詠う世界

万葉小町

第一話 帰還

 暖かい色 もう夢も見なくなって久しい

 何もないから

 さまよう 彷徨う さまよう

 行きつく ぽたりと落ちる音

 廻りが騒がしい 

 とても居心地がいいんだ起こさないでくれ

 何か気になる・・・気になるけど

 今は昏睡っていたいんだ・・・。


 花はかご~

 あふれて~ あふれて~♩

 花はかご~

 絨毯に~ あふれて~♪

 心はいま

 ゆか一面に~♬


 ふと


 遠い歌に目を覚ます

 ふと影が伸びる

 いつの間にかその詩が気になって立ち上がっていたようだ。


 ズキン ズキン


「今日は何かをする日だったような気がするな・・・」


「もう何寝ぼけてるのよ~あぁ~もう袴が汚れてるじゃない!」

 寝ぼけ頭で考えていると声が飛び込んできた。


「もう!じっちゃんお花を摘みに来たのに勝手に寝ちゃって守ってくれるんじゃなかったの?」


 じっちゃんとは僕のことだ冬嗣とうじからでたあだ名である。

 まあ気に入っている。

 姉さん本人は『とおちゃん』か『じっちゃん』で迷ったようだが。

 今声を張り上げているのは僕のお姉さんの詩だ。

 裁縫が得意で詩がこしらえた服を汚したりした日には痛い目を見る

 気を付けなければ・・・うん。うん。


「何うなずいてんのよ!」

 というもっともな突込みが入ったしかし計算済みだ。


 僕たちはここ桂村の隣村撫子なでしこ村にある国学の学生だ。

 文章道・武道・座道・算術道・仙術道の伍道に志している。


 今日は日本晴れ・・・休みなので姉さんと桂村の離れの花畑に遊びに来た。


 ズキン ズキン


 今日はよく痛むな‥‥

「じっちゃんだいじょうぶ?」

 昔から僕は体の何処とは分からない不思議な痛みに襲われている。

 頭のような気もするし胸・足・手のような気もする。

 医者にも見てもらったが分からなかった。

 でも体は動くしいいかなって感じだ。それにしても今日はひどい。


「ああ、大丈夫だよ姉さん。」

「姉さんじゃないでしょ詩って呼ぶように言ってるでしょ!」


 姉さんは姉さんと呼ばれるのを嫌う名前で呼ばないと機嫌が悪くなる。


「こっちは敬意を表してるだけなんだけどなー・・・」


 と言いたいところをぐっと飲みこむ。

 さっきの居眠りの件と言いこれ以上怒らせるとまずい。


「ねえじっちゃんもうそろそろ日も落ちるし帰えるわよ、帰りは私を守ってよね」


 二人並びながら帰る。

 僕の頬にはなぜか涙が流れていた…。

 何か忘れた気がするからか、移り変わる景色の感傷に浸ったからなのかは分からない。

 でもきっとここから始まるんだと思った。


 気持ちが少しだけ、いや少しづつ少しづつ強くなっていく気がした。

 獣が出るかもしれない詩を守らないと・・・

 でもきっと詩はもっと大きな力でもっと前から僕を守っていてくれているような気がした。


 

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