奇々探偵団!

藍空ミリ

ドキッ!猫だらけの怪洋館

 霜の降りる十二月。


 わたしは、路地裏の細いあぜ道を、あちこちから飛び出した枝を手で払いながら、さながらレンジャーのように歩いていた。 


 今年の京都は異常気象だと、今朝のニュースで報じられていたが、こんなに雪が降り積もった景色は見たことがなかった。


 探偵日誌を書きはじめたのも、あの日だ。


 世間はクリスマス、女子高生が、こんな悪路を泥まみれになりながら歩いているなんて異常でしかない。


 そこら中が霜だらけで、乱立した柳の枝が、砂糖のかかった甘い砂糖菓子に見えて唾液が出る。


 ピチャと肩に冷たいモノが落ちたときには、胸がドキッとしたが、見ると、高い場所に生えた柳の葉から水が落ちただけだった。


 そもそも、待遇が悪すぎる。


 電話面接の時に『我が探偵団のワトスンと呼び声高い、最高の人材を相棒につけたので、安心してください!』なんて言うから、どんなエリート探偵が来るかと思えば---。


 足元を歩く黒猫に目をやると、黒猫はニヤァと、こちらを見上げて笑った。


『あにゃまる探偵』かよ!


 あにゃまる探偵なら黒猫でもなんとかなるかもしれないが、現実の探偵にそんなふざけたことが通用する筈もない。


 バイトとはいえ、探偵事務所なのだから、多少の無理難題は致し方ないと覚悟はしていたが、相棒が猫一匹だけなんて、ちゃんちゃらおかしい。


 無事帰れたら、訴えてやる。


「クソッタレ!」


 思わず声が出た。思わず、思いがけずに。


 極度の不満とストレスに身体が耐えきれず、穴の空いたゴム風船が如く、不満が漏れ出した。


 こんなことを続けていたら、一生に一度、理想の女子高生青春ライフが台無しだ。


「Sランクの依頼なんか取ったのはキミだろ?」


 黒猫は肩をすくめていうと、わたしが何かいい返すまでにビシッと腕で制した。


「団長の『地獄耳』で、大声出すと聞こえるよ?」


 学生の勘が、わたしにいっている。このままこの探偵事務所でバイトしていてもこの先ろくな目に遭わないと。


「わたしが選んだのは『飼い猫探し』を引き受けるだけの簡単な依頼でしょ?なんで新人探偵のわたしがこんな悪路を延々歩かなきゃいけないのよ?」


 わたしが喚くと、黒猫は慌てて「声!」といいながら、こちらをキッと睨みつけた。


「だから、キミが間違えたんだ。奇々探偵団に、『飼い猫探し』なんていう、ちゃちな依頼が来るワケないだろ? 2年前に街中の飼い猫を誘拐した怪人『猫伯爵ねこはくしゃく』から猫たちを奪還する大仕事なのに、キミったら」


 黒猫はさらに口をパクパクと動かした。

「キミが間違えてS級クラスの依頼リストから申請したら、相棒のぼくはついて行くしかないじゃないか。おっぱいはぺたんこのくせに度胸だけはムダにあるんだな」


 そりゃ、学生だし。


「悪かったわね」


 真面目に返すと、黒猫は「はぁ?」と声を出してツバを飛ばしながら口早にガーと怒り始めた。


「いや、ツッコメよ!『おっぱいがぺたんこ』と『度胸』をかけた崇高なギャグにッ。ぼくがただ、セクハラしたみたいになるだろ」


 本当、めんどくさい。


「セクハラチカンって名前だっけ?」


 セクハラとか、正直どうだっていい。


 さっさと『猫伯爵』とかいう怪人をやっつけて...

「『マンチカン』だっていってるだろ!血統書付き!チカン...あ、ほらぁ!!マンチカンって言葉も卑猥ひわいに聞こえてくる!」


 テキトーに返したのに、突っ込んでくる黒猫なんて面倒くささの極みだ...もう、いい。


「はい、はい」


 そうこうしているうちに、生垣を抜け、大きな洋館についた。


 団長から電話で「伯爵はアホだから侵入は容易いだろう」と聞いていたとおり、門に鍵はかかっていなかった。


 りっぱなかんぬきはあるのに。使い方がわからないらしい。


 門を抜けのんびり歩いていると、遠くに、立派なヨーロッパ建築の建物が見えた。


「ねぇ。団長って、猫伯爵のこと知ってるの?」 


 ふと疑問に思って聞くと、黒猫はグルグルと唸りながら、少し考えたあと、口を開いた。


「さあ、どうだろうね。奇々探偵事務所ききたんていじむしょって、元々団長が、妖怪に関する事件譚じけんたんを集め始めたことから始まった探偵事務所なんだよね。だから、名前と性格くらい知っていても不思議はないと思うよ」


