第29話 カミト

十郎左 side


 モナ殿は本当に不思議だ。時々、おかしな事を言ってはいたが、あまり気にはしないようにはしていた。


 しかし、モナ殿が答えた言葉に違和感を感じた。レッドドラゴンを跡形もなく燃やすように言ったこと不思議に思って聞いてみれば、レッドドラゴンがドラゴンゾンビになると答えたのだ。ドラゴンがゾンビに成るとは聞いたことがなかったが、モナ殿は確信があるかのように言い切ったのだ。


 今度はシュエーレン連峰に行く工程を話していたはずなのに、唐突にダンジョンの話を言いだしたのだ。それも、『ダンジョンができているかどうかという確認』という、本来は存在しないが、ダンジョンが発生することがわかっている言いようだった。


 モナ殿には未来視ができるのかと思えば未来なんてわからないと言う。ただ、ただ、不思議だ。


 どこから、知識を得ているのかわからないが、モナ殿の言っていることに間違はないということがわかった。



 いきなり、宿を出ようと言われたことには驚いたが、結果を見れば納得のできる事柄だった。

 はっきり言えば、あのままモナ殿がベッドで眠り、俺が暖炉の側でいることになれば、俺はモナ殿を守ることはできなかっただろう。

 あの、眠り香だ。あの眠り香は魔物にも感知出来ないほど微量な匂いしか発せず、気がつけば深い眠りに落とされる。

 眠りに落とされないにしても、体の自由は奪われ、満足に動くこともままならなかっただろう。

 しかし、モナ殿はその微細な匂いに気が付き風を起こしていた。

 後で聞けば、あの甘ったるい匂いが嫌いで鼻につくと言っていた。普通ならわからないであろう匂いをだ。


 これは、あのプルム村からモナ殿を出してはならなかったのではないのだろうかと思い始めていた。

 村の人々が姫と呼び、守っていたであろうモナ殿をだ。



 雪山で会った村の住人だという女性もだ。彼女もモナ殿の願いを内容も聞かずに了承した。姫君の願いは叶えるという村の掟のまま答えたのだ。

 夫である男性の意見も確認せずに、モナ殿に従うと。



 そして、この神殿。地図にも存在せず、道は雪で塞がれ普通なら行くという選択肢には入れない、この神殿に行こうといいだしたのだ。

 その捨て去られた神殿を元ある姿にしたばかりか、古代の遺跡にあるダンジョンぐらいにしかお目にかかったことのない移動する床を、まるでその物を知っているように乗り込んだ。

 終いには女神の加護だ。俺は女神に己の不甲斐なさを恥、モナ殿を守る力を望んだ。そして、与えられたのが【神人カミトの守護者】の称号と【神人カミトの守護】というスキルだ。ただ、このスキルには発動条件がある。普通に使えないとは困ったものだ。




「休まれないのですか?」


 寝ていたはずのモナ殿が起きてきたのか、声をかけられた。


 見た目はテントだったが、中に入れば広い山小屋のような部屋の区切りがない室内が広がっており、その奥のベッドでモナ殿は寝ていたはずだった。


「暖炉の火の番をすると言ったはずだが?」


 建物の中で底冷えの寒さはないが、暖炉の火がないといささか室内が冷えるのも確かだ。


「そんな事を言わずに、ジューローザも寝た方がいいですよ。昨日も休んでいませんでしたから」


 なんだ?俺は思わず腰に佩いている刀に手を掛ける。


「お前は誰だ?モナ殿は俺の事をそう呼ばない」


「あら?キトーだった?失敗。失敗」


 いや、そもそもモナ殿はきちんと名を呼んでくれる。モナ殿の姿をした者は舌を出し、失敗したと言う。


 そして、姿が歪み、見たことのある姿に変化した。俺に守護者の力を与えた女神の姿にだ。刀に掛けていた手を離し、その場に跪く。


─ふふふ、今回の神人は元気いっぱいで手を焼いているみたいね。本来の守護者はあれでしょう?意地悪なエルドラードに別の役目を与えられたみたいだしね。神人もその役目の中に入ればいいのだけど、本人は嫌がりそうだから、代わりに神人の守護者の一人になってもらうわ─


 意地悪な神?どういうことだ?

 守護者の一人?守護者は一人ではないということか?


「質問を宜しいでしょうか」


─いいわよ─


「神人とは何を指すのでしょうか」


─あら?護衛している人物っていう答えでは····満足しないのでしょうね─


 そのとおりだ。神人がモナ殿の事を指していることぐらいは理解できる。


─簡単に言えば人の身に落とした神の欠片かしら?彼女の殆どはこの世界の一部になってしまっているけど、心の一部というか欠片だけが人の身となって輪廻をくりかえしているの。心残りなのかしら?悪あがきかしら?もう、叶うことなんてできやしないのにね─


 叶わない願い?村の人々が姫と呼ばれる者の願いを叶え続けているのに関係があるのだろうか。


「では、神の欠片の存在だからこそ、神たる貴女様が守護者を与え。守護者は神の欠片という存在を守ればいいと言うことでしょうか?」


─あら?それは違うわよ。言ったじゃない彼女の殆どは世界の一部に成っていると、神人がこの世界に絶望をすれば、世界の一部となっている彼女にも影響を与え、世界が崩壊するからよ。神人が穏やかに暮らす事が守護者に与えられた役目よ─


