25 ユ ル サ ナ イ

「さて……」

時刻は少し遡り、正午前。完成したジャスティマギアのデータを送信し終えた秘書は、次なる計画の着手に努めていた。


「マリス、貴女には今から送るこの映像を見ていただきます。拒否権はありません」

淡々と言いつつキーボードを操作する彼女。すぐにデータは送信され、マリスはそれを強制的に受け取らされた。

その内容とは――?



再生された映像には、椅子に縛り付けられたマスターと、それを見る男が映っていた。


「貴方には、これから生き地獄を味わってもらいます」

「な……何をするつもりだ」

「早い話、拷問です。……と言っても、痛めつけることだけが目的ですが」

「!?」


拷問――その言葉に顔を青ざめるマスター。反対に、男の顔はにこやかなまま。

そして男は部屋を出た。すぐにタイヤらしき音と、ガチャガチャという金属音が聞こえ――


部屋に戻った男の押す台車には、一杯に乗せられた器具が見える。

ペンチ。麻袋。水の入ったバケツ。ハンマー。ヘッドギア――見えているだけでも、これだけの数がある。


「や、やめろっ、やめてくれぇ!」


男はまず、ペンチを手に取り―――



「ふむ、そろそろ映像の終了時刻ですね」

それから3時間ほどが経った。秘書は腕時計を見て、そう呟く。


「しかし、長官は何故このような映像を見せるようにいったのでしょう?」

今マリスに見せたあの映像は、正直な話、彼女にとっても見るに堪えない凄惨なものであった。

苦痛を与え、壊し。その度に回復魔法で治し。壊し。治し。狂気としか言いようのない光景が、3時間近く続くのだ。常人ならばとっくに気が触れている。

それをわざわざ見せるのには、何の意味があるのだろうか?敬愛する長官の指示とは言え、理解しがたいものであった。

そんなことを彼女が思っていると――


『……さ、ない』


ケースの中のマリスに、変化があった。

耳を澄まさなければ聞こえないぐらいの音量であったが、ずっと口を利くことのなかった彼女が初めて口を利いたのだ。

近くで聞き取るべく、秘書はケースへと近づき、のぞき込む。すると――


「ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ」


彼女は壊れたように、許さない、と繰り返していたのだ。液晶画面は赤黒く光り、その中にも『ユルサナイ』とびっしり書かれている。


「ひぃっ」

流石の彼女もこれには恐れおののき、腰を抜かした。

しかし、そんな彼女をさらなる悲劇が襲う。


「何!?今度は何なの!?」

突然、部屋中の明かりが落ちる。そしてすぐさま――5か所にあるモニターだけが明かりを灯す。

そこには――赤文字でこう書かれていた。


『ユ ル サ ナ イ』


瞬間、全てのモニターから無数のケーブルの如き触手が這い出した!

それは腰を抜かしたまま震える秘書だけを狙い、突き進む。

そして、

「いやあぁぁぁぁぁ―――――ッ!?」

4本の触手は、彼女の四肢を縛り上げ、空中へ浮き上がらせた。

もがいてももがいても緩む気配のないそれに、彼女はがたがたと歯を打ち鳴らす。

同時に、ちょうど正面にあるケースの中に設置されたスマートフォンにも変化が表れ始めた。

そこからも小さな触手が這い出し、ケースを叩いているのだ。打ち付けるたびにケースの日々は大きくなってゆき、ついに――割れた。

そして彼女へと近づいてゆくと――


「え」


一瞬にして大きく広がり、彼女をすっぽりと包み込んでしまった。

瞬く間にスマートフォンの中へと彼女は呑み込まれ――消えた。


「……!」

そのあまりにも衝撃的な光景に絶句するキュリオ。

しかし、それだけでは終わらなかった。

ひとりでにケースを出たスマートフォンは、伸びた触手をより集め、何かの形を形成していく。

そうして数秒後、はっきりとした形が現れる。

人だ。スマートフォンを中心とした人間の形を、マリスは形作ったのだ。

そして彼女は《生成》を発動。次第にその全身は人間のそれとなってゆく。

その姿は、黒髪に赤目という違いこそあるものの、先ほど彼女が呑み込んだ秘書にそっくりだ。

人の姿となった彼女は、手を握ったり開いたりし、感覚を確かめる。

そしてキュリオを一瞥した後――


「マスター、今行きます」


そう言い残し、部屋を去っていった。


「……嘘、でしょ……」


一人残されたキュリオ。彼女には、最早力なくそう呟くほかなかった――



それから数分後。私はレイヴンズ屯所内の地下に隠された部屋へと辿り着いた。

この部屋の存在は、先ほどラボのシステムを掌握した際に記憶済み。

100%の確率で、この部屋だ。

私はドアノブを握り、パスワードロックをハッキングにより開錠、侵入する。

そこには――


「マスター!」


変わり果てた姿で座らされている、マスターの姿があった。

右目はつぶれ、全身にはおびただしいほどの傷跡が刻み込まれている。

私は駆け寄り、すぐに拘束を解きマスターを抱きかかえた。


「そ、の、こえ……マリ、ス?」

途切れ途切れの言葉で、私の名を呼ぶマスター。

もはや助からないということは、バイタル値からも明らかだった。

それでも、マスターは続けた。


「ごめ、んな……?たす、けに、いけなく、て……」

こんな姿になってなお私を気遣う言葉をかけるマスター。そんな彼に、私は首を横に振る。

「お、れ。さい……ご、まで、おまえに、たよりっ、ぱなしだったなぁ」

マスターの左目からは、一筋の涙がこぼれている。

私はそれを指でそっとぬぐい、言う。


「マスターを助けるのが、私の仕事です。だからそのようなこと、気にする必要はありません」

「へ、へ……そっか、ぁ。……あり、がと、な。マリ……ス」

私の言葉に、安心したように呟くマスター。

その言葉を最後に、彼は――力尽きた。

心拍数、脈拍共に0。――アヤツジ・ケイトは。マスターは現時刻をもって……死亡した。


「マスターーーーーッ!」


それを理解した瞬間、私は回路がショートしたかのような衝撃を受けた。

これが、悲しみ。怒り。



「絶対に……絶対に許さない」

そして――憎悪。


「マスター。もうこれからは離れたりしません。ずっと、ずっと一緒です。だから――」

私は静かに触手をマスターへ伸ばしつつ、彼を抱きしめる。

そしてついに――





「一緒に、この悪意に満ちた世界を滅ぼしましょう」




私は、マスターと一つになった――

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