二人で一人の姉妹

くるみ

二人で一人

 僕には女子の双子の幼馴染がいる。

 その双子の妹・小野沢皐月に連れられて市内の病院に向かっていた。

 小野沢皐月。

 茶髪のボブカット。クリッとした瞳。胸は平凡だが、女性の平均身長から繰り出させる容姿は小動物の可愛さに負けず劣らず絶大な魅力を放っている。さらに髪飾りとして付けている三日月のヘアアクセサリー。それこそが最も彼女を象徴するトレードマークだ。

 しかし彼女の性格は外見と相反し──。


「最近姉の方は学校に登校してないみたいだけど、大丈夫そうなのか?」

「うん。最近は落ち着いてきたみたいだから、そろそろ退院するみたいだよ」

「なら安心だな」

「夕陽はほんと紫苑の事好きだよね。いっそのこと付き合えば?」

「お前がいるだろ?」

「急に気持ち悪いこと言うなぁ!」


 皐月の右足タイキックが尻に直撃し、僕は地面に膝を着いて倒れ込んだ。

 とにかく暴力的な反抗心剥き出しの少女である。


「ふつーに痛いんですけど! 冗談だって分からないのか⁉︎」

「ふん! そんなの分かってるわよ! ほら、さっさと立ちなさい!」


 皐月は肩に乗っかりそうな茶髪を揺らしながら僕に背中を向け、早足で歩き始めた。

 僕が女に手を出さないのを良いことにいつも好き放題しやがって。流石にもう我慢ならん。明日ぐらいにでも絶対あいつの苦手な物で地獄に叩き込んでやる。

 必ず実行すると心に誓うと、僕は痛みが残る身体を持ち上げて彼女の後を追った。


 ***


「先行ってて。私お手洗い行ってくる」

「りょーかい」


 僕は皐月とトイレ前で別れ、とある病室に足を運んだ。二回叩いてドアを開けると、そこにはベッドの上で座りながら佇む双子の姉・小野沢紫苑の姿があった。

 小野沢紫苑。

 茶髪のロングストレート。双子なのだから当然かもしれないが、髪型以外の外見はほぼ同一人物。綺麗に纏まった顔立ちと白く透けている肌。ただ異なる点としては髪型、それから髪留めで使用している『紫苑』という花の髪飾り。そのため両者を見分けるにはその二点で判断するのが手っ取り早いと学校では言われている。


「あれ? 夕陽くん?」

「なにその異物を見たみたいな反応は。僕が邪魔なら今から帰ろうか」

「ううん全然そんなことないよ。突然だったら驚いちゃった。……久しぶりだね」

「そうだな」


 嬉しそうに笑う紫苑の様子を見て、胸の奥にあった不安が微かに消えた。


「皐月ちゃんは?」


 会話を続けながら僕はベッド横にある椅子に腰を下ろす。


「今トイレ行ってる」

「そっか。……ねぇ知ってる? あの子、毎日私の見舞いに来てるんだよ?」

「ホームルームが終わったらすぐ教室出てるからな。ある程度は想像してたさ」


 昔からそうだった。双子の姉を第一優先。病気とか以前の話に彼女はとにかく紫苑が大好きで堪らないのだ。何処に行くにも姉の背中を追いかけ、そしていつの間にか追い抜かしてしまったけれど、皐月はどんな状況であっても後退して隣に立ち続けていた。誰もが想像するような双子の絆が確かにあった。


「それで夕陽くん、私の妹との関係に何か進展はあったのかな?」

「何もない。尻を蹴られる関係のままだ」

「相変わらずだね。まぁそれもそれでどうかと思うよ」


 側から見たらそうなのかもしれないが、僕はあの痛みを愛だと思っている。幼馴染だから見せられる素顔が表面的に現れ、口喧嘩の後に毎回暴力を振るわれる。次第に痛みにも慣れてしまった。


「でもそうなんだ。私嬉しい」


 紫苑はほっと肩を撫で下ろすと同時に、どこか儚さと寂しさを含んだ表情が顔を覆う。


「皐月ちゃんはさ、私の身体がこうなった原因は自分にあるって思ってるらしいんだよね。だからいつまでも私に構って自分のやりたいことを後回し。ほんと、姉らしいことを一つもしてあげられなくて申し訳ない限りだよ」