 とても、とても困難な役目だった。あのモナ殿が穏やかに暮らす?いや、妹のソフィー殿と祖母殿が幸せなら、満足はしてくれそうだが····頭が痛い。




モナ side


 スッキリ爽快に目が覚めたにも関わらず、目の前のLUK -1000000 に項垂れてしまった。本当に毎朝の憂鬱の原因はなんとかならいのだろうか。折角、昨日フルステータスの状態になったジュウロウザを寝る前までにLUK 0 までにしたのに、朝にはこの状態。LUK 0 にしなければいいと思うかもしれないけど、マイナス百万のまま一晩放置すれば正に魔王が降って来そうじゃない。


 しかし、思っていたより、このロッジの使い心地がよかった。キッチンは最新式が入っていた。強い火力が出せる、火属性の魔石の魔道コンロ。水属性の魔石が5つも付いている水の大型タンク。氷属性の魔石が付けられた保冷庫。そして、オーブンすら備え付けられていた。


 お風呂も浴槽があり、湯が溜められ、トイレも違和感なく普通だった。素晴らしい!テントを入った入り口の横側には騎獣舎の入り口があり、ベルーイも寒さを感じることもなく休むことができた。


 ただ、要望を言えば部屋を区切ってほしかった。室内を暖炉で温めるには区切りがなく一部屋の方が効率がいいのはわかるけど、個室が欲しかった。



「キトウさん、なんだか疲れています?」


 ジュウロウザの隣で朝食を食べているが、なんだかドヨーンとした雰囲気が感じられる。


「やはり、2日も休まないと疲れますよね。少し眠られます?」


 ジュウロウザに頼りっきりの私も悪いのだ。この後の事を考えると、戦力は必要になってくるだろう。無理をして進むことはない。命を大事にをモットーにしないといけない。


「いや、大丈夫だ。昨日、夜中に女神殿が来られて少し話をされていっただけだから」


 は?女神が来た?それでジュウロウザに話をした?なんで?イラッとする!


 イラッ?なんで、私がイラッすることがあるのだろう?

 私は首を傾げながら、ジュウロウザが大丈夫というのなら、今日はこのまま雪華藤があるところまで行こうと決めた。


 出発の用意をして、通ってきた廊下を戻っていき、女神像の前で祈りを捧げてから入ってきた中央の廊下を進んでいく。

 祈った時にジュウロウザに何を言ったんだと文句も言ってはみたものの女神からの言葉はなかった。本当に何を言ったのだろう。



 そして、私の目の前に2つの選択肢が示された。速くて体力も奪わないが、絶対にGに耐えられないであろうエレベーターと30階建てのマンションを階段で上るかという選択肢だ。


「これ上らないと駄目ですか?私、絶対に両方無理なんですけど」


 遠い目をして言い切る。30階建てってキツすぎるわ!それは誰も来なくなるわ!信徒の修行だと言われればそうなんだけど、そもそも私は信心深くないから!


「では直ぐに着くのと時間がかかるのとどちらがいいという選択肢はどうだ?」


 ジュウロウザがそのような事を言ってきた。確かに言い回しとしては間違いではない。間違いではないが、それは私を抱える前提の話だろう。


 わかってはいる。選択肢なんて一つしかないというぐらい。恐らく私の体はエレベーターもどきのGに耐えきれないだろう。毛細血管が破けるのはもちろんのこと、内臓も破裂することは予想される。


「はぁ。階段でお願いします。多分、あの床に乗ると私は全身から血を噴き出して死にます」


「そこまで酷くならないと思うが?」


 そう言っているジュウロウザの横で小さな魔石を取り出し、青い光を放っている床に投げてみる。

 すると、魔力を感知したことで起動した床は凄い勢いで上って行った。

 ···だと思った。行きしに祈っている時間で床が目の前に到着したのだ。普通の速さではないと思っていて正解だった。


「キトウさん。私、あの速さに耐えきれず内蔵破裂していると思います」


「あ、ああ」


 ジュウロウザも納得してくれたみたいだ。そして、床が降りてくる前に私が投げた魔石が下まで落ちてきて割れた。ああ、これは完璧に死ぬわ。


 結局、私はジュウロウザに抱えられ階段を登っている。その後ろからは自分の体格より細い階段を器用に登って付いてきているベルーイ。


「キトウさん。大丈夫です?私が不甲斐ないばかりに迷惑ばかりかけてしまって」


 流石に30階を人を抱えて登るってないわ。自分のことながら、酷い人間だ。


「迷惑だとは思っていない」


「流石にこの階段を私を抱えて登るのは申し訳無いと」


 おおよそ、半分ぐらいまで登っては来ている。ジュウロウザの歩くペースは落ちてはいないが、上を見てみても程遠い。グルグルと四角い壁沿いに階段が続いている。


「それならモナ殿が口づけをしてくれるのd···俺は何を言っているのか。聞かな方ことにしてくれ」


 ああ、あれか。守護スキルの発動条件。昨日、ジュウロウザが全回復した時に新たに発生したスキルと称号に気がついていた。


 スキルの発動条件はカミトからの親愛なる口づけだ。


 親愛と問われると首を傾げるが、信頼という意味ならジュウロウザに対して心を持っている。カミト。意味はわからないが恐らく護衛対象の私の事だと思われる。


 まぁ、迷惑を掛けていることに変わりはないので、体を傾け、ジュウロウザの頬に唇を落とした。


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