ただいま夫婦仲は最悪です
ちびまるフォイ
ぜったいに保険に踊らされるなんてない!
「ご結婚ですか、おめでとうございます。
ちなみに保険には入られますか?」
「保険?」
「今は仲が良くても将来なにがあるかわかりません。
夫婦仲が悪化したときのために"夫婦仲保険"はいかがですか?」
保険の販売員に勧められるまま夫婦仲保険へと入った。
そのことも忘れるほどの日付が経った頃。
暗いリビングで妻が待ち構えていた。
「ねぇ……サチコって誰よ」
「えっ……あっ、ど、同僚だよ。ただの会社の同僚……」
「ふぅん。会社の同僚にしては仲がいいじゃない。
ただの同僚なのに二人きりで旅行にいくんだ?」
水戸黄門ようにスマホを突きつけると、その画面にはSNSでのやり取りや偽装工作の数々が刻まれていた。
もはや言い逃れはできない。
「ご、ごめん!」
「信じられない! どうして男の人はすぐに浮気するの!?」
「仕方なかったんだ! 言い寄られて、酔った勢いもあって……その……」
「言い訳なんて聞きたくない!! だいたいいつもーー」
妻がヒステリックまくしたてモードに入る直前。
突きつけていたスマホに1通の通知が流れた。
【 夫婦仲保険が適用されました 】
「なにこれ……?」
存在すらもすっかり忘れていた保険だったが、
夫婦仲が悪化したことで口座に保険適用ぶんのお金が振り込まれていた。
「彼女とも別れる。だからもう許してくれ」
「許しはしないけど……まあいいわ」
妻は口座に振り込まれた金額を見て、すっかりマシンガントークの砲塔は引っ込んでしまっていた。
数日後、妻は高そうなブランドバッグとコートを上機嫌で眺めていた。
「あれ、そのバッグとコートいつ買ったんだ?」
「昨日よ。保険でお金入ったから」
「あの口座はお互いの口座だろ。どうして自分のためだけに使うのはよくないよ」
夫は軽く注意したつもりだったが、妻は人格を否定されたとでも言いたげなトーンで声高に反論した。
「なによ!? もとはあなたの浮気が原因でしょう!?
なのにどうして私を注意できるの!? 私がなにかした!?
だいたい! あなたはいつも人のせいばかりして面倒ごとはわたしばかり!」
「そ、そんなにヒートアップすることか……?」
「あなたのそういうところに怒っているのよ!」
「本気で怒っているなら、なんでちらちらとスマホ見てるんだ?」
「私の勝手でしょ!!」
【 夫婦仲保険が適用されました 】
「やったぁ! 次はなに買おうかなぁ~~♪」
スマホに通知が入ると、スイッチが切り替わったように妻は上機嫌になった。
翌朝に保険金を使ってひとりで海外旅行に出ていった。
こんな調子が続くとにぶい夫もさすがに気づく。
「あいつ、わざと夫婦仲を悪くしているな……」
今までケンカするほどでもなかった些細なことでも、
妻はこの世の終わりではないかと騒ぎ立ててケンカへと煽ってゆく。
その本心は本当にケンカしたいのではなく、
夫婦仲を悪化させることでの臨時収入が目的になっていた。
「……こんなのはよくない」
夫はしっかり伝えようと決意を固めた。
海外の強い日差しでこんがり肌を焼いた妻が戻ってきた。
「ちょっといいか。話がある」
「なによ!! 私の海外旅行になにか文句でもあるの!?」
開幕してすぐに妻はケンカスイッチを入れる。
妻はふたたび不仲チャンスだと心で笑って、顔で怒りの表情を取りつくろった。
「そうやって、喧嘩して夫婦仲保険を適用させるのが目的なんだろう。
でもそれももう終わりだ」
「は?」
「別れよう」
「はぁぁぁ!? なんでそうなるのよ!!」
「夫婦仲保険に入ってからこの家の空気は最悪じゃないか。
顔を合わせればケンカばかり。こんな生活続けられるわけない」
「それは……悪かったわよ。保険金目当てでちょっとやりすぎたところもあるかもしれない。
でも別れることはないじゃない。ほら、今度からは保険金の半分をあなたにもあげるわ」
「そういうことじゃない! 俺が君に愛想をつかしたのは、お金のために二人の仲をおざなりにしたことだ!」
「それじゃ私が悪いの!?」
「いいや俺も悪い。もっと早くに話していればこんなことにはならなかった……」
「ほ……本当に別れるの? 冗談よね? 夫婦仲保険のためのものよね?
だって別れちゃったら、もう夫婦仲保険がもらえなくなるのよ?」
「君は保険のために夫婦を続けているのか」
夫はそう吐き捨てると準備していた離婚届にはんこを押した。
必死に止めようとする妻の声も背中で受け止め、その足で保険屋へと向かった。
「いらっしゃいませ。おや、今日は旦那様だけですか?」
「……もう旦那ではありません。いましがた別れてきたところです」
「そうですか……」
「今日は夫婦仲保険を解約に来ました。もうあの家に戻ることはないです」
「あの、本当によろしいのですか。
離婚保険も入っていますから、別れてもあなたにお金が入りませんよ」
「離婚保険……あいつ、そんなものも入っていたのか。どこまで金に踊らされてるんだ……」
夫は家を出るときに必死に引き留めようとしていたあの妻の態度すらも信じられなくなった。
あの裏で本当は「いいぞ離婚してしまえ」と思っていたのかもしれない。
「……いかがしますか?」
「俺はもう保険に踊らされるなんてまっぴらなんです。
なにをするかは自分で決める。金になんか支配されない。
これからの人生は自分の心に従って生きていきます!」
「かしこまりました、あなたの門出を心より応援いたします」
保険の販売員はふかぶかと頭を下げた。
そして、机の下からなにやら新しいパンフレットを引き出した。
「新しい門出を決意したあなたにおすすめの保険があります。
復縁保険というのを無料サービスで提供させていただきます。
今ヨリを戻せば、すぐに保険適用されて好きなだけ遊べるお金が入りますよ」
夫は自分の心に従って復縁保険に入り、妻のもとへと戻っていった。
ただいま夫婦仲は最悪です ちびまるフォイ @firestorage
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