第四話

 ――痛い、痛い、痛い。

 心臓が悲鳴をあげている。元々運動が得意でない私の心臓は少し走っただけで早鐘を打つ。だが親友と好きな人をいっぺんに失ったことが、足を止めることを良しとしなかった。

 しかし全力で五分ほど走ったところでいよいよ限界が来る。近くにあった公園に入り、空いていたブランコに座った。もうかなり家まで近い。この公園も幼い頃は凌太とよく来たものだ。また泣けてきた。


「言ってくれてもよかったのになぁ……」


 里香ちゃんが凌太のことを好きかもしれない、と考えたことがなかったわけではない。それほどそういう素振りは感じられなかったが、あまり男子と話さない里香ちゃんと最も距離の近い男子は凌太だ。有り得ないことではないだろう。

 だから数日前にも念のため伝えたのだ。告白しようか迷っている、と。そうしたら笑顔で『きっと大丈夫だよ、自信持って!』と背中を押してくれて、ずいぶんと安心したし頑張る気になれた。それがまさか、裏で付き合っているとは思ってもみなかった。


「でもさっき凌太、『違う』って言ってたよね……。早とちりなのかなぁ」


 今の自分の心境が普通でないことはよくわかっている。もしかしたら凌太の言う通り、転びそうになったのを支えただけなのかもしれない。その後、思わず隠れて見送った里香ちゃんの顔が真っ赤に染まっていたのも、もしかしたら見間違えだったのかもしれない。――うーん……。


「里香ちゃんにも聞いてみようかな……」


 スマホを取り出し、メッセージアプリを立ち上げる。トーク一覧から一番上に表示されていた『今西里香』を選ぶ。『もしかして凌太と付き合ってたりする?』と打ち込み、送信をタップしようとしたところで、それ以上指が動かすことが出来ず、画面を消してスマホを鞄にしまった。


「……帰ろ」


 誰に聞かせるわけでもなく、ポツリと漏らす。立ち上がったときにきぃきぃとなったブランコが、何とも言えない寂しさを引き立てるようだった。


 足取り重く、家までの少しの道のりをひとりで歩くと、道中で偶然、凌太のお母さんと会った。

 さっきまで泣いていたのがバレたらどうしよう、と少し身構えたが、この暗さだ。そんな微妙なところまでみえるわけがない、と力を抜いた。


「あら、涼音ちゃん。お帰りなさい」

「こんばんは、おばさん」

「いつも凌太のこと迎えに来てくれてありがとね~。きっと遅刻しないで高校に行けてるのは涼音ちゃんのおかげよ」

「いえ、私が好きでしていることなので」

「それでも親としてはありがたいわぁ。本当、今までありがとう」

「あはは、お役に立てたみたいで何よりです」


 今まで、というのが少々引っかかったが、他意はないだろうと聞き流す。実際、明日はやめとこうかなと考えていたところだ。


「だから、その、今回の件、びっくりしたでしょう?」

「え、何のことですか?」


 まさか里香ちゃんと凌太が付き合ったことではあるまい。凌太がそんなことをわざわざ話すとは思えない。では私が告白したことだろうか。いやいや、それこそもっと有り得ない。


「あら? もしかして凌太から聞いてない? うーん、じゃあ悪いけど、聞かなかったことにしてくれるかしら?」

「いえ、教えてください! そこまで言われたら気になって眠れなくなっちゃいます!」


 おばさんは迷っている様子だったが、「でも、今日言うって言ってたのはあの子だし、もう日がないし、仕方ないわよね」と呟くと、


「うち、来月引っ越すことになったのよ」と言った。


 ――――え?

 ひっこす? ひっこすってあの引っ越す? え? え? え? どういうこと? そんなこと、知らない。聞いてない。

 それからおばさんはおじさんに転勤の辞令が下りたことや、引越し先なんかを掻い摘んで教えてくれたが、頭にはまるで入って来なかった。

 私は上の空のまま半ば反射で適当な返事をしており、気が付いたらひとりで道に立っていた。


 凌太が、引っ越す。


 私の前から、いなくなる。


 我に返った私は突然降ってきた半身を捥がれるような思いに耐えきれず、家まで走って帰ると、両親にただいまも言わすに階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。

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