義眼ってなーに?
さっきからナチュラルに登場する「義眼」というワードについて、耳馴染みのない読者も多かろうと思う。あまり日常会話で頻出するような単語でもないしね。
なのでここで、軽く義眼について解説しておこうと思う。
さて、とはいえ字面で察せられると思うが、つまり義眼というのは人工的に作られた眼球のことだ。義手や義足の仲間である。
人工的に作られた眼球、という字面だと、ブレードランナーのアレみたいなのを想像する方もいらっしゃるかもしれないが、残念ながら現在の科学力ないし医学力ではカメラを内蔵して脳直で映像を入力できるようなSFチックなものは作れない。そういう研究がされているという話は聞くことがあるが、きっと実用化されるのはずっと先のことだろう。
実際の義眼は、もっとこう、ちゃっちいものである。
義眼には何種類かタイプがあるが、どれも大体は樹脂製で、薄いお椀のような形状をしている。要するに、がらんどうになった眼窩にはめ込んで形状と見栄えを保てればいいので、球である必要はないわけだ。いわば、フタのようなものである。
目のサイズというのは個々人で違うので、だいたいはオーダーメイドということになる。
そして、このエッセーを執筆する最大の動機となった個人的重大事件というのは、この義眼に端を発している。
前項で述べた通り、無いほうの目は瞬きをしなくなるから、筋肉が衰えて顔の形が変わる。僕のように眼球をそんぐり全摘した患者は、摘出手術と同時に義眼台というものを形成する。義眼というのは大体、上瞼と下瞼に作った義眼台に引っ掛けて固定しているのだが、所詮は肉の台なので減ってしまうのだ。と、眼医者は言っていた。
ともあれ、これが減ってしまうと義眼がひっかけられなくなってしまい、ポロリもあるヨ!状態になってしまうのだ。こんなにうれしくないポロリが他に在ろうか。いやない。
果たして、私の義眼台も順調に目減りし、ついに義眼をひっかけられなくなってしまった。
もう本当にぽろっぽろ義眼が落ちるのだ。一回危うく銭湯の排水溝に流しそうになってしまって、血の気が引いた。そんなわけで、私は行きつけの大学病院に予約を入れたのだが……。
前述の通り、義眼というのは個々人にあわせた調整が必要な一点もので、作ることができる職人も限られているのか、金沢の大学病院に出入りしているのは月に一回東京から出てくるのみだという。
折り悪く世はCOVID-19暗黒時代。緊急事態宣言発令中の東京からは職人も出てこられず、ひと月延びふた月延びで、結局最初の予約から半年もずれ込んでしまったのである。
いや、まあそれは良い。仕方ない事だ。病院に落ち度はない。問題が浮上したのは、遂に半年待った義眼外来を受診した日である。
くどいようだが、前述のとおり義眼というのは、個々人にあわせてオーダーメイドされる。オーダーメイドというのはつまり大量生産できるものではないということで。
――つまりその、お値段がかさむのだ。
私ははるばる東京からやってきた職人(なんと現行の私の義眼を製作した方だった)から渡されたパンフレットに目を通して、思わず目を見開いた。その拍子に眼窩からポロリと義眼が落ち、リノリウムの床にかツンと小さく落ちて響いた。後半は少し盛った。
義眼の代金、一番安いので13万円もするんだけど!?!?
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