赤い思い出

上海公司

第1話 前半

「ただいまー」


玄関から朗らかな声がした。その声を聞くだけで、祐希の心は少しだけあったかくなるようであった。


「外、寒かったろ?」


コタツでぬくぬくとしながらテレビを見ていた祐希は玲奈の方を見て言った。

 

「ほんとぉ、途中雪ちらついてたもん。」


玄関でブーツを脱ぎながら、玲奈は言った。まじ?と返す祐希に玲奈は笑顔を向ける。


「でも、早く帰って来れて良かった。」


それから、おもむろにビニール袋を祐希に渡す。


「はい、これ!」


「おー、待ってた!やっぱり年末と言ったらこれだよなぁ」


ビニール袋の中には2カップの赤いきつねが入っていた。祐希は早速赤いきつねの蓋を開けると、そこにお湯を注ぎ込む。


「私の分も作っといてー」


と、洗面所で手を洗う玲奈が言う。


 今日は12月31日。アパレル業界で働く玲奈はこんな年の瀬でも遅くまで仕事をしていた。対する祐希は今週から休みに入っていて、一日中こたつの中でぬくぬくと過ごしている。今日で祐希と玲奈が1DKのこの一室で同棲生活を初めて4回目の年の瀬だった。


「私も入れて!」


玲奈はコタツに潜り込んできて、祐希にぎゅっと抱きつく。するとこたつの中がまた温かくなったように感じた。外から戻ったばかりの玲奈の顔は、寒さで赤らんでいた。

祐希も玲奈の事をぎゅっと抱きしめると、


「そろそろ5分じゃないか?」


そう言って割り箸で中の麺をほぐしてみる。麺は硬すぎず柔らか過ぎず、ちょうどいい具合に仕上がっていた。蓋を開けるとお揚げの美味しそうな匂いが湯気と一緒に舞い上がる。


「美味しそう。いただきまーす。」


玲奈はそう言うと美味しそうに赤いきつねを啜った。祐希は幸せそうにうどんを啜る玲奈を横目に見ながら、いただきます、と言ってからお揚げをかじった。ふっくらしていて、中に染み込んだ甘い出汁が口の中に広がってくる。


「上手い!」


祐希は思わず声を漏らした。


 年の瀬は「赤いきつね」。それは祐希と玲奈がまだ高校生だった頃からの決まり事だった。別に強制されたわけではないけれど、みんなの大事な決まり事だ。


「お前、今日からレッドフォックスの一員な!」


 高校に入学したばかりの祐希にそう声を掛けたのは、時代錯誤のリーゼントがチャームポイントの秀先輩だった。レッドフォックスは祐希達が住む地区の少年達をまとめ上げている不良集団だった。秀先輩はレッドフォックスのリーダーだった。不良集団のリーダーなのにいつも楽しそうに笑っていた。


「今から隣地区のグリーンラクーン締めに行くからさ。お前も来いよ!」


祐希は秀先輩の背中を追いかけて、不良の世界へ入り込んだ。当時は「レッドフォックス」と「グリーンラクーン」の二大勢力が争いを繰り広げていた。

毎日のように喧嘩、喧嘩。身体中ケガだらけになったあと、レッドフォックスの総勢50人近いメンバーみんなで神社にたむろして赤いきつねを啜った。


「うめぇ!」


「この揚げがたまらんのよ!」


 祐希と一緒につるんでいた啓介と智成がでかい声で言う。祐希はその瞬間が大好きだった。毎日喧嘩と暴走を繰り返すだけの日々、だけどそこには仲間がいて、みんなで外でうどんを食う。先の事なんて何も考えてなかった。ただ、「今」が満ち足りてればそれで良かった。

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