夜更けを待つ停留所

紙飛行機

第1話 きれいな想い出

 五年以上前、とある外国の街に行ったことがある。夕暮れ時に宿をとった場所から少し離れたところにいい呑み屋を見つけ、地元の酒と小皿で出される様々な料理を楽しんだ。ほろ酔い気分で呑み屋を後に、改めて街を見渡してみた。派手な色でギラギラと光るネオンの電装看板、唸る発電機を横に煌々と照らされた電球の下で果物の入ったアイスクリームを売る露店商、原付バイクを二人乗りで家路に急ぐのであろう若者たち。どれも日本にはない賑やかさや慌ただしさを漂わせている。行ったころが無かった場所への刺激に加えて、その場所に日本で歩くように地に足をつけて歩ける解放感に僕は心の中で小躍りをしたものだ。視界に入ったものすべてが物珍しく、そのすべてに興味がそそられた。

 僕はふと時計を見ながら、近くのバス停で泊る宿がある場所まで行くバスがあるかをチェックした。数分後、マイクロバスがやってきて、ここで降りる乗客を数人降ろした後、僕はバスの入り口から運転手に向かって拙い英語で宿の場所を伝え、この近辺には行くかと尋ねた。すると運転手は、「近くには行くよ。乗るんなら料金は前払いだ」と気さくに答えた。僕は運賃を払いそのバスに乗ることにした。僕が後方の窓側席へ腰を下ろした後、エンジンが唸りバスが動き始めた。その時の緊張感と言ったらどうだろう。泊っている宿の近くまで行くとは聞いているものの、それが果たして本当がどうかはわからないのだ。聞き違いがあるかもしれないし、意地悪な解釈をすれば、その運転士が嘘を言っている可能性だってある。だが僕を含めて六人程を乗せたバスは繁華街を抜け、走り始める。窓の外は真っ暗だから、どんな場所を走っているかもわからないし、それこそ違う場所を走られてしまっては無事に宿へ帰られないかもしれない。そんな不安を他所に僕はわくわくしていた。自分のことを誰一人知らない街で別の場所に着いたらという気持ちがスリルになり、暗がりの中流れる景色がより気分を高めてくれる。窓の隙間から風と共に入る対向車のクラクション音、道の途中で野菜や果物を売る店、バイクを修理している店などが暗がりの中に一つ一つの光として窓のキャンバスに線を描くのだ。その土地の言語も挨拶ぐらいしか知らない。英語だってたどたどしい日常会話が精一杯だ。だからこそこの夜のバスは楽しいのかもしれない。僕はそのまま無事、宿に到着し、その国のテレビ放送を眺めながら、今日の冒険の余韻に浸るのだ。

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