はワームが忌避する効果を持ち、城壁の触媒から二百メートル程度までしか近付けないようにしているので、町の中にいる限りは安全だった。
結界の中心は町の中心、つまり森の中央に立つ尖塔で、そこから外壁に向かって放射状に結界は張られ、強烈な日差しや、砂とモスの侵入をある程度阻んでいる。
精霊魔術師は自らマナを作ることはできない。あくまでも、自然の森が作り出すマナを利用して魔法を行使する。
だからこの程度の大きさの町では、結界を守ることと転移ゲートを開くことに精いっぱいで、それ以上のマナを他に使う余裕は少ない。
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