 奇々探偵団の歴史まで聞く気はなかったが、どうにも『猫伯爵』をアホ呼ばわりしているような団長が、伯爵と無関係とは思えない。 


 わたしは「うーん」と唸りながら、探偵っぽく、首を傾げた。


「そうかなぁ」


「何が言いたいのさ?」


 黒猫は関心がないかのように、前だけを見てヒタヒタと歩いていたが、わたしは、黒猫の黒ツヤのある背中を睨んだ。


「絶対、胡散臭い」


『猫伯爵の洋館』は、遠くから眺めるほどには、あまり広く無さそうだった。


 入り口に立っているタキシード姿の黒猫がニャンと鳴くと、ウェイトレスの格好をしたネコが、トコトコやってきた。ご丁寧に紺色こんいろのネクタイまでつけている。


 わたしはなんだか変なものを見ている気分になって、思わず視線を床に移した。


「おやぁ?人間のお客なんて2年ぶりですにゃあ」


 ウェイトレス姿のネコは、わたしを舐めるように見たあと、首を傾げ「伯爵様も物好きなお方だ」と呟き、トコトコとウェイトレスの仕事に戻った。


 ウェイトレス猫の案内で席につくと、多様な種類のネコたちが豪勢な料理を囲んで食事に勤しんでいるのが目に入った。まさに『猫の宴』だ。  


 身体を捻って、隣のテーブルに目を移すと、カテリーナの夫婦がワインを飲んでいた。


「メニューになります」


 ウェイトレス猫はそういって、懐から小さく折り畳まれた羊皮紙を取り出し、テーブルの上にサッと置くと、そそくさと帰っていった。


「ねぇ、わたしバカにされてない?」


 カテリーナの夫婦が、こちらを見ながら談笑するのが見え、わたしはたまらず、黒猫にきいた。


「うん。かなり」


 黒猫は目だけをキョロキョロさせながら答えると

メニューを見ているふりを始めた。


「帰っていい?」


 正直、もうこんな場所にいるのは耐えきれない。猫が二足歩行しているだけで君が悪いのに、猫からバカにされるなんて、ゾッとする。


「いやいや。ダメでしょ・・・まあ、ぼくら仕事で来たとはいえ、洋館レストランの予約はちゃんと、とったんだからさ。イライラするよか、なんか料理でも食べたら?」


 黒猫はそういうと、わたしに向けて、折り畳まれたメニューをシュッと滑らせた。


「・・・そっか」


 ウェイトレス猫が置いていったメニューを開くと、何やら、わたしには見覚えのない名前がズラッと並んでいた。


『ネズミの尾揚げ』『木天蓼またたび原木』『木天蓼またたび風ジェラート』


 わたしがグロテスクな料理に目を通していると、

となりのチシャ猫が、クスクスと笑った。


「猫たちは幸せそうだね」


 黒猫が、突然、ほとんど無意識につぶやいた。 


「飼い主は、飼い猫がいなくて困ってるかもしれないけれど、猫たちにとっては、今のままがいいかもしれないよ」


 わたしは、黒猫の同情を求めるような視線に思わず目を逸らした。 


 メニュー越しでも、黒猫の強い視線をジリジリと感じ、わたしは落ち着かない気持ちになった。


 急に、突発的にそんなことをいうなんて、どう考えてもおかしい。きっと、『猫伯爵』操っているに決まっている。


「ねぇ、大丈夫---」


 わたしが口を開きかけた瞬間、急にあたりが黄色に染まったかと思うと、濃いスモークの中から白いスーツにシルクハットをまとった、脚長で長身の男が現れた。


 まるで、そう。サーカス団の魔術師のようだ。


「あれだよ!猫伯爵だ」


 黒猫がすっかり興奮したように、わたしの服の袖をぐいぐい引っ張る。


 周囲の猫達も、感嘆に喘いだ。


 明らかに、黒猫の情緒が、さっきから怪しい。


 ハーメルンの笛吹男を思い出しそうになり、わたしは慌ててその考えを振り払った。『ハーメルンの笛吹男』は、子どもを無下に扱ったオトナに天罰が下った話だ。


 その道理でいくと、猫たちをさらった伯爵の方が正義になってしまう。どんな動機であれ、他人から何かを奪っていいはずはない。


 『猫伯爵』と呼ばれた長身の男は、自分を感嘆の目で見上げる猫衆を見つめ、そっとシルクハットを脱ぐと、近くのウェイトレス猫に渡した。


「猫の衆。楽しんでいるところすまない」


 伯爵の目がギラリと光った。


「どうやら、招かれざる客がいるようだ」  


 チャペルのように光で満たされたホールで、グッと猫の手を象ったの影が、わたしと黒猫へ伸びた。


 アッという間に襟首をつかまれ、わたしは、引き寄せられるまま宙吊りにされてしまった。


 シャツからお腹がでて、スースーする。


 伯爵とわたしのいる場所だけをスポットライトがガチャッと照らした。


 洋館レストランで食事に勤しむ猫たちの黄色い目が、こちらを見ようと暗闇でギラギラと光る。


 まるで、ディナーショーを楽しむ観客のように。


「私は昔からネコが好きだった」


 伯爵が憂いを含んだ目で、宙吊りになった私の顔を覗き込んだ。


「私は純粋な大学生だった。流行病はやりやまいがあったので、休暇ができて、私は猫カフェなる場所へ働きに行ったんだ。知ってるだろう?かわいいネコたちを保護し、ネコたちが自立して生きるチャンスを提供する。なんと素晴らしい施設じゃないか」


