魔法の勉強

物置小屋には誰も来なかった。



私が死んだらどうするつもりなんだろう。



まあ、死んだ者は帰らない。


父が帰ってきて、私が死体になっていたところで、使用人たちは口をそろえて義母に教え込まれた嘘を精一杯並べ立てるだけだろう。


私は死んでいるから、何もしゃべらない。

真実は不明なままだ。それに、もう、何もかも手遅れだ。父だって、外聞があるから、義母が私を虐め抜いて殺したことがわかっても、黙っているだろう。


王妃様だけは、きっと悲しまれるだろう。だけど、実の親でもない王妃様が、そんなに悲しむことは許されない。


ロジャー様はきっと喜ぶだろう。




私はぐったりしながら、気に入りの樫材のセンターテーブルに持たれながら、想像してみた。


ううむ。なんだか、くやしい。




このセンターテーブルは実は一階にあったものだ。


二階の部屋の方が暖かいし、大きな窓が南向きについているいい部屋があったのだ。うまい具合にこの部屋は、外からのぞき見されない場所にある。


センターテーブルの上には、お気に入りのお茶っ葉ちゃっぱで淹れた、素晴らしい香りのお茶が湯気を立てている。


窓は磨かれ、床もぴかぴかだ。私はセンターテーブルとソファ、椅子を何脚かをここに持ち込んだ。


それから隣の部屋には大きな古めかしい天蓋てんがいのついたベッドを持ち込んだ。



そんなこと、小娘の私にできるわけがないって?



ふふふ。



誰も知らないけど、実は私は魔法が使えるのよ。


魔法なんて、本当にあるだなんて知らないでしょう?


みんな知らないって言うと思うわ。でも、隣国では割と普通なのです。


それでも、これだけ大きな力のある魔法使い時はまれ。


私は隣国のことはよく知らないけれど、王妃様が教えてくれました。


そう。王妃様がどうして侍女の娘に過ぎない私を、なにくれとなく気にしてくださったかというと、それは、私に魔力があったから。


この国に嫁いだ王妃様は、出身国のことではなくこの国のことを一番に考えられる。


魔力のある、希少な子供を国外に出したくない。


でも、魔力は不安定。


おさない頃から、魔力の兆候があるほどの私は、きっと力のある魔法使いになるはず。


でも、魔力についてよく知らないこの国の人を説得することは難しいと思われた。

だから、少なくとも、この国に留め置くよう王弟殿下の嫡子の婚約者に定められた。


公爵家の娘ならふさわしいと言って。




この物置小屋に連れて来られた最初の頃は、本当に苦労したの。


だって、私は物を動かしたりすることぐらいなら、目をつぶっていても出来たのだけど、人前でしてはいけませんと乳母や王妃様から厳しくしつけられていたのですもの。


だから、魔法の練習なんかしてこなかった。


お湯を沸かしたり、重い物を自由に運んだり、そんなこと、いきなり出来るわけないでしょう?


こっそり持ち込んだ、たった一冊の魔法の本だけが頼りでした。



私は、物置小屋で、人生で初めてなくらい必死で勉強したのです。

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