誰の部屋

林としや

第1話

「みんな相変わらずだぜ」

 もう何時間こうして向かい合っているのだろう。大学のゼミからの友人であるヒデは酒で真っ赤になった表情でオーバーに言った。

「何回同じ話すんだよ」と僕はツッコミを入れた。酔ったこの男はこうして釘を刺さないと何度だって同じ話をする。僕は旧知の中だからいいものの、社会人になったいまも多くの人に迷惑をかけているに違いない。

「これはオマエにはまだ話してないんだって」

 全く信用ならない言い草に口を挟もうとしたけれど、ヒデは畳み掛けた。

「ユミは結婚したらしい」

「へえ」

それは知ってる。

「ジュンヤはまた彼女さんに浮気バレたらしい」

「ほー、それは知らなかったわ」

 反応の薄い僕をよそに、ヒデは薄いハイボールをあおりながら、どうでもいい旧友の近況を熱く語っている。

「そう言えばトモアキがさ・・・」

 繰り広げられる無駄話の嵐をやり過ごしながら、僕は大してうまくもないツマミをアテに深く酔っていく。これが僕とヒデが催す、月に一度の定期飲み会の全貌だ。定例会と称して、社会の不満を少しばかり晴らして解散する、誰だってやっている飲み会。

「したら帰るか」

「おう」

 どちらともなく終了するのはいつものことだった。そもそもがお互い言いたいことを言い合うだけの会なので、どんな終わり方だろうとお互い気にもしちゃいない。僕らは席を立ち、いつもの通り割り勘で会計を済ませると寒空の下を歩き始めた。

「寒いな」

上着のポケットに手を突っ込んで体にぎゅっと巻きつけながらヒデはそう呟いた。

「悪いな、いつも」

 そう僕が言ったのは、ヒデがいつもこの定例会を僕の最寄り駅で開催してくれていたから。

「気にすんなよ、そんなこと」

 本当に気にも留めてもいない様子で、ヒデはスタスタと先を歩いた。駅に向かう道すがら、住宅街に差し掛かった頃にヒデが唐突に振り返って口を開いた。

「そういや、オマエまだあそこに住んでんの?」

「ん?ああ」

 僕は今住んでいるアパートに学生の頃から住み続けている。

「俺の同僚もこの辺に住んでるんだけどさ」

「へえ」

「そいつが最近物騒なんだってこぼしてたけどほんと?」

「物騒?」

 そんな話、聞いたこともない。

「なんか空き巣が増えたって言ってたんだけど。そいつのすぐ隣のアパートも被害にあったみたいだぞ」

 そういえば確かにそんな注意勧告のビラが郵便受けに入っていたような気もする。

「でも、うちに入っても盗むようなもんはねえよ」

「だろうな」

 僕は間髪入れずに失礼なヒデの頭を叩いた。

「いてえな」

 笑いながらヒデが振り向いた。不意に学生だったあの頃に戻った気がした。

「もう学生じゃねえんだから引っ越せよ、いい加減」

 駅に着いて改札を抜けるときにヒデは言った。

「余計なお世話だよ」

 僕はそのままくるりと後ろを向くと、自宅へと向かった。背後からまたなー、と呑気な声が聞こえたから振り返らずに僕は腕を高くあげて中指を立てた。あの頃と同じように。

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