「それは違うぞ。あいつはただお前が大好きだから側にいるだけだと思うぜ? お前みたいにそこまで回るほど頭良くない」

「紫苑入るよ〜」


 トイレで用事を済ませた皐月がやっと病室に訪れた。


「二人ともなんの話してたの?」

「皐月ちゃんが泣いてた思い出話だよ」

「なんでそんな話してるのよ!」


 その後、僕たちは色んな話題を持ち上げながら和気藹々と会話した。学校での出来事、互いの家族に関する面白話、僕と皐月のいざこざなど、絶えず途切れないほど充実した時間を過ごした。


「ちょっと飲み物買ってくる」


 一つの区切りがついたのを見計らって僕は椅子から立った。


「夕陽私オレンジジュースで」

「へいへい」


 当然のように命令する皐月。僕は今更反抗心を剥き出しにしなかった。慣れてしまったと言うべきなのか。彼女の暴君に定評がある。高い物ならまだしも、ジュースくらいなら変な体力を使うよりかはマシだ。

 紫苑の病室を出て、階段付近にある自動販売機に移動した。小銭を入れ、コーヒーとオレンジジュースを購入する。バタンといって落ちてきた。ガードを退けて手に入れた缶とペットボトルはひんやりしている。その冷たさを損なわないように僕は急いで病室に向かった。


「紫苑それ本気で言ってるの⁉︎」


 扉に手を掛けようとした瞬間、皐月の激怒の声音が聞こえた。恐る恐るドアを少し開けると、皐月が紫苑の目の前で立ち上がり、拳を握り締めている。


「本気だよ。私は夕陽くんには告らない」


 紫苑のその言葉だけで、二人が何を言い争ってるのかをある程度想像出来てしまった。


「どうして、どうしてなの。私は紫苑に何もかももらい過ぎてるのに……」

「そんなことないよ。身体は悪いけど頭が良い私と、運動神経は良いけどちょっとドジな皐月ちゃん。互いに分け合ってる。双子の宿命なんだよ」

「それでも私は……⁉︎」


 皐月の瞳が潤い、頬に水滴が伝わる。


「皐月は夕陽くんのこと好きなんだよね?」


 紫苑は姉らしく全てを見透かしたような優しい微笑みで問いかけた。


「うん。ずっと昔から好き。でもそれは紫苑も同じでしょ?」

「だからこそだよ。皐月ちゃんなら任せられる」


 僕は目と耳を疑った。幼い頃から関わっていたのに、こんな衝撃的な場面は初めてだった。思いたる節はあったけれど、てっきり一方通行の恋だと思っていた。昔からずっと紫苑と皐月のことが好きだった。何でも相談に乗ってくれる優しい紫苑、辛いことも忘れてしまうほど一緒にいるととにかく楽しい皐月。この想いが恋と気付いたのは最近だが、気持ちが変わったことなんて一度もない。


「私いつこの世から居なくなってもおかしくない。私じゃ彼を幸せに出来ないよ」


「……そんなの分からないじゃん」


 皐月は涙を一層溢れ出し、目一杯に鼻を啜る。


「夕陽くんはどう思う?」


「気付いてたのか」


 というか、扉と向き合っている状態だからそりぁそうか。

 大人しくドアを開け、僕は彼女らの元へ歩み寄る。そして両手を組んで仁王立ち、堂々と爆弾発言した。


「話は聞かせてもらった。よし、僕たち三人で付き合おう。二股だ」

「「はい?」」


 双子らしく同時に間抜けた声が病室に響く。


「とりあえずその前に私言ったよね? 私はあなたを幸せに出来ない。こんな身体なんだよ? どこへ行くにしても迷惑になるのは目に見えてる」

「だからなんだよ。迷惑を掛けない人間はそもそもこの世にいない。それに僕は紫苑に何かを求めてるわけじゃないんだぜ? ただ隣にいてくれるだけでいい。そのくらい紫苑のことが好きなんだ。文句は一切受け付けない。実際、僕は二人のことに恋しているし、二人は僕のことを恋している。特に問題はない」


 誰も傷付けずに済む最高の解決策である。


「あんたこんな時に何言ってんのよ!」


 涙を薙ぎ払って皐月は血管が浮き出るほど握った拳で僕を襲い掛かる。咄嗟に両手で防ぎ切るが、その勢いは時間とともに威力を増していく。


「こんな時だからこそだろ! もしかして嫉妬か? 安心しろ。平等に二人を愛し、そして幸せにする覚悟がある。有言実行。それが僕のポリシーだ。今から両親の挨拶をしましても良いくらいには本気だよ!」

「──私なんかでいいのかな」


 その最中、僕たちが見てないところで紫苑の頬には涙が滴れていた。

 いつも年上のように振る舞い、凛としていた雰囲気は消えている。代わりに昔の彼女の笑顔が戻ってきたかのように満面の笑みだった。

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