「痛っ」


 伯爵が私を掴んでいた影の手を離したので、わたしは自由落下的に、床に肩から落ちてしまった。


 すぐに身体を起こしキッと伯爵を睨んだが、伯爵の目は、すでに自らを尊敬の眼差しで見上げる猫客たちを見つめていた。


「私のかわいい猫たち・・・今こそ真実を知り、目を覚ますのだ」


 わたしの脳裏に、これから伯爵が口にする言葉がよぎった。


「ダメッ!」


「連中は、ネコたちを保護するどころか、客に怪我をさせたからと餌を与えず、死んだ猫たちを埋葬することなく、廃棄処分と宣い汚れた生ゴミのようにぞんざいに扱っていたのだ!」


 遅かった。


 丸く輝いていた猫たちの目が、一瞬にして、縦にグッと細く尖る。とたん、一匹の猫がニャアと甲高く鳴き、呼応するように周囲の猫たちも鋭く声をあげ始めた。


「だからってこんなやり方、間違いだ!」


 黒猫が声を上げた瞬間、鋭く叫んでいた猫たちがに鳴き止み、何事かと、一斉に黒猫を見た。一匹だけ反抗的な猫に、周囲の猫は驚いているようだ。


 伯爵は、黒猫にツカツカと近づくと、白いシルクハットをクイッと上げ、まじまじと黒猫を見た。


「キミは『探偵団』のネコだね?なぜかって?人語を流暢りゅうちょうに話すネコなんてそうはいないからさ。私はキミを責めるつもりはない。キミは、大切に扱われているから、わからないだけだ」


 伯爵は哀れみに満ちた声で、いった。


「世の中、キミのように幸せな猫ばかりじゃない。ナチスの話は知ってるだろう?人間をガス室に入れて殺す...本当に、悲しいことだ。だが、猫や他の生き物になら同じことをしてもいいのか?否、そんなハズはない」


 猫たちは伯爵に呼応するように『にゃー』と一斉に鳴きはじめ段々大きくなり、耳鳴りのようなキーンとする音に変わっていった。


 わたしはとっさに、伯爵の側にいたウェイトレス姿のネコからトレイをひったくり、スカートのポケットから取り出した木天蓼マタタビを乗せて猫の群れへ放り投げた。


「おい、待てッ」


 伯爵の声も虚しく、ネコたちは次々押寄せる津波のように木天蓼に向かって一斉に飛びついた。


 にゃーにゃーというけたたましい猫の声と、食器の割れるガシャンッという音だけが洋館に響く。


 伯爵は、しばらくもがいたが、やがて、諦めたように人波ならぬ、猫波に沈んでいった。


「合格だ。キミなら『探偵団』の---」


 あとは、猫の声に埋もれて聞き取れなかった。

 天井から漆器の装飾が、次々と崩れ落ちてくる。

 どうやら、洋館の天井に、豪華に飾られていた『狛猫』が崩れたらしい。


 腕スレスレを漆器のカケラが擦り、シャツの袖を引き裂さいた。


 雷鳴のような音が鳴り終えた時、すでにそこには何もなかった。あの立派な洋館は煉瓦どころか破片すらなく、まさに『煙のように』消えてしまった。


 すべてが、幻だったかのように。


 振り返ると、黒猫がどこか嬉しげに、トコトコと帰路についていた。


 わたしは「もういいの?」と、あぜ道の小石につまづきながら黒猫の後ろを追いかけた。


 伯爵を捕まえることもできていないことを考えると、もう少しの残って、あたりの様子をじっくり、見張っても良さそうなものだけど。


 こんな、漫画ないしラノベみたいな最期を迎える敵なんて現実にいるわけはないのだから。


「キミって、意外に仕事熱心なんだな。アリを見てみなよ、サボり方が上手いから、あんな小さくても仕事効率の良さは生き物随一だろ?もう少し、気を抜いて仕事しなきゃダメだよ」


 つまるところ、わたしはアリ以下だと。だけど、ダメだ。疲れすぎて言い返す気にもならない。


 それを悟ったのか、黒猫は「ふふん」とムカつく表情でこちらをみた。動物虐待になってもいいから

とっちめて、しこたまぶん殴ってやりたい。


「今日は、もう帰るよ...あした奇々探偵事務所へ、報告に行こうか。もう10時過ぎだし、それに、ボクは、暇なキミと違って、これから『大猫様』の談義にいくからね」


 わたしが口を開くより先に、黒猫は「いつかキミも一緒に来るといいよ」といい、クワッと、伸びをした。


 これから、奇々探偵団での生活が始まるんだ。


 正直、今日みたいな日が、これから毎日のように続くなんて、とても信じられない。


 辞職しようかな。


 外灯に備えつけられた時計をみると、午後10時30分を指していた。


 もうすぐ、終電だ。京都駅へは、2駅乗らなきゃ着かないから、急がないと。


 「もう、起きないといいな。事件」







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